田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第24章 忘年会

03 文化課の女子たち

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 忘年会なんて本当に久しぶりのことだった。

「田口くん、今回は本当にありがとうね」

 いつも非難の眼差しで見てくる総務係女子の一人、中尾なかおが笑顔を向けてきた。彼女たちの溜まり場である給湯室。昼休憩も終わりの時間にマグカップを洗いに行くと、彼女とばったり出会ったのだ。

「中尾さん。今日はよろしくお願いします」

「なんだか無理言ったみたいな感じになっちゃっているけど、でも楽しみじゃん?」

 年の頃は二十代後半。総務係は女性が多い。その中でも、はつらつとして感じのいい彼女だ。野原の噂も色々と教えてくれたし。まあ、その見返りがこの忘年会となるわけだが……。当然という態度ではなく、こうして「ありがとう」と言われると悪い気はしなかった。

「それよりも今回は、篠崎係長が幹事を務めてくれるって、どういうことだったの?」

「あれは私たちでやるって言ったんだけど、どうしても、篠崎係長が幹事をやりたいって頑張るんだもの。仕方ないじゃない。普通、こんな雑用みたいなこと、上司にやらせるわけにいかないでしょう? こっちも気を使うんだから」

「それはそうだね」

 保住が飲み会の幹事をやるなんてことになったら……。想像しただけでも恐ろしい。

「なんで篠崎係長は、そんなことするんだろう」

「好きなのよ」

「え?」

 中尾は苦笑する。

「お祭り女ってやつ?」

「それって、結構……迷惑?」

「そういうこと。ともかく今晩はよろしくね」

「あ、ああ」

 スカートを揺らしながら給湯室を出て行く彼女を見送ってから、田口は大きくため息を吐く。先日の打ち合わせの時の篠崎を思い出したからだ。

『幹事の仕事は場所取りと出欠確認だけでいい。初めてに近い忘年会なんだから、懇談を中心に行うわよ。ビンゴとかカラオケとか禁止ね』

 肩下までの髪をくるりんとパーマを当てている彼女は、鼻筋の通った美人だと思った。ハキハキしている印象の彼女は、しっかり者すぎて、夫になる男としては、いいのか悪いのか……というところだろう。

「田口くん」

 廊下に出ると、篠崎に声をかけられた。

「今日、文化財の子が体調悪いんですって。キャンセルできるかしら」

「はい。連絡してみます」

「悪いね。他の子たちは仕事遅くてさ」

 それは仕方がないことだ。文化財係の幹事は、全く持って新卒の大貫おおぬきと言う女の子。埋蔵文化財係の幹事は、出来が悪いという噂の佐藤。それを考えると、幹事として実質的に動いているのは田口と篠崎だけだったからだ。

 ブラウスの袖を腕まくりして、彼女は田口の前に立つ。女性にしては大きい方なのだろうか。身長は160センチメートルくらい? ベージュのフレアスカートで痩せ型。スタイルもいい。それでいて係長だ。男性職員の憧れの的であることはいうまでもない。そういう田口だって、彼女の女性的ないい匂いに少しドキドキが止まらない。

「幹事は先に会場入りするけど、私はちょっと遅れるから」

「え? なにか仕事ですか」

「ううん。野原課長連れて行かないと。場所わからなそうでしょう?」

 彼女は野原の面倒を見ている話が脳裏をかすめた。

「確かにそうですね。篠崎係長は、野原課長の面倒をよくみられていますね。凄いです」

「あら! 私、結構好きよ。ああいうタイプ」

 ——そうなのか? AIロボットだぞ?

 田口は内心首を傾げるが、彼女は嬉しそうに笑った。

「ほら、私こう見えてバツイチじゃない? 人生楽しく行かないとねっ」

「ば、バツイチ、なんですか?」

「そうよ。娘がいるんだけどね、れっきとした独身ですから! ……ああ、でも悪いけど田口くんは好みじゃないからなー。安心して!」

 バシバシと背中を叩かれて田口は固まった。そういうつもりではない。そういうつもりではないのだが……。

「ああそう言えば、佐久間局長は出張なんですって。残念ね」

「おれ佐久間局長と飲んだことないですね」

「でしょう? 私も。ああいうおっさんは飲ませると色々なこと吐くからな~。弱み握るにはちょうどいいんだけどね」

「篠崎係長……」

「あら、保住くんはそういうこと教えてくれないの? 飲むと本音暴露する男が多いのよね。飲み会はいいチャンスなのよ。上に行きたいなら、飲ミニケーションは大事だからね」

 あっけらかんと笑う篠崎のコメントに、田口は笑うしかない。どっちかといえば、飲み会になると酔い潰れる保住にその作戦を遂行することは難しいだろうなと思ったからだ。

「ともかく。一人キャンセル。私は遅れて行くから、残りのクズ共と会費の徴収しておいてよね」

 にこやかに手を振ってから彼女は事務所に消える。女性は恐ろしい。きっと彼女たちからしたら、自分は「馬鹿な男」扱いなのだろうな……。そんなことを思いながら、田口も席に戻った。




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