憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美

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第十四話・店舗への視察

 新店舗のスタッフは他の店から転属してきた者と新たに募集されて採用された者とが半々みたいだった。店長などのベテランスタッフは良いとして、たった一週間ほどの別店舗での研修だけでうまく動けるようになるわけもなく、新人スタッフは次々に店に訪れてくる客への声掛けもままならない。

「いらっしゃいませ。よろしければご試着なさいますか?」

 ハンガーに掛かったままの商品を手にキョロキョロしている女性客を見つけ、私は思わず声を掛けてしまう。首から下げているのは本社の社員証だけれど、店員のふりして気にせずにフィッティングルームへと誘導してから、私は近くにいた手持ち無沙汰なスタッフに「今ご試着いただいてるので、よろしくお願いしますね」と接客を促す。迷っている客を見過ごすなんて私には無理だ。

 真新しい什器が並ぶ店内を見渡していると、ディスプレイされていた商品が売れてしまい、代わりに何を着せかえればいいかと半裸のマネキンを前に首を傾げているスタッフを見つける。さすがにお節介かなとは思ったけれど、オープン初日にディスプレイが崩壊したままなのは看過できない。

「トップスはこれとこれ、ボトムもこっちに変えた方がもう一体と統一感が出ていいと思いますよ」

 売れたカットソーの分だけを差し替える気でいたアルバイトの女の子は、全身総入れ替えの指示にちょっと驚いているようだった。けれど言われた通りに着せ直したものを設置した後、ディスプレイスペースに並んだ二体を見て納得した表情になる。

「雰囲気を合わせてあげると、テーマ性が出て訴求力が上がることがあるんです。あそこの棚上も色違いで展開してもいいですし――」

 ディスプレイのコツを説明していると、真後ろから誰かが鼻で笑う声が聞こえてきた。ハッとして振り向いた私は、及川社長が呆れ顔でこちらを見ているのに気付き慌てる。

「あ、社長、お疲れ様です……」
「ああ、うん。菊池は何をやってるんだ?」

 店舗スタッフと一緒にディスプレイを直していた時からこっそり見られていたらしい。今回の視察も小金井部長が一緒のようで、社長の後ろで部長はかなり困惑しているようだった。

「新人スタッフばかりであまり手が回っていないみたいだったので……」
「菊池さんは現場の経験が長いですからね。店長候補に上がっていたくらいで」
「ふぅん」

 部長からのフォローの言葉に、及川社長はさっきディスプレイし直したばかりの店頭のマネキンをしばらく見返していた。そして、部長に向かって何か小声で指示を出す。一瞬驚いた表情になった部長は、なぜか私の方へ同情するような顔を向けてくる。

「明日、売上低迷店をいくつか回る予定だったが、それに菊池も一緒に来い」
「はいっ⁉」
「近場ばかりだから業務時間内には戻れる、心配するな」

 及川社長はそれだけを一方的に言うと、レジカウンターにいたこの店の店長のところへと向かう。その後一瞬で店舗から立ち去った黒スーツの二人の後ろ姿を私は茫然としながら見送った。及川社長は一体、私に何を求めているのだろうか?

 翌日、出社したばかりの私を本社ビルの前で待ち受けていたのは、社長秘書の野上さんが運転する社用車だった。ピカピカに磨かれた黒色のセダン車。素知らぬ顔して横を通り抜けようとしたら派手にクラクションを鳴らされた挙句、窓から顔を出して急かされた。

「社長はもう乗っておられるんで、急いでください」

 そう言われて後部座席を覗き込むと、及川社長がノートパソコンを膝に置いて仕事をしているのが見えた。慌てて助手席に乗り込んでから、腕時計を確認してみてもまだ始業時間の少し前。特に早めに来いとは指示されてないし、社長も気にしてはいなさそうで、単に私が野上さんから嫌われているということだけは分かった。

「現地入りの時間は決まってるんですから、逆算して出社していただかないと全ての予定が狂ってしまうんです」

 野上さんからチクチクと小声で嫌味を言われながら着いた一店舗目は、郊外型のショッピングモール内にあった。エスカレーター前というテナント位置は恵まれているように思えたが、本当にここが売上低迷店なんだろうか? そう疑問を抱きながら訪れた店の中で、私は「これは……」と嘆きの声を漏らす。瞬時にこの店の問題点が目に飛び込んできた。

「どうだ?」

 社長が私の隣から短く確認してくる。私に聞いておきながら自分でも気付く点はあったようで、眉を寄せて顔をしかめていた。ここは多分、エリアマネージャーの目が一切届いていない店だ。郊外で車がないと不便な場所にあるせいでチェックが甘くなっているのだろう。

「えっと、これはただ商品をアイテム分けして並べただけですね」

 テーマも動きもない、マネキンが服を着て適当にポーズしながら立っているだけの店頭ディスプレイ。素材などは無視し、ただ種類別にハンギングされただけの棚には規則性もなく、あらかじめ買う物が決まっている客以外には訴求力のない陳列。パッと見はキレイにまとまっているように見えるけれど、そこから何かを掘り出してみようとは思わない。在庫処分セールでもなければ、ここまで雑な陳列は見たことがない。

 一番気になっていた『ヴィレル』の棚もセットアップ物がバラバラになっているから、その良さが客へ伝わっていない可能性が高そうだ。この売り場ではショップスタッフも接客時のお勧めがしづらいだろうし、売上が伸びないのは無理もない。

「直せそうか?」
「できれば、三時間は欲しいです」

 私一人では無理だけど、スタッフが協力してくれるならと伝えると、及川社長は秘書に向かって時間の調整を指示していた。野上さんはちょっと迷惑そうな顔をしていたけれど、どこかへ電話を掛けに店を出ていった。
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