6 / 47
第六話
しおりを挟む
「今日の依頼はそれほどのものだったんでしょうか? 依頼主の話ではただの浮遊霊に憑かれた程度かと――」
まだ鬼のアヤメの存在に動揺が隠せないでいる美琴をよそに、ツバキが真知子へと淡々と確認する。脱衣所で力尽きて倒れてしまうほど大変な案件だったのか、と。自分が立ち合わなかった現場で主人が危険に晒されたことが納得いかないようだ。
心配するツバキに対して、真知子は「そんなことはない」と首を横に振って返す。
「確かにそこそこ力のあるヤツだったが、依頼主の母親に憑いていたのは大したことはなかった。――けれど」
「床の間に飾られてた壺に、タチの悪いのがおってん。どうも母親はそいつの影響で憑きやすくなってたみたいや。でも、そっちの封印にちょっと手こずってたな。あの程度でこのザマ、真知子ももう歳やなー」
アヤメは小馬鹿にするようにニヤッと笑ってみせるが、すぐにツバキから睨んで制され、とぼけるようにそっぽを向き出した。種族的にも力は鬼姫の方が圧倒的に強いみたいだけれど、式同士に上下関係は別段ないような雰囲気だ。
ツバキは完全に人の姿をしているし、昔から一緒に暮らしているから今更だけれど、赤い瞳で角まであるアヤメには、正直まだ怖気づいてしまう。でも、美琴は心のどこかで小さく興奮していた。
祓い屋という稼業もあって、子供のころから霊やあやかしについてはしつこいくらい教え込まれてきた。あやかしという存在は、視えなくてもいるものだとは信じていた。それは小さな子供がサンタクロースに対して抱く感覚と似ているかもしれない。親代わりの祖母が寝物語として聞かせてくれた、あやかしの話。怖いモノもあれば、楽しいモノもあって、美琴にはとても身近な存在に感じていた。視えるなら視てみたいと思っていたのが、今こうして叶ったのだ。
勿論、あやかしや霊の中には危険なモノが多いことは知っている。過去に身近な人達が犠牲になったのを目の当たりにしたことがあるからだ。
美琴のことは割と何でも自由にさせてくれていた祖母が、一度だけ学校行事への参加を反対したことがあった。それは、小学校の林間教室だった。
小学生になって初めてのお泊りでの行事。友達と森林の中での宿泊はとても楽しみにしていた。けれど、真知子は頑として美琴の参加申込書にサインしてくれなかった。
「あそこは駄目だ。八神の家の人間が訪れたら、災いを誘ってしまう。あそこには妖力の強い血を欲しがるタチの悪い奴がいるから」
泣いて頼んでも駄目で、夕飯も食べずに布団の中で「お婆ちゃんなんて、嫌い……」と恨み節を吐きまくっても、最後まで参加を許して貰うことはできなかった。普段はほとんど我が儘を言わなかった美琴が、唯一駄々をこねた願いは叶わなかった。
「まだ力の制御ができない美琴が行けば、あの地で眠っている災いを起こしてしまうことになる。そうなれば、犠牲になるのはこの家の問題だけでは済まないんだよ」
祖母の言っていることの意味は、まだ小学校低学年の美琴には理解できなかった。祖母はただの意地悪で言っているのだ。本当は自分のことなんて引き取りたくなかったんだと、家の中で孤独感を感じて塞ぎ込んだ。
同級生達が宿泊合宿に参加している日、美琴は泣き腫らした目をこすりながら、居間のテレビをぼーっと眺めていた。朝食にと用意して貰ったオニギリは、美琴が一番大好きなエビマヨで、完全に拗ねてしまった孫娘へ、当時の真知子が気を使ってくれたのだということは今なら理解できる。
マヨネーズが絶妙に絡んだ茹でエビのプリプリ感に、少しだけ機嫌が和らいできた美琴は、リモコンを使ってテレビのチャンネルを変えた。子供向け番組の放送時間はとっくに終わり、どのチャンネルもテレビショッピングやワイドショーばかり。
と、流れて来たローカルニュースでリモコンを操作する手を止める。
『――昨夜、午後九時の消灯時刻になっても、一部の生徒の姿が館内のどこにも見当たらず……』
『――捜索隊によって発見されたうち、男児一人が意識不明の重体で……』
昭和の香りの残るコンクリート造りの苔むした建物を前に、リポーターが事件の状況を説明していた。美琴には初めて見た景色だったけれど、たまに彼が口にする宿泊施設の名前に聞き覚えがあり、慌てて祖母のことを大声で呼んだ。
「お、お婆ちゃんっ!!」
台所でオニギリの具材の下ごしらえをしていた真知子が、居間へと顔を出すと、美琴はテレビモニターの隅っこに映る、青褪めた表情で警察関係者に事情説明しているらしい担任教師を指差した。
事件があったのは、小学校の同級生達が泊まっている市営の宿泊施設。昨晩に何人かの生徒が行方不明になり、早朝になって森の奥深いところで泣いているのを発見されたらしい。
「……だから、あそこに子供を連れてくのは危険だって、役所にも再三言いに行ってやったのに」
真知子は特に驚いた風でもなく、呆れたように溜め息を吐いていた。
「美琴が行っていれば、もっと大事になってたよ。あそこは危ないんだ」
発見された子供達は揃って、「気が付いたら真っ暗な森の中にいた」と証言していた。意識不明で救急搬送された同級生も数日後には目を覚ましたみたいだが、やはり事件の記憶は無いという。
まだ鬼のアヤメの存在に動揺が隠せないでいる美琴をよそに、ツバキが真知子へと淡々と確認する。脱衣所で力尽きて倒れてしまうほど大変な案件だったのか、と。自分が立ち合わなかった現場で主人が危険に晒されたことが納得いかないようだ。
心配するツバキに対して、真知子は「そんなことはない」と首を横に振って返す。
「確かにそこそこ力のあるヤツだったが、依頼主の母親に憑いていたのは大したことはなかった。――けれど」
「床の間に飾られてた壺に、タチの悪いのがおってん。どうも母親はそいつの影響で憑きやすくなってたみたいや。でも、そっちの封印にちょっと手こずってたな。あの程度でこのザマ、真知子ももう歳やなー」
アヤメは小馬鹿にするようにニヤッと笑ってみせるが、すぐにツバキから睨んで制され、とぼけるようにそっぽを向き出した。種族的にも力は鬼姫の方が圧倒的に強いみたいだけれど、式同士に上下関係は別段ないような雰囲気だ。
ツバキは完全に人の姿をしているし、昔から一緒に暮らしているから今更だけれど、赤い瞳で角まであるアヤメには、正直まだ怖気づいてしまう。でも、美琴は心のどこかで小さく興奮していた。
祓い屋という稼業もあって、子供のころから霊やあやかしについてはしつこいくらい教え込まれてきた。あやかしという存在は、視えなくてもいるものだとは信じていた。それは小さな子供がサンタクロースに対して抱く感覚と似ているかもしれない。親代わりの祖母が寝物語として聞かせてくれた、あやかしの話。怖いモノもあれば、楽しいモノもあって、美琴にはとても身近な存在に感じていた。視えるなら視てみたいと思っていたのが、今こうして叶ったのだ。
勿論、あやかしや霊の中には危険なモノが多いことは知っている。過去に身近な人達が犠牲になったのを目の当たりにしたことがあるからだ。
美琴のことは割と何でも自由にさせてくれていた祖母が、一度だけ学校行事への参加を反対したことがあった。それは、小学校の林間教室だった。
小学生になって初めてのお泊りでの行事。友達と森林の中での宿泊はとても楽しみにしていた。けれど、真知子は頑として美琴の参加申込書にサインしてくれなかった。
「あそこは駄目だ。八神の家の人間が訪れたら、災いを誘ってしまう。あそこには妖力の強い血を欲しがるタチの悪い奴がいるから」
泣いて頼んでも駄目で、夕飯も食べずに布団の中で「お婆ちゃんなんて、嫌い……」と恨み節を吐きまくっても、最後まで参加を許して貰うことはできなかった。普段はほとんど我が儘を言わなかった美琴が、唯一駄々をこねた願いは叶わなかった。
「まだ力の制御ができない美琴が行けば、あの地で眠っている災いを起こしてしまうことになる。そうなれば、犠牲になるのはこの家の問題だけでは済まないんだよ」
祖母の言っていることの意味は、まだ小学校低学年の美琴には理解できなかった。祖母はただの意地悪で言っているのだ。本当は自分のことなんて引き取りたくなかったんだと、家の中で孤独感を感じて塞ぎ込んだ。
同級生達が宿泊合宿に参加している日、美琴は泣き腫らした目をこすりながら、居間のテレビをぼーっと眺めていた。朝食にと用意して貰ったオニギリは、美琴が一番大好きなエビマヨで、完全に拗ねてしまった孫娘へ、当時の真知子が気を使ってくれたのだということは今なら理解できる。
マヨネーズが絶妙に絡んだ茹でエビのプリプリ感に、少しだけ機嫌が和らいできた美琴は、リモコンを使ってテレビのチャンネルを変えた。子供向け番組の放送時間はとっくに終わり、どのチャンネルもテレビショッピングやワイドショーばかり。
と、流れて来たローカルニュースでリモコンを操作する手を止める。
『――昨夜、午後九時の消灯時刻になっても、一部の生徒の姿が館内のどこにも見当たらず……』
『――捜索隊によって発見されたうち、男児一人が意識不明の重体で……』
昭和の香りの残るコンクリート造りの苔むした建物を前に、リポーターが事件の状況を説明していた。美琴には初めて見た景色だったけれど、たまに彼が口にする宿泊施設の名前に聞き覚えがあり、慌てて祖母のことを大声で呼んだ。
「お、お婆ちゃんっ!!」
台所でオニギリの具材の下ごしらえをしていた真知子が、居間へと顔を出すと、美琴はテレビモニターの隅っこに映る、青褪めた表情で警察関係者に事情説明しているらしい担任教師を指差した。
事件があったのは、小学校の同級生達が泊まっている市営の宿泊施設。昨晩に何人かの生徒が行方不明になり、早朝になって森の奥深いところで泣いているのを発見されたらしい。
「……だから、あそこに子供を連れてくのは危険だって、役所にも再三言いに行ってやったのに」
真知子は特に驚いた風でもなく、呆れたように溜め息を吐いていた。
「美琴が行っていれば、もっと大事になってたよ。あそこは危ないんだ」
発見された子供達は揃って、「気が付いたら真っ暗な森の中にいた」と証言していた。意識不明で救急搬送された同級生も数日後には目を覚ましたみたいだが、やはり事件の記憶は無いという。
27
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる