冥聖のアンティフォナ⓵

弧月蒼后

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記憶を失った悪魔

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翌日十三日のフライトの曜日。


「……すまなかった」

ポツン
消え入るような声でルアグは謝った。

「んもう! それ何回目?
私は大丈夫だから、気にしないで頂戴って言ったでしょ?」

少し血の気のなくなった顔で、しかしいつもの気丈な笑顔を浮かべてキアはルアグを嗜めた。
その首には血のにじむ痛々しい包帯が巻かれている。
目をやるとまた衝動に襲われそうな気がしてルアグは
なるべく視界に入れないように努めながら心の中で自分自身と激しい葛藤を繰り返していた。
昨夜、ルアグはキアを襲った。
今までにない強い頭痛に強烈な喉の渇きを感じ、
気が付けば視界に入ってきたキアの首筋に噛み付きその血を啜り舐めていた。
そして血を啜った瞬間から体が熱を帯び、底知れぬ力が湧き上がるような感覚を覚えたのだ。
あれは一体何だったのだろう。恐怖するよりも先に気持ちが高揚するのを感じてしまった自分に不安を覚えた。
しかしルアグ以上にきっとキアは不安で仕方がないだろう。
それなのに彼女はそんなルアグを目の当たりにしても出て行けとは言わなかった。
いっそ責め立てて追い出された方が気分はスッキリしたのかも知れない。
ルアグはますます今後の自分の身の置き方についてどうしていいか分からなくなった。

「ルアグ……そんな顔しないで」

ベッドに横たえていた身体を起こし、キアはルアグの頬にそっと触れた。その瞳はとても悲しそうに揺れていた。

「あなたは何も悪くない。悪くないわ」

まるで自分に言い聞かせるようにキアはそう呟いた。

「キア……でも、俺は…俺は君を……」

次は血を啜るだけではすまないかも知れないんだ。もしかしたら君を、殺してしまうかもしれないんだ。
とてもそんなことは言葉に出来なかった。悔しさで涙が溢れそうになるのを必死に押しとどめる。

「約束、忘れちゃったの?」
──『危険が迫ったらあなたが守ってよ!』『何があっても俺が君を守るよ』

頭の中であの日の会話が流れる。

「忘れてないよ、忘れたりしない。でも、でも、俺は……」

チュッ

「!」

それは本当に突然のことだった。
最後まで言わせまいとばかりにキアはルアグの言葉を自分の唇を重ねて奪い取った。

「キ……ア……?」

唐突すぎるその行動に頭が追いつかない。
お互いの吐息が感じられるほど近くで青空色の瞳がルアグを見つめた。

「お願い、何も言わないで。あなたは何も悪くないんだから、自分を責めないで」

ポロリ

「!!」

ひとしずくの涙がキアの頬を伝って流れていった。ルアグはそれ以上何も言葉を発することが出来なかった。
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