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抵抗6

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「はふっ、ふ、ぁ……あの、キス、して……?」


 口元に指を添え、物欲しそうに見上げてくる愉悦がぞくぞくと背筋を駆けた。放っておいたら自分の指をくわえてしまいそうなほどで、繋がったままちゅっと軽く唇を合わせる。

「……もっと……」
「ん」

 誘われるままに軽く開いた唇から舌を差し入れて絡めると、繋がった体がきゅうっと締まった。

「ん、ふぅ……」

 2カ所同時に繋がっている感触は相乗効果で倍以上の快楽を呼ぶ。口腔と膣、両方のねっとりとした熱さに夢中になってその唇と舌を貪り、蜜の甘さに酔う。腰を大きく円を描くように動かし、小柄なマリーの全身を揺らす。
 喘ぎ声すら飲み込むようなキスをしていても時々離れる唇からマリーの嬌声が溢れ、両腕で私の背中に爪を立てしがみつき、両足は私の腰にきつく絡ませた。

「ん、マリー……ごめん。これじゃちょっと、動きにくい……」

 細いのにどこからそんな力がと思うほどにきつく腰に絡みつく足を解こうとしてみるが、マリーは駄々をこねる子供のように激しく首を振り、両手でしがみついてくる。

「ん、ぅ、はぁっ、あ、だって……あんっ。……もっと、っ、繋がって、いたいんだもの……」

「…………っ!!」

 このまま欲望を最後の一絞りまでぶちまけてやりたい衝動に駆られたが、寸でのところで腰に力を込めて思いとどまる。

「もっと気持ちよくしてあげるから。ほら、力を抜いて」
「で、も……」
「私を信じて任せて」
「………………ん、」


 マリーは迷いながらもそろそろと力を抜いて、足をベッドに下ろした。

「そう、それでいい」

 素直に従ってくれるマリーがいとおしく、ゆっくりと腰を揺らす。

「あっ、あっ、ロラン……!」

 だがしかしマリーは再びしがみつき、足を絡めてくる。

「……マリー……動けないよ」
「…………わ、わかって、る、けど……っ」

 何度宥めてみてもマリーはきつくしがみつき、絡まり合おうとしてきて、どうにも動きづらい。

「――仕方ないな」

 やむなく体を離すと、マリーは悲しげに眉を寄せた。

「………ロラン………やめ…ちゃうの………?」

 マリーの下着を拾い、足先から両足を潜らせて膝まで穿かせると、もう今にも泣き出してしまいそうだ。
 止められるはずのない欲望に猛り狂ったまま濡れそぼっている男根を見つめたマリーが、震える声で「嫌」と呟く。

「……い……や…ぁ……っ……ロラン、ロラン……お願い。最後まで、して……っ」

 ぽろぽろとこぼれる涙を両手で何度も拭いながら男をねだる姿に、欲望はさらに熱を帯びる。

「うん、やめない。これはお行儀の悪い足にちょっとお仕置きをしただけだから」
「え。あっ、やぁ……っ!!」

 膝をまとめて縛られたような格好の足を持ち上げ、その根本の蜜壷にさらに大きくなった欲望を突き立てた。
 びくん、と跳ねた足が宙を蹴る。

「あんっ、あっ、やだロラン……!」

 マリーは抱きしめてほしいと必死に手を伸ばしてくる。

「……お、ねっがい……! ……さ、み、しい……の……っ」

 ぐん、と愛おしさが増した。
 この戒めを解いてもう一度きつく絡まり合うのも悪くない、と思うほどに。
 けれど迷いを振り切って繋がったままでマリーを横に向かせ、後ろから背中を包むように抱きしめる。

「これで、どう?」
「……ん。あ、ふ……っ」

 背中を包み込まれたことでマリーは落ち着き、私の代わりに枕を抱きしめた。
 少し枕に妬けないわけでもないが、今は我慢して柔らかな胸の感触を楽しみ、ゆっくりと波にたゆたうように腰を振る。
 マリーは私の腕に手を添えて、されるままに身を預けている。

 高揚してはいるが、交合しているとは思えないほど緩やかな気分だった。

「は……ぁ……、ロラン………愛してる」
「うん。私も愛してるよ」

 幸福だと、思った。

 私の腕の中にマリーがいる。
 そのマリーの中に、私がいる。

 混じり合い、溶けてひとつになってしまいそうな気がする。

 なんて、幸せな瞬間だろう。

 この瞬間が永遠に続けばいいのにと、願った。

「………マリー………」

 ゆっくりと穏やかな快楽を味わっているとふいに、なんて愛おしい背中だろうかと、思った。
 細く、白く。
 重い運命を一人で背負い続けた華奢な背中。

「一緒に背負うから」

 気がつくと、後ろから耳元に囁いていた。

「どれほどの苦しみでも、罪でも。君と一緒に背負って生きるから」

 途端に弱々しい嬌声に啜り泣きが混じったような気がした。

「ロ……ラン……、ロラン……っ!」
「――愛しているよ、マリー」

 何度も愛を囁きながら、耳朶を噛み、うなじを舐め上げ、両手が自由になるように姿勢を俯せに変えると、天使の翼が生えてきそうな肩胛骨を撫でる。
 動きやすくなった腰をゆっくりと打ち付けると、ぴちゃん、くちゅん、と水音がたつ。

「あんっ……あんっ…あっ……あっ」

 目を閉じて心地のいいマリーの喘ぎ声とその水音に耳を傾けていると、ふと思った。

「……まるで人魚としてるみたいだ……」

 口にしてから、人魚は最後に泡となって消えるんだっけなと薄ら寒くなる。

「マリー、こっち向いて」

 ちゅ、と軽く唇を合わせるとマリーは赤い目を緩ませてくすくすっと笑った。

「……もしかして、人魚姫は王子様のキスがもらえなくて泡になっちゃうから?」

 少しばかりばつが悪く苦笑いを浮かべると、マリーは「ロマンチストね」と言ってさらに笑った。
 面映ゆいけれど、くすくすと笑う声が耳に心地よかった。

「人魚姫は王子様に愛してもらえなかったから泡になったのよ。……だから、大丈夫。大丈夫よ」

 それはどこか、自分に言い聞かせるように。祈るように。

「私は泡のように消えたりしないわ。あなたが愛してくれたから」

 マリーは私の手をきゅっと握ってそっと目を伏せると、まだ笑みの残る唇を枕に押しつけて隠してしまった。

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