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第十三話・プレスルーム
本社ビル一階のプレスルームで、私は柏原さんと一緒に『ヴィレル』の商品が掛けられたラックの横に立っていた。スターワイドが取り扱う今シーズンの商品が全て並ぶここに一般客が入ることはできない。ショップのように商品がたくさん陳列されているけれど、店舗ではなく販売はしていない。フランチャイズ契約をしている取引店の関係者に向けた空間で、実際の商品を紹介する為だけにある。
つい先日から、ここに姉妹ブランドの商品も並べられることになった。直営店以外でも『ヴィレル』の取り扱いが解禁になったのだ。
でも、『ジェスター』の知名度でスターワイドに興味を持ったという取引先が、売れ行きの見当もつかない新ブランドを卸すのは容易にはいかないのだろう。各社のバイヤー達はラックを一瞥するだけで素通りしていってしまう。
私は柏原さんと目を合わせ、互いに苦笑し合う。『ヴィレル』はまだ発展途上の段階なのだから、この薄い反応には十分過ぎるほど覚悟していた。
目の前を通り過ぎていく人達を恨めし気に見送りながら、何人もの人に囲まれている『ジェスター』の新シリーズの棚を遠巻きに眺める。あれは星野専務が退職直前にデザインしたものらしく、やっぱり他とは注目度が違う。
「いずれは『ヴィレル』だけを取り扱う店舗も計画していますが、今はしっかりと地盤を固める意味でも既存店にて展開しているところです」
「新ブランド設立には若手社員を中心に起用したと伺っているのですが――」
「ええ、企画チームの中心として動いている中には直営店で実際に販売に携わっていた者もおり、お客様の声を十分に反映した商品が作れたと言っていいでしょう」
声のする方を振り向くと、ボイスレコーダーを持った記者と並んで及川社長がプレスルームの中を説明しながら歩いていた。カメラを構えた男性が社長の横顔や室内を撮影して回っていたので、ビジネス誌か何かの取材なのだろうか。
社長達が『ヴィレル』の商品に近付いてくると、社長秘書の野上さんが私達に退くようにと目配せしてくる。柏原さんと一緒に邪魔にならない場所に逃げながら、爽やかに微笑みつつインタビューに答えている及川社長の姿を眺める。
——あんな風に笑うことあるんだ……ちょっと胡散臭いけど。
その作り笑顔に騙されてしまっているのか、女性記者は頬を赤らめてうっとりした表情になっていた。狭い通路をあんな風にさりげなくエスコートされたら、誰だって勘違いしてしまっても無理はない。だけど、私の中では気難しい顔がデフォルトになっていたから、今日の社長は全く別人のように映る。
——ああ、こないだは私にもちょっとだけ笑ってくれたっけ。
人によっては笑顔とは判断できないレベルだったけれど、なんて失礼なことを考えていると、インタビューを終えたのか社長と野上さんがプレスルームを出て行く記者達を入り口で見送っているのが見えた。
そのまま続けて社長達が立ち去っていった後、そのインタビューの様子を遠巻きに見ていた人が私達の元へと恐る恐るといった風に近寄ってくる。
「さっき及川社長が言ってた新ブランドって、これのこと?」
「はい。『ヴィレル』です」
「へー、具体的にどれくらいで独立して店が出そうなの?」
フランチャイズ店のオーナーだという男性から交換を促され、私は作ったもののほとんど配ったことのなかった名刺を慣れない手付きで差し出した。
「まだブランドとして立ち上がったばかりなので――」
「まあ、この商品数だと厳しいか。見た感じ期待はできそうだし、置いてみるのも悪くないかな」
男性は商品についているタグを確かめてから、別の商品の棚へと移動していった。私の隣では柏原さんが別の会社のバイヤーっぽい人へ熱心に商品について説明しているところだった。
プレスルームの予約が多い日にインタビューを組み込んでくれた社長のおかげで、その日は柏原さんと二人でたくさんの人に商品を紹介することができた。
後出しの『ヴィレル』の棚はどこの店でもどうしても既存ブランドを退けて空けてもらった場所に陳列されることになる。けれど今度オープンする予定の店では最初から専用の棚が用意されていると聞いたら、黙っていられるわけがない。
「初日の視察に私も同行させてください」
新店を任されることになった店長によるオープン前報告会の日。『ヴィレル企画部』として宮前さんと共に会議の場に立ち会っていた私は、会が終わって第一会議室を出ていこうとした及川社長へと頼み込む。
「き、菊池さん……?」
いきなり社長に突撃していった私に、宮前さんは驚いてオロオロしていた。秘書の野上さんは「何を言っているんだ?」とうっとうしそうに顔をゆがめていたが、社長は少し考えた後に「勝手にしろ」と興味なさげに答えてから何事もなかったかのように部屋から出ていった。
「だって、あの棚の配置ですよ! 宮前さんだって、実際に見たくないですか?」
「まあ、確かに……いや、でも俺は社長に直談判する勇気はなかったな」
新店舗の棚配置として映し出された映像に、私は発狂しそうになった。店舗の入り口のすぐ横、誰だって必ず見るだろう場所に『ヴィレル』専用の棚が用意されてるなんて想像すらしたことがなかったのだから。しかも、店舗名も『ジェスター』ではなく、『ジェスター with ヴィレル』だと聞いたら黙っていられなかった。
「私、本社を追い出されたら絶対にあの店に配属希望出しますよ」
「いや、そういう冗談はさすがに止めて……」
宮前さんが眉を寄せて、情けない顔で言ってくる。それには私は声を出して笑った。でも結構本気だったのは宮前さんには内緒だ。
つい先日から、ここに姉妹ブランドの商品も並べられることになった。直営店以外でも『ヴィレル』の取り扱いが解禁になったのだ。
でも、『ジェスター』の知名度でスターワイドに興味を持ったという取引先が、売れ行きの見当もつかない新ブランドを卸すのは容易にはいかないのだろう。各社のバイヤー達はラックを一瞥するだけで素通りしていってしまう。
私は柏原さんと目を合わせ、互いに苦笑し合う。『ヴィレル』はまだ発展途上の段階なのだから、この薄い反応には十分過ぎるほど覚悟していた。
目の前を通り過ぎていく人達を恨めし気に見送りながら、何人もの人に囲まれている『ジェスター』の新シリーズの棚を遠巻きに眺める。あれは星野専務が退職直前にデザインしたものらしく、やっぱり他とは注目度が違う。
「いずれは『ヴィレル』だけを取り扱う店舗も計画していますが、今はしっかりと地盤を固める意味でも既存店にて展開しているところです」
「新ブランド設立には若手社員を中心に起用したと伺っているのですが――」
「ええ、企画チームの中心として動いている中には直営店で実際に販売に携わっていた者もおり、お客様の声を十分に反映した商品が作れたと言っていいでしょう」
声のする方を振り向くと、ボイスレコーダーを持った記者と並んで及川社長がプレスルームの中を説明しながら歩いていた。カメラを構えた男性が社長の横顔や室内を撮影して回っていたので、ビジネス誌か何かの取材なのだろうか。
社長達が『ヴィレル』の商品に近付いてくると、社長秘書の野上さんが私達に退くようにと目配せしてくる。柏原さんと一緒に邪魔にならない場所に逃げながら、爽やかに微笑みつつインタビューに答えている及川社長の姿を眺める。
——あんな風に笑うことあるんだ……ちょっと胡散臭いけど。
その作り笑顔に騙されてしまっているのか、女性記者は頬を赤らめてうっとりした表情になっていた。狭い通路をあんな風にさりげなくエスコートされたら、誰だって勘違いしてしまっても無理はない。だけど、私の中では気難しい顔がデフォルトになっていたから、今日の社長は全く別人のように映る。
——ああ、こないだは私にもちょっとだけ笑ってくれたっけ。
人によっては笑顔とは判断できないレベルだったけれど、なんて失礼なことを考えていると、インタビューを終えたのか社長と野上さんがプレスルームを出て行く記者達を入り口で見送っているのが見えた。
そのまま続けて社長達が立ち去っていった後、そのインタビューの様子を遠巻きに見ていた人が私達の元へと恐る恐るといった風に近寄ってくる。
「さっき及川社長が言ってた新ブランドって、これのこと?」
「はい。『ヴィレル』です」
「へー、具体的にどれくらいで独立して店が出そうなの?」
フランチャイズ店のオーナーだという男性から交換を促され、私は作ったもののほとんど配ったことのなかった名刺を慣れない手付きで差し出した。
「まだブランドとして立ち上がったばかりなので――」
「まあ、この商品数だと厳しいか。見た感じ期待はできそうだし、置いてみるのも悪くないかな」
男性は商品についているタグを確かめてから、別の商品の棚へと移動していった。私の隣では柏原さんが別の会社のバイヤーっぽい人へ熱心に商品について説明しているところだった。
プレスルームの予約が多い日にインタビューを組み込んでくれた社長のおかげで、その日は柏原さんと二人でたくさんの人に商品を紹介することができた。
後出しの『ヴィレル』の棚はどこの店でもどうしても既存ブランドを退けて空けてもらった場所に陳列されることになる。けれど今度オープンする予定の店では最初から専用の棚が用意されていると聞いたら、黙っていられるわけがない。
「初日の視察に私も同行させてください」
新店を任されることになった店長によるオープン前報告会の日。『ヴィレル企画部』として宮前さんと共に会議の場に立ち会っていた私は、会が終わって第一会議室を出ていこうとした及川社長へと頼み込む。
「き、菊池さん……?」
いきなり社長に突撃していった私に、宮前さんは驚いてオロオロしていた。秘書の野上さんは「何を言っているんだ?」とうっとうしそうに顔をゆがめていたが、社長は少し考えた後に「勝手にしろ」と興味なさげに答えてから何事もなかったかのように部屋から出ていった。
「だって、あの棚の配置ですよ! 宮前さんだって、実際に見たくないですか?」
「まあ、確かに……いや、でも俺は社長に直談判する勇気はなかったな」
新店舗の棚配置として映し出された映像に、私は発狂しそうになった。店舗の入り口のすぐ横、誰だって必ず見るだろう場所に『ヴィレル』専用の棚が用意されてるなんて想像すらしたことがなかったのだから。しかも、店舗名も『ジェスター』ではなく、『ジェスター with ヴィレル』だと聞いたら黙っていられなかった。
「私、本社を追い出されたら絶対にあの店に配属希望出しますよ」
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