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桜の君と
しおりを挟む春の訪れを感じさせる古からの国花、並木道に咲き乱れる姿はため息が出るほど美しい。
100在るほどのその中の1本、それが僕だ。
大勢の人が通り過ぎていく。
大勢の人が立ち止まる。写真を撮ったり、ただただ見上げている者、待ち合わせをしている人に、お花見よろしく宴会をはじめる団体さん。
でも、僕の前には立ち止まらない。誰もが通り過ぎていく。
僕は綺麗に咲けない、葉桜だから・・・・・・・
日差しが暖かく春を満喫できるお昼過ぎ、今日も皆の周りにはいろんな人たちがいる。
その中でポツンと佇む僕は、唯でさえみすぼらしいのに少しの風が吹くだけで、残り少ない花びら達を次々と散らしていってしまい、
より惨めな姿となってしまう。
どうして僕はここに在るんだろう・・・・・・。数十年もここに・・・・・誰にも見てもらえないのに、在りつづけている。
うずくまって膝を抱え、通り過ぎていく人波を眺めていた。
「懐かしいな、またこの桜が見れて嬉しいよ。」
頭上から降って来た声。
一瞬自分に向けられた言葉かとおもった。
でも、そんなはずはない。
僕はひとに喜びを与えられる存在ではない、そして
目の前の彼は目を包帯で覆い杖を手にしている。
視えない彼に桜の香りすら届けることの出来ない僕が、彼の「見れて嬉しい桜」なわけがないのだ。
「おや、お久しぶり・・・でいいのかな?また、逢えましたね。」
彼は、うずくまっている僕と同じ目線になるように屈んでいる。
僕に話しかけてくれているのだろうか?
「ここの桜は、少しばかり寂しい恰好をしているのだけれど、なんだか気になる存在でね。」
視えていない筈なのに、この人には何か、いや、僕が見えている?
「たまに、此処を通り過ぎるのですが、やはりこの時期が一番。映え栄えとして綺麗ですよ。」
「・・・この桜、"以外"ですよね」
思わず口を出てしまった言葉に、自分でもドキッとしてしまう。
「君は、この桜といつもいるのに好きではないのかな?」
少し残念そうに、僕を覗き込むような仕草をしてくる。
「あなただって綺麗な桜がすきでしょ?この桜は寂しいって、さっきも言ってたし・・・」
「気になる。とも言いましたよ。」
視えてない筈なのに、凝視されているような感覚を抱かせる彼は、なんだか懐かしかった。
「君がいつも居るから、だけでは無い筈なんですけどね。」
ゆっくりと、優しく微笑んだかと思うと、すくっと立ち上がり、葉桜に近づく。
手を幹に這わせながら、「とても良い木だ。」と呟いている。
「大丈夫ですよ。葉桜でも、とても素敵な、私は大好きな桜の木です。」
僕に言っているのか、桜の木に言っているのか。どちらにしても僕なのだけど。
なんだか、反応に困ってしまうのだが、彼は機嫌良さそうに桜、僕をお花見してくれているので素直に喜んでおこうと思う。
こんな時、命一杯に笑顔溢れさせながら喜べないのは、僕が擦り減ってしまったゆえ、なのかもしれない。
「また、来年も一緒にお花見出来たら良いですね。」
彼は杖で前方確認をしながら人混みに消えていった。
来年・・・また、葉桜になってしまう僕を見に来てくれるのか。
また、素敵だと褒めてくれるのだろうか。
・・・その時は、今度こそは満面の笑みを向けて”ありがとう”を言えるかな?
応援ありがとうございます!
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