猫少女は俺の隣で眠る

アロマサキ

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猫が少女に変わりました

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 ━━ハインドットの村


「はいよラノ、今日も朝早いな!」

「ええ、今日は夜までにヘクタールの村に向かいたいので」


 銀色の鎧を着た男性から金貨二枚を受け取り、俺は代わりに薬草の入った紙袋を渡す。
 彼は薬草の入った紙袋の中身を覗き、ニヤリと笑った。



「やっぱりラノの薬草はいつも良い色をしているな、またこの辺に来たらよろしくたのむよ」

「こちらこそ、これからもラノ商会をよろしくお願いいたします」



 彼に手を振り、俺は青々とした空の下、荷馬車に乗り込んだ。

 馬車の前には馬が二頭、そして後ろには商品━━薬草、武器、防具、食材。

 茶色の乱雑な髪を耳が隠れるまで伸ばし、朱色の瞳、左目に大きな引っ掻き傷、身長は一八〇と少し大きめ、それが俺、ラノ・ホーフェンだ。

 俺はこのエストニア大陸でラノ商会を営んでいる。
 営んでいる、と言ったら聞こえはいいが、従業員は俺だけだ。
 まあ、なんとか黒字で月を跨げているから、営んでいる、で正解なのか。


 このエストニア大陸では、冒険者━━つまり、魔物退治を生業としている者が七割、他の三割が商業を営む商人や料理屋だ。

 殆どの若人は冒険者の道に進んでしまうこの世界、その為、商人を増やそうにも後継ぎがいない、年数が経つにつれ、商人の数は減っていった。

 ライバルが増えないから幸か、下が育たないから不幸か、俺はなんとか経営を続けられるといった状態だ。

 おれは大高原を馬車に乗り進む。



「なんだかんだ言って……もう四年も経つのか」



 四年前、俺は二〇の歳になるまで冒険者だった、ジーノ、フォルスタ、ナキ、という三人の仲間がいた。
 だが、ある時を境に冒険者を辞めた━━正確に言うなら逃げた、だ。
 あの頃は楽しく、毎日魔物退治をしていた。

 ━━自分達の力量も計れずに。

 ある時、赤黒い巨大な竜《ドラゴン》と遭遇し、戦闘を試みた。

 いける、俺らならやれる。

 全員がそう思った。
 だけど結果、俺以外の仲間は魔物に殺されてしまった。
 皆が倒れていくのを見ながら、俺は赤黒い竜《ドラゴン》の右目に大きな傷を負わし、代わりに奴から左目に引っ掻き傷を負わされた。

 既に意識は朦朧《もうろう》としていて、もう駄目だ、そう思ったのだが、そこを商人の男性━━後の俺の師匠に助けてもらい、それから俺は冒険者業から足を洗い、師匠から商人のいろはを学び、なんとか商人になれた。


「おっとっと、すまんな、そろそろ飯にするか」


 少し考え事にふけっていたか。
 二頭が歩くのを止め、荷馬車が止まっている事にも気付かなかった。
 お腹が空いたんだな。
 今ではこいつらが俺の相棒だ。
 左側を歩く茶色の毛並みの馬がアイン。
 右側を歩く黒色の毛並みの馬がツヴァイ。
 俺が商人になってからずっと、共に仕事をしてきた。
 だけど、既に年齢は八歳を越えていて、一日一〇〇キロ以上歩いてくれている、既に荷馬車を引くには限界の歳だ。



「悪いな……。もう少し頑張ってくれよ」



 二頭の毛並みはふさふさしていて気持ちが良い。
 俺に新しい馬を買えるだけの資金があれば、二頭を休められるんだがな。



「ニャー!」

「あっ、すまんすまん。お前もご飯にするか」



 俺の茶色の髪の頭に、急に重みが━━
 すっかりこいつに餌を渡すのを忘れていた。
 頭に乗った物体━━白毛の猫、アニ。
 どこかの村に行った時、荷馬車に乗って付いてきてしまった猫だ。

 そして、いつの間にかなつかれてしまって、気付いたらこいつも俺の仲間になっていた。
 どんな因果か、冒険者の頃のように一人+三匹のパーティー組み合わせになっていた。



「アニ、良く食べろよ」



 この猫はなぜか普通の猫と違って、餌には白米を食べる。
 白米は高価で貴重だ、銀貨一〇枚で金貨一枚の計算だが、この白米はお椀一杯分の量で銀貨一枚。
 主である俺が朝昼晩、毎日食べている麦飯かパン、それは銀貨一枚で三食分になる━━この猫が一番食費がかかっている、と言っても過言ではないだろう。

 俺も食事にするか、確かこの辺に、



「……あっ、あった」



 さっきの冒険者から、干した鹿肉を貰ったんだ。
 こんな事なら麦飯を持ってくれば良かった、今持っているのは小さなパンのみ。
 パンと干した鹿肉って、あまり組み合わせとして良くないんだよな。
 まあこれも十分いけなくはないが。

 鹿肉を三口程かじり、もう少し食べたい気もするが、さすがにこの肉も安価ではない。
 午後に残しておこう。
 再び荷台の角に隠そう━━が。



「━━あっ、アニ!」



 やられた……しまうところを狙われていた。
 一度アニに取られてしまっては、取り返す事は不可能だ、それに、隙を見せた俺も悪い。

 まっ、今日でその分稼いで取り返せばいいか━━無理だと思うけど。

 俺は再び馬車を進めた。



「なんか……降ってきそうだな」



 太陽はすっかり隠れ、空には黒雲が現れる。
 まいったな、予報では雨は降らないって言ってた筈なんだけど。



「すまない、アイン、ツヴァイ━━降る前にできるだけ進んでくれ」



 手に持つ手綱で合図を出し、少しだけ速度を速めてもらった。

 ヘクタールの村までは、後二時間はかかる予定だ、雨に濡れるわけにはいかない。
 薬草だけならまだギリギリ許されるが、武器や防具に関しては濡れては商品にならない。
 金と銀素材の武器と防具、雨に濡れただけでも錆が付いてしまう。
 錆を落とす方法は無い事はないが、その工程を一回だけなら良いが、荷台に乗った武器と防具は、全部で三十近くある、それを一つ一つ落としていくとなれば━━考えただけで憂鬱だ。

 そして、雨は降ってきてしまった。これは続くのかな。



「なあ、アニ。雨はこのまま降り続けるのかな?」



 膝の上で眠る猫に問い掛けたけど、返事がない、当たり前か。
 白い毛並みを撫でると、「ニャー」という可愛らしい鳴き声が返ってくる、なんだかんだ、この子に癒されている。
 ちゃんとした言葉を喋ってくれれば言うこと無いんだが。

 そして山を越える最中、不意に馬の動きが止まった。
 どうした? そう言葉を掛けようとしたが、目の前に三人の男の姿が、手には短刀やら剣やらを持っている。



「迷子……っていうわけではないですよね? 私は先に進みたいんですが、通してもらえないですか?」



 要件はわかっているが念のため聞いてみる。
 だがまあ、俺の言葉を聞いて悪役に似合った不気味な笑みを浮かべているところを見ると、予想通りの返答だろう、勘弁してほしいものだ。



「へへっ、その荷台と馬を置いて……さっさと失せな」

「……いやいや、それはちょっと厳しいですね」



 やっぱり、こいつらは冒険者の底辺━━山賊か。
 冒険者にも階級が存在する、国から仕事を依頼されるのは国家冒険者、村から仕事を依頼される村民冒険者、そして彼らは━━



「何処からも仕事を依頼されない━━山賊冒険者か。それくらいなら、俺一人でも相手にできますよ?」

「チッ、こいつを殺せ!」



 依頼された仕事を度々達成できない冒険者には、何処からも仕事の依頼は入らない、残念だけど、家畜以下の冒険者━━山賊冒険者の烙印を押される。
 人を襲い、金品を奪う者、俺が冒険者だった頃でもそこまでは落ちなかった。

 俺は足下に置いた短刀を手に取り、この哀れな冒険者の成れの果ての者達を相手にする。
 一回、二回、短刀を振り下ろせば命中し、向こうにも痛手を負わせられる、そして逃げていく。
 山賊冒険者に襲われた時はいつもこの流れだ━━だが、



「━━しまった」



 今日は頭が働かないのか、雨が降っている事にも気付かなかった。
 男が蹴った泥が目に入り、一瞬視界が失われた、



「もらった!!」



 汚い声が近くから聞こえる。
 だが、目を開けれない。
 それに避けるのは不可能だ。

 ━━最悪だ。




「アニの主に危害を加えるとは……不届き者達だにゃ」



 何だ?
 何が起きた?
 瞼を閉じてるから、何が起こったのかはわからない、だけど女性の声が聞こえ、それに眩い光が視界に入ってくる。



「主よ、もう大丈夫にゃ……目を開けてよいにゃ?」



 目を擦って泥を取り除くと、そこには全身裸の少女、年齢は一六くらいか。
 腰まで届く白髪には濡れたような光沢があり、大きな瞳は赤い満月のように綺麗に輝き、肌は白桃をむいたようにみずみずしく、雪のように白い肌、誰が見ても綺麗な女性と言うだろう。



「あなた……は?」

「にゃにゃ? 忘れたのかにゃ? アニだにゃ」



 アニ? アニって。
 申し訳ないと思ったが、彼女の体をまじまじと見つめさせてもらった。
 そして、人間には付いていてはならないものが付いている。



「耳と……しっぽ?」

「どうにゃ? 可愛いかにゃ?」



 可愛い、そう思った。
 いやいやいや、俺の知ってるアニは猫だ、猫なのに━━綺麗で少し膨らんだ胸、



「主よ……確めたい気持ちはわかるにゃ、だけど、そうまじまじと見つめられたら、アニも恥ずかしいにゃ」



 顔を赤くさせ、女性の大事な部分を隠す彼女。
 俺は謝り、慌てて何か着る物を探した。
 だが俺の着ていた茶色のコードしかない、それで我慢してもらおう。



「すまない、とりあえずこれを着てくれ」

「ありがとうにゃ、うわー、にゃんだか主の匂いがするにゃ」



 俺の着ていた茶色の上着を受け取り匂いをかぐ彼女。
 とりあえず、まずはお礼をしよう、そこらへんで眠っている奴等から守ってくれたお礼を、



「あの……ありがとう、君が守ってくれたんだよね?」

「そうだにゃ、主の危険を察知して助けよう、そう思ったら━━いつの間にかこの体ににゃってたにゃ!」



 何故か親指を立てる彼女。
 とりあえず感謝の言葉を述べた、後は聞きたい事を聞こう。



「君はいったい、本当にアニなのか?」

「だからそう言ってるにゃ、そんなに信用できにゃいにゃら、ほれ、こっちに来るにゃ」



 手招きする彼女。
 本当に彼女が猫なら招き猫だな。
 いやいや、そんな馬鹿な事を考えてる場合じゃないよな、俺。
 彼女の近くに寄り、彼女に手を掴まれた。
 そして、俺は綺麗な白毛の耳をつまむ。



「あっ、駄目にゃ主よ、そんなに強くつまんでは」

「あっ、ご、ごめん、つい」

「もう、猫の耳はデリケートにゃのにゃ━━まっこれでわかったかにゃ?」



 少し頬を赤くする彼女。
 ああ、わかったよ。
 彼女はアニ━━猫が人間になった姿だ。
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