田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第21章 自分の価値

06 やるなら一番!

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 終業のチャイムがなると、どっと疲れが押し寄せたのだろうか。十文字は大きくため息を吐いた。そんな様子を見て、目の前の席から、谷口がそっと囁いてきた。

「まだ一日残ってるぞ。折り返しだな」

「本当です。それに——まだ今日の司令が残っているんですよ」

「え? なんだ? 読んでみろよ」

 十文字は一日目のメモの最後に視線を落とした。それが難題なのだ。一人で強引にできるのかどうかだ。これは渡辺や谷口にも協力してしてもらわないとできないかもしれないと、十文字はこそこそと伝えた。

「定時になったらともかく帰宅させる。残業禁止。寄り道禁止。特に飲みに誘うのは厳禁。十文字は指一本触れないこと……です」

 渡辺と谷口は吹き出す。

「一番、危険な奴に託した意味がよくわかった」

「直接、釘が刺せますもんね」

「なるほど……やるな、田口」

 二人の言葉に十文字は「そうだったのか!」と気がついたようでガックリした。飲み会に行くと、他人に絡む十文字の特性を理解している指令だった。

「酷いです。おれ……信用ないんですね」

「だな」

 悪びれもせずに谷口は笑った。

「一日目、最後の仕事だ。手を貸してやる」

「ありがとうございます」

 渡辺は十文字に「任せておけ」という表情を見せてから、パソコンと睨めっこをしている保住に声をかけた。

「係長! 帰りますよ」

「あ、はい……お疲れさまでした」

「いやいや。係長も帰るんですよ」

「いや。おれは。その——」

 彼は当然の如く、残業をしていくつもりなのだろう。まったくもって帰宅する医師はない様子だった。しかし、そんなことで怯む渡辺ではない。保住の面倒を何年も見ているベテランだ。

「ほらほら。今日はみんな帰るんです。帰るって決まったんですから」

 彼は遠慮なしに、保住に声をかけ続ける。さすがの保住も、手を止めて躰を起こした。そうなってしまえばこちらのもの.とばかりに、今度はすかさず谷口が助っ人に入る。

「おれたちも帰るんですよ。田口なんて仕事どころか研修で羽伸ばしていますし。いいじゃないですか。たまには。今日はおれたちもゆっくり休みましょうよ」

 渡辺と谷口に急かされて、保住は少々狼狽えていた。こんな保住はあまり見かけたことがない。田口がいないと、こうもダメな男なのかと思うと愉快だった。

「帰りましょう」

「係長が帰らないなら、おれたちも残業しますよ! 仕事ないのに残業ですからね。いいんですか?」

 渡辺の脅しに保住は諦めてため息を吐いた。

「——わかりました。帰りましょう」

「よかった」

「そこまで一緒に」

 パソコンの電源を落とし、保住は机の上を適当に片付けた。

「おいていきますよ」

 帰ると言っているのに、いつまでも急かす渡辺の強引さっていったらない。十文字は心強い味方を得たと思いつつも、保住が不憫に思えた。


***


「町おこしって言ったら、ご当地グルメじゃない?」

 大堀は、あっけらかんとした顔でそう提案した。しかし、それを受けた安齋は眉間にシワを寄せる。

「ご当地グルメって言う言葉は田舎臭くて好かないな」

「えー! じゃあなんなのさ?」

「ソウルフード?」

 おっとりしているような天沼あまぬまは、あまり発言がないが、たまにこうしてぽつりと声を発する。大堀は天沼をじっと見据えてから「あ~も~」とむしゃくしゃとした表情を見せた。

「天沼……っ、つーかさ、あ、ま、ぬ、まって言いにくい!」

 大堀が苛立っている理由はそこかと思うと、なんだか理不尽な気持ちになった。田口は黙って三人の様子を伺っていたが、さすがに大堀の言い分には賛同できない「ごめん」と謝る天沼を見て、間に入った。

「大堀。それは天沼のせいじゃない。八つ当たりするなよ」

 しかし、大堀は大興奮だ。

「そんなの知っているけどさ。だって、明日までお付き合いするわけでしょう? そうだ、わかった。今からてん! 天《てん》ちゃんって呼ぶからね!」

 一人騒ぎになっている大堀の相手などするのは時間の無駄だと言わんばかりに、安齋はむっと不機嫌そうな表情を浮かべてから、大堀を遮った。

「はいはい。そんな事は、どうだっていい」

「安齋は冷たいよ! そんなんで、よく仕事やれるね」

「別に。嫌なら無視してもらって結構だ」

「き! 口が減らないね!」

 一日の疲れがたまっているのだろう。時計の針は、夜の十時を回ったところだ。一日の研修カリキュラムを終え、四人は今晩の寝床になる和室にいた。布団の上に座りこみ顔を突き合わせて明日の課題について議論する。課題は漠然としすぎていた。

 『どんなテーマでもいいので、町おこしにつながるような新規事業を考えよ』

 ——それだけの話。
 
 制限をされるものはない。予算についてはいくらでもというわけにはいかないが、根拠があれば予算の計上も可能と言う話しだ。みんなの動向を見ていた田口は口を挟む。

「喧嘩をしても始まらない。建設的な話をしていかないと時間が足りない」

 彼の提案に天沼も同意をした。

「明日のカリキュラムを見ると、一日中この課題についての作業だけなんだと思うけど……それにしても、テーマくらいは考えておかないと。多分、時間が足りなくなる」

 二人が意見に、喧嘩腰だった安齋と大堀は引き下がった。

「それもそうだな」

「そうだね。早く進めるに越したことはないよね。どうせやるんだったら、使えるのにしたいし。この研修での出来栄えを評価されるとは思えないけど、クズみたいなものに時間をかけるほど暇じゃないしな~」

「その件に関しては同感だ。いい物を作ったところで、実現するとは思えないが。そんなものかと思われるのはシャクだ。せっかくやるなら一番じゃなければならない」

 安齋は、珍しく大堀の意見の同調した。この二人は、タイプは違うのに考え方は似ているようだ。だから喧嘩をするのかと田口は納得した。

「じゃあ話を元に戻そうか。テーマをどうするかだね」

 二人の様子をみて天沼は課題を提示した。それを受けて田口はみんなを見渡す。

「頭の中だけだと時間ばかりたつ。もし良かったら思いつく事をなんでもいいから出してみないか」

「そうだね」

 田口はいつもアイデアを書き留めておくA4サイズのスケッチブックを出した。

「何これ?」

「いつも持ち歩いてんの?」

 大堀と天沼は目を丸くする。

「企画ばかりやらされている。こうして書き留めると、思考をまとめやすい」

「苦労してんだな。振興係」

 大堀は苦笑いだ。半分バカにされているような気持ちにもなるが、そういう意味ではないらしい。大堀は比較的真面目な表情で田口の仕草を見守っていたのだ。

「妥協を許してくれない上司だし。他人が許しても、自分が許したくない」

「ストイック……」

 感嘆の声を上げる天沼だが、安齋は軽く笑う。

「仕事は出来てなんぼだ。どんな努力かなんて関係ない。結果が全ての評価だろう? 出来ないやつはいらないんだよ」

「キツイなあ」

 今度は天沼と大堀が目を合わせて苦笑いだ。

「とりあえず、思いつく単語を出してみて」

 四人は深夜に突入しようかという時間だが、時計を気にすることなく作業を開始した。



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