夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美

文字の大きさ
31 / 45

第三十一話・コロポックル

しおりを挟む
 目の前に並んだ大量のスイーツに、千咲は途方に暮れていた。まだラズベリームースを一個食べただけなのに、既にお腹はいっぱい。さっぱりしていそうな見た目に反して、生クリーム感たっぷりだったムースに最初に手を出したのは失敗だったかもしれない。さらに、作っている内にその匂いでも満腹になってしまっていて、次の皿に手が伸びないのだ。
 気合い入れてケーキバイキングに行っても、結局は大した量が食べられないのと同じだろうか。見た目で満足してしまい、思っていた程は口に入れられない。

 口直しのウーロン茶を入れたグラスを手に、むぅっと渋い表情で立ち尽くす。ただ眺めているだけでは皿の上は空になってくれない。せめてヤケ食いする理由があれば良かったのだが、あいにく最近は河童という癒しの存在のおかげでストレスフリーだ。その河童は流し台の前で踏み台にちょこんと腰かけて、ご褒美のキュウリを味わっている。くちばしの先で大事そうに少しずつ食べている様はとても微笑ましい。

 グラスに半分残っていたウーロン茶を一気に飲み干すと、千咲はドリンクバーへとお代わりを取りに出た。甘い匂いから少し離れただけで、胸やけがすっと楽になる。これも仕事と気合いを入れ直して、二敗目のウーロン茶を片手に厨房の中へと入った。
 そして、調理台の上のそれらと目が合い、口をパクパクさせた後、必死で先輩社員の名を叫んだ。

「し、白井さん!!」

 丁度入店受付を終えたばかりの白井は、千咲の切羽詰まった声に何事かと厨房へ駆け込んできた。入った瞬間に鼻を掠る甘ったるい香りに顔をしかめながら、後輩が指さして訴えているものへと目をやる。そして、納得したように頷いた。

「ああ、コロポックルか。結構な数が入り込んでたな」
「こ、コロポックル? あれも、あやかしなんですか?」

 調理台の上にいるそれらは、怯えるように身体を寄せ合って、こちらの様子を覗ったまま固まっていた。民族衣装のような物を身に纏った、あまりにも小さ過ぎる人の背丈は二十センチしかない。みな一様に長い髪を後ろで一つに束ねていて、それぞれの性別は定かではないが、よく見れば五体もいる。何となく似た顔立ちと年齢のようだから、彼らは兄弟だろうか。小さいからいまいち個体差が分かり辛い。

「妖精と言われることもあるが、まあ人外という意味ではあやかしだな」

 始めは千咲が慌てて大きな声で騒ぐのに驚いていただけのコロポックル達だったが、白井が入って来たことでさらに震え始めている。妖狐のことは妖精の中にもそれなりに知られているようだ。それに対しては心外だと言いたげに、白井はハァっと呆れ交じりに溜め息を吐く。

「どうせ、この甘ったるい匂いに釣られて出てきたんだろ」
「コロポックルって、甘党なんですか?」

 個体にもよるだろうが、と白井は首を傾げて頭を掻く。全てのあやかしを把握している訳ではないが、少なくともスイーツを狙って調理台に登っている奴らは甘い物が好きなんだろう、と適当に答える。換気扇が回っているにも関わらず、いつまでも糖分の多い空気で充満しているここは、白井としてはあまり長居したくはない場所だ。すぐにでも立ち去りたいと、千咲からの質問にはどこか投げやりだ。

「その大きさだ、たいした悪さもできないだろうし、放っておけばいい」
「無害ってことですか? なら、食べ物をあげても?」
「ふん、餌付けでもする気か? 勝手にすればいい」

 白井の話から、想定外の援軍到来とばかりに、千咲はカトラリーケースからデザート用の小さなフォークを五本取り出す。それらを小さな妖精の前に置いてみると、コロポックル達はしばらく顔を見合わせて考え込んでいるようだったが、すぐに理解したと頭を上下してからフォークを一本ずつ手に取った。一番小さなデザートフォークも、彼らからすれば身体の半分近い長さで、千咲はうーんと頭を悩ませた。

 フォークを両手で持ってぴょんぴょん飛び跳ねる様子は、河童が喜んでいる時とよく似ている。円を描くように調理台の上で跳ね回り、五穀豊穣の祭りさながらに歓喜していた。千咲の心配をよそに、コロポックルは自分達には大き過ぎるカトラリーを上手に使って、思い思いに皿の上のスイーツを味わい始める。

 小さな身体で勢いよく食べる妖精達の様子に、千咲も皿の一つを手に取って再びの参戦を試みる。一人で黙々と食べている時よりは、食欲の復活が早い。ゼリーで固めたフルーツが上に乗ったケーキは見た目のボリュームもあったが、意外とあっさりしていて食べやすい。

「ね、どれが美味しかった?」

 一通りの皿が空になってきた頃、千咲はコロポックル達に問いかける。元はと言えば、これは新メニュー選定の為の試食なのだ。実際に食べた彼らの意見を聞かないといけない。小人達は首を傾げて思案している素振りを見せるが、すぐに己が気に入った皿をフォークで示していく。

「なるほど。ミルフィーユが一番人気なのね。その次は? ――あー、私もそれは一口食べたけど、甘すぎなくて食べ易かったよね。そっか、ありがとう」

 コロポックルの反応を確認しながら、製品ごとにメモを取る。自分が食べていない物は彼らの感想を参考にして、何とか適当なレポートが書けそうだ。
 その後、食器類を片付けながら、はっと思い出す。

「あ、まだ在庫あるけど、おかわりする?」

 試食として送られてきた物も当然ながら業務用で、ケースや袋単位の入荷だから、どのスイーツもまだまだたっぷりあるのだ。追加を勧められたコロポックル達は、フルフルとその小さな頭を横に振った。さすがにもうお腹いっぱいと、ぽっこり出た腹部をさすっている。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...