田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第20章 秘密裏プロジェクト

04 対峙

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 資料を眺めてから吉岡はため息を吐いた。副市長室への呼び出しは茶飯事だが、いつもは現場担当者も同席が多い。「一人で来い」と言う指示に何事かと思えば……。

「副市長。結構な無理難題を押し付けてくれますね」

「できないのか?」

 財務部長の吉岡は人の良さそうな顔を曇らせた。

「できるとか、できないとかの問題ではありませんよ。昨年のオペラも結構な経費でしたのに。またですか」

「市長の了解は得ているのだ」

「それはわかりますが」

 副市長室の応接セットで二人は対峙していた。澤井は背もたれに体を預け、威圧的に吉岡を見ている。しかし彼は怯むことなく飄々とした表情で咳払いをした。

「打ち上げ花火的な事業は続きませんよ」

「そんなことは承知でやるのだ」

「澤井さん」

「吉岡。百年に一度のお祭りだぞ? 派手さがなくてどうする。どうせ、記憶など頼りにならないものだ。どんなに素晴らしいものでも、誰一人として記憶にとどまることはない。わかるか」

「それは」

「マスコミや市民が好むのは、新聞の一面を飾るような華々しいパフォーマンスなのだ。その時だけ夢に酔いしれればよい」

 澤井は笑った。

「お前に仕事を教え込んだ保住も、さぞガッカリだな。安全パイばかり選ぶ腰抜けになったな。吉岡」

「澤井さん。焚き付けても無駄ですよ」

「詰まらん男だ」

 吉岡は目を細めて澤井を見つめる。

「無茶な出費も困りますけど、もう一つ。個人的に。あなたが彼を可愛がるのが目に余りますね」

「そうか? お前は可愛がれるのに——か?」

「澤井派の中心であるあなたが。どう言う風の吹き回しなのでしょうか。裏があるのでしょうか。彼を翻弄して潰そうとでも?」

「そんな風に見ているのなら、それまでの男と言うことだな。吉岡」

「あなたの心の内は計り知れない。素直に受け取れないのですよ。あなたの好意は」

「そうか? お前が思う以上に、おれは素直なのだがな」

「では、戯れではなく本気と言うことですか?」

 澤井は愉快そうに吉岡を見返した。

「おれは息子あれを好いている。お前ならわかるだろう? おれの気持ちが。——あれの父親とを持っていたのだ」

 吉岡は動ずることなく、そのまま澤井を見つめていた。

「カマをかけて聞きだそうと?」

「いや。知っている。事実だと」

「根も葉もない」

「否定する気か」

「死者を冒涜するのですか? そこまで保住さんが憎いのですか?」

「吉岡」

 澤井はテーブルを叩いて吉岡を睨む。

「それはお前への台詞だ。あいつの気持ちを受け取ったのだろう? 無かったことにでもする気か。お前の気持ちはそんな浅はかなものか」

 澤井の根気に折れるのは吉岡のほうだ。彼は視線を伏せた。

「あなたには隠せないと言うわけですね——?」

「そうだ」

「あなたも保住さんがお好きでしたか」

「それを口にすることも憚られる立場にいたからな。無理だったが」

「だからと言って彼を擁護するなど」

「保住の代わりではないと言った。おれは息子あいつそのものを好いているだけだ」

「本気ですか?」

「少しの間だが、付き合わせたこともある」

「あなたって人は」

「だから。お前には言われたくないな」

 吉岡は黙り込んでしまった。




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