夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美

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第二十六話・神隠し6

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 普段は単独で走ることが多い田村が、行きつけのバイクショップで二人と出会ったのは8か月前。大型のオートバイを専門的に扱う店で、バイク用グローブが並んだ棚を眺めていた時だ。それまで愛用していた物が指先がすり減って穴が開いてしまい、その代わりを探していた際にいきなり声を掛けられた。

「前に停めてあるハーレーって、お兄さんの?」

 ハーレーダビッドソンのロゴ入りレザージャケットを着た男が、親指で外を指しながら近付いてきた。自分よりは少し歳下といった感じだが、レザージャケットをそつなく着こなしているところを見ると、普段から何か鍛えていそうな体躯でかなり若々しい雰囲気。
 店内には他にも客がいるのに、どうして真っ先に自分へ声を掛けてきたんだろうと不思議に思ったが、その理由はすぐに判明した。その時の田村が手に持って悩んでいたグローブはどちらもハーレーの純正品だったし、田村が着ていたブルゾンもそうだったからだ。

「めちゃくちゃ恰好いいっすね、どれくらい乗ってるんですか?」
「あれは丁度一年くらいかな。君は?」
「俺はあの隣に停めてるやつです。んで、こいつはこれから商談です」

 小西と名乗った男は隣にいる若い男の付き添いで来たのだと言っていた。二人は大学時代の先輩と後輩なのだという。「必死こいてやっと頭金が貯まったんです」と頬を高揚させてニヤけていた青年、藤橋は田村が見ていた棚の商品を手に取って、その値札に目を丸くしていた。

 その後何度も店で顔を合わすことがあり、藤橋のバイクの納車記念にと三人で計画したのが今回のツーリングだった。特に目的地は決めずに本州を南に向かって走るという、かなりいい加減な二泊三日のバイク旅。

 天候にも恵まれ、どこへ行っても見ごたえのある紅葉した風景が広がっていた。出来るだけ下道を走って、その土地の景色を楽しみながら南下していた。一人で走るのとは違い、常にすぐ傍からは別のエンジン音が聞こえてくる。信号待ちの度に声を掛け合い、道中の進路を相談し合う楽しさは単独ツーリングでは味わえない。

 そのツーリング旅行の二日目の朝、宿代わりに使ったネットカフェから最年少の藤橋の姿が消えた。

「バイクは昨日停めたまま動いてなかったです。トイレにも居ないし、あいつどこに行ったんだろう……?」
「歩いてコンビニでも行ってんじゃないか」
「まあ、普通に考えたら、そうっすよね。スマホは持ってってるみたいだし、着信に気付いたら折り返してくるでしょ。それまで、おとなしく待ちますか」

 朝から一人で歩き回れるなんて元気だな、と若さを羨む。慣れない寝床に身体全体が軋んだ。店を出るまではまだ時間もありそうだしと、パソコンの電源を入れてテレビアプリを立ち上げ、朝の情報番組を音声無しに眺める。今日は夕方から雨になるらしいから、早めに宿探しした方が良さそうだ。

「ここから一番近いコンビニって、どれくらいの距離あります?」

 夜中にオートバイに乗って来た客の一人が、ドリンクコーナーの床をモップ掛けしていた千咲に聞いてきたのは、そろそろシフト交代の時間になろうとしている頃だ。

「ファミマなら国道を左に行っていただければ、すぐですよ。セブンイレブンだと駅前なので徒歩15分くらいかかりますが」

 歩道まで出て貰えればファミマの看板は見えると思います、と付け加える。基本的に店内への飲食物の持ち込みはお断りしているが、煙草を切らしたと入店中に抜けてコンビニへ買い出しに行く人は結構いる。

「ツレが一人で外に出たみたいなんだけど、どこへ行ったかなんて分からないですよねぇ?」
「さぁ……それはちょっと」

 客の出入りは毎回チェックしているつもりだが、入退店以外で自動ドアを抜けて行った人には気付かなかった。千咲は困惑顔で首を傾げた。

 小西は自分のスマホで藤橋の番号を呼び出しながら、店の外に出て一番近いコンビニを目指した。国道沿いを左手に見れば、すぐに緑色の看板が目に入ってくる。ここまで近いのなら道に迷うはずもない。

 呼び出し音が自動で切れてガイダンスに代わると、小西は電話を切ってから胸ポケットに押し込む。コンビニをガラス窓越しに覗いてみるが、それっぽい姿は見えない。中に入って店内をぐるりと見回ったが、見知った顔はいなかった。

 いくら無計画な即興旅行だとは言っても、ここでの滞在時間にも限度がある。少しでも遠出して、今晩の宿を最後に、明日の朝からは帰路につく予定だった。

 一旦出て行った客が、明らかに不機嫌な顔で戻って来たのを、千咲はフロントで出迎えた。常連客である大天狗の退店受付をしていると、溜め息を吐き出し頭を掻きながら歩いていくのを見かけた。
 天狗がカウンター越しに、千咲へそっと耳打ちする。

「昨日もカラスどもが騒がしかったが、それか?」
「あ、またですか? でも、昨日はカラスはそこまで煩くは無かったと思うんですが――」
「ああ、報告に来るのは一羽ずつで良いと言っておいたからな」

 天狗からの情報に、千咲はハッと振り返り、フロント裏にいる白井のところに駆け込んだ。
 今、行方不明になっている人の席は、先日居なくなった人が使っていた5番ブースから見ると、丁度通路を挟んだ真向いの位置にあるのだ。果たして、これは偶然なのだろうか?
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