猫少女は俺の隣で眠る

アロマサキ

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湖の都ヘクタール

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「それより主よ? いいのにゃ? 荷台が雨に濡れてしまうにゃ」

「あっ、そうだった!」



 彼女にそう言われ、慌てて荷馬車を木の陰に誘導する。
 雨の当たらない所まで誘導し、荷台を見てみると、ああ、完全に雨が当たってしまってる。
 これは夜は寝ずに拭かないとな。



「まあいいか、それより、どうして君はそんな姿に?」

「君、じゃにゃくてアニにゃ! 主が付けてくれた名《にゃ》にゃ!」

「ごめんごめん」



 彼女は頬を膨らまし、ぽかぽかと猫パンチをしてくる。

 どうやら自分の事を━━アニ、と呼び。
 語尾と、な、と言おうとしたら━━にゃ、になるのか、さすがは猫。
 なんとも可愛らしい喋り方だ。

 いやいや、そんな事より。



「それでアニ、どうして人間の姿になってるの?」

「んー、それがにゃ━━良くわからにゃいにゃ」



 荷台に乗りながら首を横に振っているアニ。
 わからない? 本当に?
 でも、彼女が嘘を言っているようには見えない。
 アニはそのまま、自分の体をまじまじと見つめ、



「気付いたら主の荷台に乗っていて、気付いたらこの体ににゃっていたにゃ」

「えーっと……そうなんだ。全く覚えてないの?」

「そうにゃ! アニがどんにゃ存在で、今までにゃにをしていたのか━━全くわからにゃいにゃ!」



 荷台に立ち上がり、両手を腰の横に付けるアニ、自分の事なのに、ここまではっきりしていると━━逆に清々しいな。
 とりあえず、これ以上わからないなら聞いても仕方ない、魔物が存在するこの世界、今さら猫が人間になったところで、対して驚かない、と思う。

 今はこのポツポツと弱くなった雨が止むのを待とう。

 それにしても━━喉が渇いた。

 きっとあの山賊が余計な事をしたからに違いない。
 荷台に詰んだひょうたん状の水筒を手に取り、一口飲む。
 その様子を、荷台の上から羨ましそうに見ている、アニの視線を感じる。



「……飲む?」

「飲むにゃ! 少し動いたら喉が渇いたにゃ!」



 舌を出し、赤い瞳を輝かせているアニ、今の姿は猫ではなく、犬だな、うん。
 アニが普段、水を飲む時に使っている銀の器を取りだし水を注ぐ。
 だが、何か違ったのか、アニは荷台から飛び降り、こちらに歩いてきた。
 


「違うにゃ、もうそのまま飲めるにゃ」

「えっそのままっていや、あっ」



 アニは水筒に口を付けて飲んだ、これは間接キスというやつか、人間の姿をした猫と。
 しかも凄い勢いで飲んでる、ごくっごくっと音を鳴らし、しっぽを勢いよく振る。
 そして、飲み終えたアニと一瞬目が合い、アニはニヤニヤとしながら、



「もしかして主よ……間接キス、と思って喜んでいるのかにゃ?」

「ち、違うから! そんな事思ってないから。━━それより、飲み過ぎだよ、ほら、もうほとんど無くなってる、ヘクタールの村まで後二時間もあるんだぞ!?」



 照れ隠し半分、飲み水がこれしかないという焦り半分、それで少し声を荒げてしまった。
 アニはしゅんとして、小さな耳は前方にお辞儀をし、さっきまで振り回されていた長細いしっぽは、先が地面に付くくらいまで倒れている。
 少し言い過ぎたか━━



「いや、まあ。ごめん、言い過ぎたよ」

「主はアニが嫌いにゃのかにゃ? アニは野良猫ににゃった方が良いのにゃ」

「いやいや、そんな急にどうしたの? 全然嫌いになってないから、それに今までずっと一緒にいたんだから、このまま一緒にいようよ!」



 俺は何を言っているんだ? 自分でも理解不能だ。
 だが、アニの機嫌は直ったのか、再びしっぽを振り回し、両耳もピンっと立ち上がり、



「良かったにゃー、アニはこのままここにいて良いのにゃ!?」

「あ、ああ、全然大丈夫だよ」

「良かったにゃ、安心したらまた喉が渇いたにゃ、主よ水を飲みたいにゃ」



 なんだか、うん、騙されたみたいだ。
 再びアニは少ない水を勢いよく飲み始めた。

 そして、飲み終えると水筒を振るが、音がしない━━これは。



「主よ……飲み過ぎたにゃ、ごめんにゃ」

「あ……あ……」



 この付近には川は無い、もしかして水無しでこのまま二時間荷馬車に乗るのか?
 そうだ、水筒に雨水を入れて飲もう、それでなんとか耐えられるはずだ。



「あっ……主よ、雨が止んだみたいにゃ、さあ、出発にゃ!」



 終わった、丁度雨が止むなんて。
 我慢して進もう、二時間の辛抱だ、暑くならなければ大丈夫だ。



「主よ、晴天にゃ! 暖かくにゃって良かったにゃ!」



 ━━今は良くないよ!

 そう言いたかったがアニは悪くない。
 とりあえず、前に進もう。

 だが、気になる事を思いだして、



「なあ、アニ、元の猫の姿には戻れるの?」

「にゃ! んー、無理にゃ! どう戻ればいいかわからないにゃ!」



 荷台に乗り、全く残念そうには見えないアニが答える。

 ああ、やっぱりか。
 じゃあ、これからは二人分の出費で考えないといけないのね。
 泊まる宿も二人分、食事も……おそらく二人分。
 これは、今まで通りの稼ぎじゃあ黒字にはならない。



「それじゃあ……行こうか」

「主よ! 元気にゃいにゃ! どうしたにゃ?」



 お前のせいだ!
 なんて言えるわけがない。
 こんな所に置いていったら可哀想だ、それに、こんな可愛い猫耳娘を置いていけるわけがない。

 俺と、そしてアニは荷馬車に乗り込み、馬を走らせた。



「にゃあにゃあ主よ、今から行く、ヘクタールの村ってどんにゃ村にゃ?」

「えっ、ああ、アニがまだ荷台に乗っていなかった時に一回だけ行った事があってね。自然豊かな村で……そうそう、村の真ん中には大きな湖があるんだ、あれは綺麗だったよ」

「へえー、アニも見てみたいにゃ!」

「そうだね、でも仕事が優先だよ?」



 首を揺らしながら楽しみにしているアニに悪いが、今から行くヘクタールの村には遊びに行くのではない、仕事だ。
 今日中に食材を酒場に届け、明日の夜までに武器や防具を冒険者や、王国から足を運んでいる騎士達に売る、やる事は沢山ある。

 隣に座るアニは「ふーん」と頷き、



「主の仕事は大変にゃ、よし、アニも手伝うにゃ!」

「手伝うか……ありがとう」



 その気持ちだけで嬉しいよ。
 商売は難しい、物はどれも良い品を揃えている。
 だけど、元々値段は決まってない為、買い手はより安く、売り手はより高く、その駆け引きが━━四年この仕事をしているが、今だに難しいと思う。それに。



「ヘクタールの村はまだ一回しか行ってないからね……顔馴染みがいない俺には、完全に敵地に乗り込むようなものだよ」

「敵地? 顔馴染みがいにゃいとにゃにか問題があるにゃ?」

「そうなんだ、ヘクタールの村にはベルベット商会っていう、老舗のお店があるんだ。ヘクタールの村の常連はベルベット商会で買うって決まってて……それに」

「それに?」

「あそこの首領《ボス》とは、前々から仲が悪くてね、前行った時も全然駄目だったんだよ」



 前行った時は散々邪魔をされた。
 やれこっちの方が高い、やれ作りが悪いと、色々といちゃもんを付けられた。
 おかげで、売上は過去三番目に入るくらい悪かった事を覚えている。

 何か気に障る事を言った覚えはないんだけどな、まあ同じ商会同士、仲良くやれって方が難しいんだが。

 俺の言葉を聞いて何か考えているのか、アニは腕を組み、難しそうな表情をしている。



「どうかしたの?」

「えっ、まあ、にゃらにゃんで主はそこに向かうんにゃ?」

「ああそれか、そうだね、食材は元々頼まれていたし、それに最近、ヘクタールの村の周辺の森が騒がしいらしいんだ」

「騒がしい? 魔物かにゃ?」

「うんそうなんだよ、だから最近は多くの冒険者がヘクタールの村を拠点にしてるって噂を聞いてね、それなら武器と防具の売上も上がるかなって━━あっ、見えてきた。あれがヘクタールの村だよ」



 話の途中だったが、山を下った先に目的地であるヘクタールの村が見えた。
 ここからでもわかるほどに、村の半分は湖でできている。
 だから通称━━湖の都、ヘクタールと呼ばれている。
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