冥聖のアンティフォナ⓵

弧月蒼后

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記憶を失った悪魔

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記憶を失った悪魔

目が覚めるとそこは見知らぬ場所だった。
とりあえず身体を起こしてみる。

「痛ッ……」

全身を鋭い痛みが襲い、痛みに思わず顔を歪めていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
そこで初めて周囲を見渡しここが誰かの家であることを知った。

「……はい」

扉が開き、入ってきたのは一人の女性だ。
外側に跳ねた茶色の髪と、その一束を黄色いリボンでまとめ、褐色の肌によく映える黄緑のマントに暗い緑の胸当てを身に付け、右手と両足は緑色のガントレットと足鎧を着けている。
印象的なのはその双眸。抜けるような青空色の瞳に青年の胸がドクンと鼓動を打った。

「目を覚ましたのね、良かった。丸一日眠ったままだったから心配したわ」
「……君は?」

女性はトレーを手にこちらに近づいてくる。

「私はキア。キア・スレイ。でも普通名前っていうのは自分から名乗るのよ?」

キアはムッとした顔をしたがすぐに冗談っぽく笑った。その笑い方があまりに綺麗で、さらに胸がドクンと波打つ。

「あ、あぁ、そうだね、ごめん。俺は……」

俺は。……名乗ろうとしてふと気がついた。

(俺は誰で、どうしてここに居るんだ?)

「……名前は、ルアグ。でもそれ以外は……それ以外はここがどこなのかも、どこから来たのかも分からない。思い出せないんだ……」

やっと出てきたのはルアグという名前だけ。
それ以上はいくら思考を巡らせてみても思い出せそうになかった。

「そんな……ルアグ……」

キアはとても悲しそうな顔をしていたが、ニコッと笑うとルアグの手に自分の手を置いた。

「心配しなくていいわ。記憶が戻るまでうちに居ればいい」
「キア……」
「そんな顔しないで。大丈夫よ、必ず思い出せるわ」

根拠はないはずなのにその言葉は何故だか信じられる気がした。

「とにかく今はこれを食べて?」

キアがベッド脇に置いたトレーには美味しそうな料理がずらりと並んでいる。なんとも言えぬ芳醇な匂いに腹が鳴った。

「うん、そうだね。ありがとう、いただくよ」

思い出せない記憶について悩んでも仕方がない。
キアの言う通りまずはこの料理を食べて精を出そう。ルアグはありがたくそれをいただくことにした。
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