212 / 231
第24章 忘年会
03 文化課の女子たち
しおりを挟む忘年会なんて本当に久しぶりのことだった。
「田口くん、今回は本当にありがとうね」
いつも非難の眼差しで見てくる総務係女子の一人、中尾が笑顔を向けてきた。彼女たちの溜まり場である給湯室。昼休憩も終わりの時間にマグカップを洗いに行くと、彼女とばったり出会ったのだ。
「中尾さん。今日はよろしくお願いします」
「なんだか無理言ったみたいな感じになっちゃっているけど、でも楽しみじゃん?」
年の頃は二十代後半。総務係は女性が多い。その中でも、はつらつとして感じのいい彼女だ。野原の噂も色々と教えてくれたし。まあ、その見返りがこの忘年会となるわけだが……。当然という態度ではなく、こうして「ありがとう」と言われると悪い気はしなかった。
「それよりも今回は、篠崎係長が幹事を務めてくれるって、どういうことだったの?」
「あれは私たちでやるって言ったんだけど、どうしても、篠崎係長が幹事をやりたいって頑張るんだもの。仕方ないじゃない。普通、こんな雑用みたいなこと、上司にやらせるわけにいかないでしょう? こっちも気を使うんだから」
「それはそうだね」
保住が飲み会の幹事をやるなんてことになったら……。想像しただけでも恐ろしい。
「なんで篠崎係長は、そんなことするんだろう」
「好きなのよ」
「え?」
中尾は苦笑する。
「お祭り女ってやつ?」
「それって、結構……迷惑?」
「そういうこと。ともかく今晩はよろしくね」
「あ、ああ」
スカートを揺らしながら給湯室を出て行く彼女を見送ってから、田口は大きくため息を吐く。先日の打ち合わせの時の篠崎を思い出したからだ。
『幹事の仕事は場所取りと出欠確認だけでいい。初めてに近い忘年会なんだから、懇談を中心に行うわよ。ビンゴとかカラオケとか禁止ね』
肩下までの髪をくるりんとパーマを当てている彼女は、鼻筋の通った美人だと思った。ハキハキしている印象の彼女は、しっかり者すぎて、夫になる男としては、いいのか悪いのか……というところだろう。
「田口くん」
廊下に出ると、篠崎に声をかけられた。
「今日、文化財の子が体調悪いんですって。キャンセルできるかしら」
「はい。連絡してみます」
「悪いね。他の子たちは仕事遅くてさ」
それは仕方がないことだ。文化財係の幹事は、全く持って新卒の大貫と言う女の子。埋蔵文化財係の幹事は、出来が悪いという噂の佐藤。それを考えると、幹事として実質的に動いているのは田口と篠崎だけだったからだ。
ブラウスの袖を腕まくりして、彼女は田口の前に立つ。女性にしては大きい方なのだろうか。身長は160センチメートルくらい? ベージュのフレアスカートで痩せ型。スタイルもいい。それでいて係長だ。男性職員の憧れの的であることはいうまでもない。そういう田口だって、彼女の女性的ないい匂いに少しドキドキが止まらない。
「幹事は先に会場入りするけど、私はちょっと遅れるから」
「え? なにか仕事ですか」
「ううん。野原課長連れて行かないと。場所わからなそうでしょう?」
彼女は野原の面倒を見ている話が脳裏をかすめた。
「確かにそうですね。篠崎係長は、野原課長の面倒をよくみられていますね。凄いです」
「あら! 私、結構好きよ。ああいうタイプ」
——そうなのか? AIロボットだぞ?
田口は内心首を傾げるが、彼女は嬉しそうに笑った。
「ほら、私こう見えてバツイチじゃない? 人生楽しく行かないとねっ」
「ば、バツイチ、なんですか?」
「そうよ。娘がいるんだけどね、れっきとした独身ですから! ……ああ、でも悪いけど田口くんは好みじゃないからなー。安心して!」
バシバシと背中を叩かれて田口は固まった。そういうつもりではない。そういうつもりではないのだが……。
「ああそう言えば、佐久間局長は出張なんですって。残念ね」
「おれ佐久間局長と飲んだことないですね」
「でしょう? 私も。ああいうおっさんは飲ませると色々なこと吐くからな~。弱み握るにはちょうどいいんだけどね」
「篠崎係長……」
「あら、保住くんはそういうこと教えてくれないの? 飲むと本音暴露する男が多いのよね。飲み会はいいチャンスなのよ。上に行きたいなら、飲ミニケーションは大事だからね」
あっけらかんと笑う篠崎のコメントに、田口は笑うしかない。どっちかといえば、飲み会になると酔い潰れる保住にその作戦を遂行することは難しいだろうなと思ったからだ。
「ともかく。一人キャンセル。私は遅れて行くから、残りのクズ共と会費の徴収しておいてよね」
にこやかに手を振ってから彼女は事務所に消える。女性は恐ろしい。きっと彼女たちからしたら、自分は「馬鹿な男」扱いなのだろうな……。そんなことを思いながら、田口も席に戻った。
0
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
野球部のマネージャーの僕
守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる