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第三十三話・心配と本音と
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「優香ちゃん、吉沢君とはどうかな。短期間とは言え、上手くやっていけそう? もし何だったら……」
正午を少し過ぎた時刻。今日は母親不在で弁当が無いからと、昼ご飯を食べに駅前のバーガーショップへと向かった吉沢の後ろ姿を見送って、宏樹が淹れたばかりの珈琲の入ったマグカップを優香のデスクの上へ置いてから聞く。自分用に入れたカップを片手で持ちながら、優香の顔を心配そうに覗き込んでくる。
研修という名目で一時的に預かっている吉沢だったが、特にこちらから指導する手間もほとんど無く、業務的にはとても助かっている。けれど優香とソリが合わないとなれば、すぐにでも前オフィスへ受け入れ拒否の連絡をするつもりみたいだった。義姉に嫌な思いをさせてまでして先輩に義理を果たそうとは考えていないと断言する。
宏樹の言葉に、優香はしばらくきょとんと不思議そうな表情を見せる。吉沢がこのオフィスに来ることになった経緯は聞いているし、宏樹も納得して受け入れているものだと思っていた。それに、実際の彼の働きぶりは優香にとって良いお手本になり、経験者だけあって教えて貰うことは多い。最近では、所長である宏樹も営業に同行させたりして、それなりに頼りにし始めているように見えたのだが……
「ほ、ほら、吉沢君って少し独特の雰囲気があるから……」
「そうだね。でも、良い子だよね?」
資格取得という目標に向かって真っすぐな吉沢には、年齢相応の若者らしさというものが欠けている。プライベートな時間もずっと参考書を眺めて過ごしていると言われても違和感が無い。童顔で中性的な顔立ちをしているのにと、少し勿体無い気がする。自分があの年齢の時はどうだっただろうかと思い返すと、少し心配になってくる。恋愛や遊び、そういったものが中心な生活が必ずしも健全だとは言い切れないけれど……
「良い子……まあ、そうか。優香ちゃんが苦手に感じてないのなら、別にいいんだ」
「すごく気をつかってくれるし、いろいろ教えてくれるから、私は来てもらえて良かったって思ってるよ」
お弁当を食べながら今眺めている参考書も、吉沢から譲ってもらったものだと見せながら、優香は思い出し笑いをする。
「吉沢君、私があまりにも何も知らなさ過ぎて、びっくりしてたみたいだけどね」
「それは、彼にはバイトでも会計事務所の経験があるから。業務上のことは経験を積んだら何とでもなるけど、ヒトとして合う合わないもあるし、どうなのかなって思って――」
「確かに、二十五歳にしては真面目過ぎて心配にはなるよね。二十五歳かぁ、私はちょうど大輝と結婚した歳だ……」
優香の言葉に、宏樹はすっと視線を逸らした。自分の席へ戻りデスクの上にマグカップを置くと、その茶色の波紋を黙って見つめている。
ほんの些細なことでも優香の中から大輝の存在が浮き上がってくることを宏樹は気にしているみたいだった。普段から、優香が辛いことを思い出させないようにと気を使ってくれている。でも、優香だってそこまで弱くはない。わざと明るい声で話し続ける。
「仲良くなる為に、もうちょっとプライベートな話を振ってみた方がいいかなぁ? 吉沢君、趣味とか何も無いって言ってたけど……」
「じゃあ、恋バナでもしてみたら?」
まあ、彼のキャラだとその手の話は嫌がるだろうけど、と意地悪に笑いながら宏樹はマグカップに口をつけた。
「恋バナかぁ」と呟いた優香は、何かおかしなことを思い出したらしくクスクスと笑い始める。義姉の反応に、宏樹はハッとして慌てたように否定した。
「あ、余計なことは言わなくていいからね! どうせ向こうへ戻ったら、あること無いこと吹き込まれるんだろうし……」
以前に突撃してきた元カノのことを宏樹も思い出したらしく、ハァっと大きな溜め息を吐いていた。瑛梨奈はこちらに来る前に、彼が独立前に勤めていたオフィスへも乗り込んで行ったらしく、元同僚達からは散々冷やかしを受けたみたいだ。
「もう何年も前のことなんだから、勘弁してくれ」とウンザリ顔で電話を受けている姿を、優香も目撃した記憶がある。しばらくは前オフィスからの電話には、黙って首を横へ振り居留守を決め込んでいたくらいだ。
「もう余所見する気なんて、全然無いのに……」
両肘をデスクに付いて頭を抱え、溜め息と共に吐き出された台詞は、宏樹自身も無意識だったんだろうか。言った後すぐ、ハッとした表情で顔を上げる。
「あ、ごめん。仕事中はそういうこと、言わないようにしてたんだけど」
吉沢が来るようになってからは自粛していたつもりだったが、思わず漏れてしまったと焦っている。宏樹が視線を向けた先で、優香が箸を持ったまま手を止めて、完全に俯いてしまっているのが目に入る。そのサイドの髪を無造作に引っ掛けた耳が、赤く染まっているのは宏樹のデスクからもよく確認できた。
「ごめんね」
反応して貰えた嬉しさがこみ上げ、少しばかり笑い声の混じってしまった謝罪の言葉に、優香は誤魔化すように黙って首を横に振って返すのが精一杯だった。
正午を少し過ぎた時刻。今日は母親不在で弁当が無いからと、昼ご飯を食べに駅前のバーガーショップへと向かった吉沢の後ろ姿を見送って、宏樹が淹れたばかりの珈琲の入ったマグカップを優香のデスクの上へ置いてから聞く。自分用に入れたカップを片手で持ちながら、優香の顔を心配そうに覗き込んでくる。
研修という名目で一時的に預かっている吉沢だったが、特にこちらから指導する手間もほとんど無く、業務的にはとても助かっている。けれど優香とソリが合わないとなれば、すぐにでも前オフィスへ受け入れ拒否の連絡をするつもりみたいだった。義姉に嫌な思いをさせてまでして先輩に義理を果たそうとは考えていないと断言する。
宏樹の言葉に、優香はしばらくきょとんと不思議そうな表情を見せる。吉沢がこのオフィスに来ることになった経緯は聞いているし、宏樹も納得して受け入れているものだと思っていた。それに、実際の彼の働きぶりは優香にとって良いお手本になり、経験者だけあって教えて貰うことは多い。最近では、所長である宏樹も営業に同行させたりして、それなりに頼りにし始めているように見えたのだが……
「ほ、ほら、吉沢君って少し独特の雰囲気があるから……」
「そうだね。でも、良い子だよね?」
資格取得という目標に向かって真っすぐな吉沢には、年齢相応の若者らしさというものが欠けている。プライベートな時間もずっと参考書を眺めて過ごしていると言われても違和感が無い。童顔で中性的な顔立ちをしているのにと、少し勿体無い気がする。自分があの年齢の時はどうだっただろうかと思い返すと、少し心配になってくる。恋愛や遊び、そういったものが中心な生活が必ずしも健全だとは言い切れないけれど……
「良い子……まあ、そうか。優香ちゃんが苦手に感じてないのなら、別にいいんだ」
「すごく気をつかってくれるし、いろいろ教えてくれるから、私は来てもらえて良かったって思ってるよ」
お弁当を食べながら今眺めている参考書も、吉沢から譲ってもらったものだと見せながら、優香は思い出し笑いをする。
「吉沢君、私があまりにも何も知らなさ過ぎて、びっくりしてたみたいだけどね」
「それは、彼にはバイトでも会計事務所の経験があるから。業務上のことは経験を積んだら何とでもなるけど、ヒトとして合う合わないもあるし、どうなのかなって思って――」
「確かに、二十五歳にしては真面目過ぎて心配にはなるよね。二十五歳かぁ、私はちょうど大輝と結婚した歳だ……」
優香の言葉に、宏樹はすっと視線を逸らした。自分の席へ戻りデスクの上にマグカップを置くと、その茶色の波紋を黙って見つめている。
ほんの些細なことでも優香の中から大輝の存在が浮き上がってくることを宏樹は気にしているみたいだった。普段から、優香が辛いことを思い出させないようにと気を使ってくれている。でも、優香だってそこまで弱くはない。わざと明るい声で話し続ける。
「仲良くなる為に、もうちょっとプライベートな話を振ってみた方がいいかなぁ? 吉沢君、趣味とか何も無いって言ってたけど……」
「じゃあ、恋バナでもしてみたら?」
まあ、彼のキャラだとその手の話は嫌がるだろうけど、と意地悪に笑いながら宏樹はマグカップに口をつけた。
「恋バナかぁ」と呟いた優香は、何かおかしなことを思い出したらしくクスクスと笑い始める。義姉の反応に、宏樹はハッとして慌てたように否定した。
「あ、余計なことは言わなくていいからね! どうせ向こうへ戻ったら、あること無いこと吹き込まれるんだろうし……」
以前に突撃してきた元カノのことを宏樹も思い出したらしく、ハァっと大きな溜め息を吐いていた。瑛梨奈はこちらに来る前に、彼が独立前に勤めていたオフィスへも乗り込んで行ったらしく、元同僚達からは散々冷やかしを受けたみたいだ。
「もう何年も前のことなんだから、勘弁してくれ」とウンザリ顔で電話を受けている姿を、優香も目撃した記憶がある。しばらくは前オフィスからの電話には、黙って首を横へ振り居留守を決め込んでいたくらいだ。
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両肘をデスクに付いて頭を抱え、溜め息と共に吐き出された台詞は、宏樹自身も無意識だったんだろうか。言った後すぐ、ハッとした表情で顔を上げる。
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