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2章
懊悩ーアレスー
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「あっ…あっ…あっ……ぁあん!」
腰を突き上げる度に妻は甘い声で喘ぎ、銀色の髪が肌を撫でる。
膝の上に顔を突き合わせるようにして抱え込んでいる妻は眉を寄せて夫にしがみついている。
頬も耳も、散り際の桜の色に似ていた。何度も深く合わせた唇からはどちらのものともしれない唾液で濡れているし、肌はしっとりと汗ばんでいる。瞳は溶けるように潤んで、首筋や胸元にはキスの跡。豊かな胸の先はピンと尖り、夫の肌とこすれるたびに身体の奥を熱くした。
なにより、夫を受け入れている蜜壺の締まりが堪らない。
「……な…に……? どうかしたの……?」
乱れる妻に見とれて愛撫がおざなりになってしまったのか、少し掠れた声がいぶかしげに呼びかけた。
「……ん。あなたが愛おしくて」
「まぁ、アレス様ったら」
囁くと、潤んだアメジストのような瞳を細め、細い指が夫の頬を撫でた。
「……嬉しい……」
「ディーネ……っ!!」
「あ…っ!」
妖艶とも思える手つきに欲望が猛る。堪らずベッドに押し倒して荒々しく快楽を貪り食らう。
「あああぁんっ! あっ、いいっ…! す…ごくっ……いい……! もっと奥まで、きて……っ」
激しく揺さぶられて乱れ喘ぐ妻が夫の腰に足を絡めてせがむ。その要望に応えて最奥まで荒々しく突いてやれば、肌を打ち付け合う音の切れ間に甘美な嬌声が響いた。
「あ…っ……ああっ!! もっと……ぉ…っ」
幾度も枕を交わし夫を受け入れる快楽を覚えた妻は、もはやどんなに荒々しく抱いてもなおねだるようになっていた。
「……ふ、ぁ……っ」
妻がびくりと身を震わせたのと同時に、夫は妻の中に滔々と子種を放つ。
ーーー途端。
「いやぁあああああぁぁぁっ!!!」
耳をつんざくような悲鳴が響いた。
はっと息を呑んで目を開けると、ディーネが腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
(……夢、か……)
自分も妻も着衣が乱れていないことを確認して、そっと息をついた。
しかし動悸は収まりそうにない。汚れた下着の不快感と、無垢な妻に娼婦のような有り様の妄想をしている罪悪感に、そっと腕枕を抜いて距離を取る。
このところ、毎晩のように妻を抱く夢を見る。
夢の中では妻はすっかり快楽を覚え、躊躇いなく夫との睦事に興じさせているが、現実は枕のようにただ抱き寄せるだけで唇すら合わせていない。
欲望に汚れてしまった下着をこそこそと着替えてから、ちらりと盗み見た妻は心地よさそうな寝息を立てていた。
時々、その寝息が酷く憎たらしく思えた。
滅茶苦茶に犯してやりたい。彼女の無垢な肉体に夫の存在を刻み込み、無理矢理にでも夫婦の契りを交わすーーそんな禍々しい欲望を伴っていた。
けれど、手は出せなかった。
毎晩見る夢は、必ず悲鳴で終わる。
それも、初夜のベッド上で聞いたあの悲鳴だ。強姦魔か殺人鬼にでも遭ったような恐怖と拒絶。
あれを思い出すだけでそんな劣情は一気に下火になる。
「……ディーネ」
気を取り直すため、腕の中で安心して眠る顔をみようと頬にかかる髪に手を伸ばす。
指先から伝わる柔らかい頬のぬくもりに本能が再び首をもたげ、夢の中のように睦み合うことができればどんなか幸福だろうと奥歯を噛み締める。
けれど。
泣き叫ぶ妻の顔が脳裏をよぎれば欲情の代わりに空しさで胸が詰まりそうになる。
「……ああ、また泣いていたのか……」
髪を払うと、その目元は赤く腫れていた。
このところ毎晩、彼女は夜中にひっそりと泣いているらしい。目元が腫れていることもあるし、寝間着が涙に濡れていたりもする。
それに気づく度に、やるせなさで溢れた胸がキリキリと痛んだ。
「なぜ、泣くんだ……?」
日中、ディーネはおよそいつでもにこにこと誰かに笑いかけている。だから、どうして泣くのかその理由の検討がつかなかった。
直接尋れば楽になるのかもしれない。けれどもし、嫌いだとか離縁したいとか言われたらと思うと怖かった。
先に目覚めた彼女がひとりで酷く暗い顔をしているのを、ぼんやりと見たことがある。彼女は遠い故郷の方を見て細く息をつき、ごめんなさいと何度も何度も小さく懺悔していた。
その姿は見ているだけでも胸が痛くなるほど寂しげで、かけるべき言葉が見つからないアレスは狸寝入りを決め込んだ。
最初の頃からするとよく笑うようにもなったんだが、とアレスは両腕いっぱいの水仙を抱えて駆けていた妻の姿を思い出す。
満面に浮かぶ、無邪気な笑み。
あの姿を思い出すと、その脇をちょろちょろとついてくる犬がもし自分たちの子だったらかわいかろう、なんてことまで考えはじめる。
これまでに犬もこどももかわいいなんて思ったことはないのだが。けれどディーネの娘だったらきっと可愛がらずにいられないほど愛くるしいだろうと思う。
こどもはグラ家が引き取る条件だが、いくらなんでも乳飲み子を母親と引き離すことはしないだろうし、何人も授かればひとりくらい手元におくことも不可能ではないかもしれない。
「……泣くな」
手放すものか、と抱き寄せる。
5年も追い求めた妖精が、ようやくこの腕の中にいるのだ。もう二度と手を放す気はなかった。
「笑っていてほしいんだ……」
けれど、妻は腕の中で毎晩泣くばかり。
泣かせたくない。
手離したくもない。
どうすればいいのか、わからない……。
ぬくぬくとした寝具の隙間に差し込む空気が冷たくて、アレスは妻をさらにきつく抱き寄せた。
腰を突き上げる度に妻は甘い声で喘ぎ、銀色の髪が肌を撫でる。
膝の上に顔を突き合わせるようにして抱え込んでいる妻は眉を寄せて夫にしがみついている。
頬も耳も、散り際の桜の色に似ていた。何度も深く合わせた唇からはどちらのものともしれない唾液で濡れているし、肌はしっとりと汗ばんでいる。瞳は溶けるように潤んで、首筋や胸元にはキスの跡。豊かな胸の先はピンと尖り、夫の肌とこすれるたびに身体の奥を熱くした。
なにより、夫を受け入れている蜜壺の締まりが堪らない。
「……な…に……? どうかしたの……?」
乱れる妻に見とれて愛撫がおざなりになってしまったのか、少し掠れた声がいぶかしげに呼びかけた。
「……ん。あなたが愛おしくて」
「まぁ、アレス様ったら」
囁くと、潤んだアメジストのような瞳を細め、細い指が夫の頬を撫でた。
「……嬉しい……」
「ディーネ……っ!!」
「あ…っ!」
妖艶とも思える手つきに欲望が猛る。堪らずベッドに押し倒して荒々しく快楽を貪り食らう。
「あああぁんっ! あっ、いいっ…! す…ごくっ……いい……! もっと奥まで、きて……っ」
激しく揺さぶられて乱れ喘ぐ妻が夫の腰に足を絡めてせがむ。その要望に応えて最奥まで荒々しく突いてやれば、肌を打ち付け合う音の切れ間に甘美な嬌声が響いた。
「あ…っ……ああっ!! もっと……ぉ…っ」
幾度も枕を交わし夫を受け入れる快楽を覚えた妻は、もはやどんなに荒々しく抱いてもなおねだるようになっていた。
「……ふ、ぁ……っ」
妻がびくりと身を震わせたのと同時に、夫は妻の中に滔々と子種を放つ。
ーーー途端。
「いやぁあああああぁぁぁっ!!!」
耳をつんざくような悲鳴が響いた。
はっと息を呑んで目を開けると、ディーネが腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
(……夢、か……)
自分も妻も着衣が乱れていないことを確認して、そっと息をついた。
しかし動悸は収まりそうにない。汚れた下着の不快感と、無垢な妻に娼婦のような有り様の妄想をしている罪悪感に、そっと腕枕を抜いて距離を取る。
このところ、毎晩のように妻を抱く夢を見る。
夢の中では妻はすっかり快楽を覚え、躊躇いなく夫との睦事に興じさせているが、現実は枕のようにただ抱き寄せるだけで唇すら合わせていない。
欲望に汚れてしまった下着をこそこそと着替えてから、ちらりと盗み見た妻は心地よさそうな寝息を立てていた。
時々、その寝息が酷く憎たらしく思えた。
滅茶苦茶に犯してやりたい。彼女の無垢な肉体に夫の存在を刻み込み、無理矢理にでも夫婦の契りを交わすーーそんな禍々しい欲望を伴っていた。
けれど、手は出せなかった。
毎晩見る夢は、必ず悲鳴で終わる。
それも、初夜のベッド上で聞いたあの悲鳴だ。強姦魔か殺人鬼にでも遭ったような恐怖と拒絶。
あれを思い出すだけでそんな劣情は一気に下火になる。
「……ディーネ」
気を取り直すため、腕の中で安心して眠る顔をみようと頬にかかる髪に手を伸ばす。
指先から伝わる柔らかい頬のぬくもりに本能が再び首をもたげ、夢の中のように睦み合うことができればどんなか幸福だろうと奥歯を噛み締める。
けれど。
泣き叫ぶ妻の顔が脳裏をよぎれば欲情の代わりに空しさで胸が詰まりそうになる。
「……ああ、また泣いていたのか……」
髪を払うと、その目元は赤く腫れていた。
このところ毎晩、彼女は夜中にひっそりと泣いているらしい。目元が腫れていることもあるし、寝間着が涙に濡れていたりもする。
それに気づく度に、やるせなさで溢れた胸がキリキリと痛んだ。
「なぜ、泣くんだ……?」
日中、ディーネはおよそいつでもにこにこと誰かに笑いかけている。だから、どうして泣くのかその理由の検討がつかなかった。
直接尋れば楽になるのかもしれない。けれどもし、嫌いだとか離縁したいとか言われたらと思うと怖かった。
先に目覚めた彼女がひとりで酷く暗い顔をしているのを、ぼんやりと見たことがある。彼女は遠い故郷の方を見て細く息をつき、ごめんなさいと何度も何度も小さく懺悔していた。
その姿は見ているだけでも胸が痛くなるほど寂しげで、かけるべき言葉が見つからないアレスは狸寝入りを決め込んだ。
最初の頃からするとよく笑うようにもなったんだが、とアレスは両腕いっぱいの水仙を抱えて駆けていた妻の姿を思い出す。
満面に浮かぶ、無邪気な笑み。
あの姿を思い出すと、その脇をちょろちょろとついてくる犬がもし自分たちの子だったらかわいかろう、なんてことまで考えはじめる。
これまでに犬もこどももかわいいなんて思ったことはないのだが。けれどディーネの娘だったらきっと可愛がらずにいられないほど愛くるしいだろうと思う。
こどもはグラ家が引き取る条件だが、いくらなんでも乳飲み子を母親と引き離すことはしないだろうし、何人も授かればひとりくらい手元におくことも不可能ではないかもしれない。
「……泣くな」
手放すものか、と抱き寄せる。
5年も追い求めた妖精が、ようやくこの腕の中にいるのだ。もう二度と手を放す気はなかった。
「笑っていてほしいんだ……」
けれど、妻は腕の中で毎晩泣くばかり。
泣かせたくない。
手離したくもない。
どうすればいいのか、わからない……。
ぬくぬくとした寝具の隙間に差し込む空気が冷たくて、アレスは妻をさらにきつく抱き寄せた。
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