あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美

文字の大きさ
24 / 42

第二十四話・兄の死(宏樹ver.)

しおりを挟む
 互いに支えながら、ずっと競い合って歳を重ねていくと思っていた兄の死は、突然に訪れた。仕事の移動中に掛かって来た、震えた声の母親から電話。急いで駆け付けた病院の霊安室で、兄の大輝はとても静かに眠っていた。

「……嘘、だろ?」

 宏樹が何とか喉から絞り出した台詞には、その場の誰も返事してくれなかった。安置台の横には泣き崩れた母と、まだ生後一か月の甥っ子を抱き締めて立ち尽くしたままの義姉。その時の優香は、流れる涙を拭うこともせずに静かに泣いていたのが印象的だった。茫然と天井を仰いだまま動けずにいる作業着姿の男達は、兄の職場の同僚だったんだろう。

 その場でかろうじて平静を保っているのは、白衣を着た病院関係者だけ。医師のネームプレートを首から下げた男性が、静かに説明してくる。

「落下した鉄骨の下敷きになったことで、腹部圧迫により内臓が大幅に破損していました。ですが、頭部は倒れた際に打ったんでしょう、額の擦り傷だけで済んでます」

 あまりにもキレイな死に顔だったが、真っ白の布が掛けられて隠されていた身体はぐちゃぐちゃだと言う。病院に運ばれた時はすでに手遅れな状態で、治療というよりは修復の処理を受けることしか叶わなかった。

 別れの言葉を掛け合うことなく、大事な家族がこの世から去ってしまった。生まれた時からずっと身近にいた存在は、己が死ぬ寸前まで近いところにいると信じていたのに。そしてそれは、もっともっと先のことだと思っていたのに。

「年子なんて、双子育児みたいなものよ」

 実際の双子とはまた違うだろとは思っていたが、母親はいつもそう言っていた。しかも、四月生まれの大輝と、三月生まれの宏樹。年子とは言ってもほぼ二歳離れているのだから。
 それでも学年は一つしか違わず、入園や入学の学校行事は常に二年連続で、親はかなり大変だったはずだ。その反動なのか、いつも習い事を始めるのは二人まとめてだった。兄が始めるタイミングに合わせて、宏樹も一緒に入会させられた。面倒な手続きも送り迎えもまとめる方が楽だったというのもあるのだろう。

「大輝がやることは全部やりたがったから」

 常に兄と同じことをしたがる弟が、お兄ちゃんだけズルいとグズっていたせいでもあるらしい。小学校の入学を前に、大輝にだけランドセルを買った時は宥めるのが大変だったと未だに揶揄われることがある。自分はまだあと一年は保育園があるのに、四月からは一緒に小学校へ行くと言って聞かなかったと。

 兄が出来ることは全部、自分にもできると信じていた。自分は大輝と同等だと思い込んでいたのだろう。
 でも、現実には二年の歳の差があり、何をやっても大輝には敵わなかった。それは至極当たり前のことなんだけれど、幼い宏樹には悔しくて仕方なかった。

 兄は常に目標でありライバルで、一番の遊び相手でもあった。玩具を共有し、夜寝る直前まで遊べる相手は大輝以外にはいない。お互いに水疱瘡の発疹を出しながら、朝から一日中ゲームして遊んだことは楽しかった思い出の一つだ。

 兄のペースに合わせて何もかもを早くから取り組み始めたおかげで、ミニバスのチームでは同学年のチームメイトの中で一番にレギュラーを勝ち取ることができたし、高校や大学の受験の際も余裕をもって対策することができた。一学年違いで産んでくれたことを、親には感謝しないといけない。今の自分があるのは、歳の近い大輝の存在があってのことだから。

 そして、宏樹が公認会計士の試験を突破した時、誰よりも喜んでくれたのも大輝だった。「頑張ってたもんな。宏樹は俺の自慢の弟だ」と涙ぐみながら掛けてくれた言葉は、決して忘れない。

 物心がついた頃には父親は病死していて、シングルマザーとして外へ働きに出ていた母親。兄弟だけで過ごす時間はとても多かった。
 父親のいない家で家族を守るのは長男である自分だという思いもあって、大輝はやたらと身体を鍛えたがるようになった。それはその後の筋肉バカにつながるのだが、最初に彼が強くなりたいと考えるようになったのは、小学校低学年だった弟が大輝よりもさらに大きな子達に泣かされて帰宅したことがキッカケだったと思う。

 下校途中にふざけた上級生達に、ランドセルを後ろから引っ張られた。今思い出すとただそれだけなのだが、年上の子達を相手に文句も言えず、宏樹は泣きながら家に帰ってきた。
 その日から、「早く大きくなって、強くなりたい」と大輝は夜寝る前に牛乳を飲み、早く起きられた日は朝から家の周りをランニングするようになった。

 家族を守る為に身体を鍛え始めた兄。けれど、これから守らなくてはいけない家族を置いて、大輝はこの世からいなくなってしまった。彼の大切な家族は、大輝の遺体の横で何も出来ずに立ち尽くしたままだ。

「なんでっ……」

 悲しみよりも、悔しさがこみ上げてくる。兄の大輝は、こんな中途半端な人生を歩んで良い人じゃない。彼は常に宏樹の前にいて、後ろから必死で追いかけてくる弟のことを、余裕の笑みを浮かべながら見ているべきなのに。

 大事な家族が生から見放されたという絶望。この怒りはどこへぶつけたらいいんだろうか。悲しみという悠長な感情は湧き上がらなかった。ただただ恨みと怒りで心の中がいっぱいになった。なぜ、大輝が死ななければならなかったんだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...