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第1章
精霊舞術祭 4
しおりを挟む今到着したばかりだが戦況は直ぐに理解でき程に明確だった。
雅と小人達は弓矢を構えシノとシルフィーを囲んでいる、この状況だけを見れば雅達が優勢だと思えるのだが━━。
そんな姿を見ながらシノとシルフィーは余裕の笑みを浮かべている。
二人の手には長身の槍、そして二人の周りを大気が渦巻き状に巻き上げ包んでいる、おそらく風を操る精霊なのだろう、もしそうなら二人には相性が悪い。
「お姉さん……さっきから囲んで見てるだけだけど━━攻撃してこないの?」
「おい姉ちゃん……弓と風じゃあ相性が悪すぎるぞ。━━どうするよ?」
「わかってる━━わかってるんだけど逃げる事ができないのよ」
余裕の表情で語りかけるシルフィーとは対称的に、赤い帽子を被った小人の精霊、ヤキトは苦い顔をしながら主である雅に指示を仰ぐ。
たが雅はその問い掛けに答えを出す事ができないでいた。
少し離れた草木に身を隠している僕達まで、殺伐とした空気が感じられる。
僕達が助けに入れば雅達の逃げる時間は稼げるが、
「━━主様、どうしますか? 助けに行きますか?」
「そうだね、助けに行けば雅達が逃げられる時間を稼ぐ事はできると思う……だけど僕達は本選に進む為に必要なバッチをもう手に入れてるからね、ここで助けに行って万が一負ける事があったら━━」
「……主様は私達が負けると?」
左からエンリヒートの睨んでいる視線を感じる。
二人の実力はたった数日一緒に居ただけだが理解しているつもりだ。
最強の精霊だと自信を持って言えるし、二人が負ける筈は無いとも思う。
ただ━━。
「僕が足手まといにならないかなって思って」
「はぁ……なんとも主様らしい考えですね、でも安心してください。私達が全力でお守りしますから」
「いや、それが━━」
それが足手まといと言うのでは?
そう二人に言おうとしたが、
『主様の回避は私にお任せ下さい』
「…………」
『━━何か言ってくださいよ』
「わかったよ。それじゃあ助けに行こうか!!」
脳裏に響く謎の女性の声。
僕の両隣にいるアグニルとエンリヒート、そして謎の声、三人に守られている事を自覚した途端、何故だか笑いが込み上げてきた。
「あっ、ちょっと待ってくれ主様!!」
「えっ?」
僕は顔を二回程叩いて気持ちを引き締め、草木から身を出そうとしたが、エンリヒートに袖を掴まれ止められた。
「さっきの戦いでちょっと霊力を使ったからな……かいふくかいふくっと」
「じゃあ私も」
二人は僕の手を掴み自分の首もとに当てる、
「「ふぅあふー」」
二人は顔を赤くしながら吐息を漏らしている。子供の姿なのに妙に色っぽい姿、その姿を見て少しだけ、僕は欲情したのを自覚した。
これはアグニルの能力か、僕達の耳に付けていた精霊石が赤い輝きを放つ。
「━━誰かいるんですか!?」
「それじゃあ行ってくるぜ!!」
「主様は無理しないでくださいね!?」
輝きは予想以上に眩しく、シノの驚いた声が聞こえる。
次の瞬間、アグニルとエンリヒートは飛び出し僕を置いて走っていった。
「来い、雷の剣よ!!」
「来い、火焔の剣よ!!」
「隠れてたのはエンリヒート達だったんだね!!」
アグニルとエンリヒートは雷と炎の剣を呼び出し、アグニルはシノに、エンリヒートはシルフィーへと剣を振りかざす。
「やあシルフィー、こうやって戦うのは初めてじゃないか?」
「そうね……でもあなたの実力は知ってるわ━━【塵旋風《ダストデビル》】!!」
シルフィーは後ろへ飛び下がり、手に持っていた槍を大きく横に振る。
槍を振った瞬間、何もない所からつむじ風が巻き上がりエンリヒートに襲いかかる。
だがエンリヒートも予測していたのだろう、人の体くらいの大きさのあるつむじ風を難なく避け、
「さすがは風神、こりゃあ当たったら痛いじゃ済まなそうだなっと!!」
「当たったらその貧相な体が露になっちゃうかもねっ!!」
「貧相言うな!! 主様の欲求を満たせるくらいにはある!!」
エンリヒートとシルフィーは何故だか楽しそうだ、そしてさらっと変な言葉を言っている。
だが今は突っ込みを入れている状況じゃない。まだ状況を把握できてない雅達のもとに僕は走りだす。
「雅、大丈夫!?」
「如月君? 私達は大丈夫ですが、どうして?」
「話は後にしよう、僕達が時間を稼ぐから雅達は今の内に逃げて!!」
雅は困惑していたが、「ありがとうございます」とだけ言い残し、精霊を連れてこの場を後にする。
とりあえず雅達を逃がす事には成功した━━、だがこの先どうするか、
『主様、後ろへジャンプ!!』
「えっ、はい!!」
不意に脳裏に響く女性の声。
僕は咄嗟に後方飛びをした。
僕がさっきまで立っていた場所には一直線に吹き抜ける鎌鼬《かまいたち》、
「まさか避けられるとは……意外に良い反応をしますね」
「それはどうも……間一髪でしたが」
「主様すみません!!」
アグニルと相対していたシノは、少し不服そうにこちらを見ている。
驚くのは当然だろう、僕はシノを見ないで避けたのだから。
僕は額に流れる汗を拭い答える。
『間一髪でしたね主様』
「本当にね、君のおかげで助かったよ」
『礼には及びません、でも……これ以上戦闘が続くと厳しいかもしれませんね』
「そう……だね」
新米精霊召喚士である僕から見ても、今の現状どちらが優勢なのかは一目瞭然だ。
アグニルとエンリヒートは全く戦闘に集中していない、━━おそらく、
「余所見は良くないよ、エンリヒート!!」
「━━っ!!」
「エンリヒート━━全く集中してないよね? そんなに主が心配?」
「別に……そんな事ねぇよ!!」
エンリヒートはちらちらと僕を見ている。
精霊術の使えない僕は格好の的だ、二人だってその事は理解してる筈、だから危害が加わらないように心配してくれている。
だけど二人のその優しさは大きな隙を作ってしまう、実力では上の筈の相手に。
「エンリヒート……契約する主を間違えたんじゃない?」
「━━なっ!! 主様を侮辱するのか!?」
「侮辱ね……まっこれは侮辱に入るのかな? だってそうでしょ、さっきから精霊術も使わないでただ見てるだけ━━、言い方悪いけど、【役立たず】でしょ?」
シルフィーはこの場にいる者全てに聞こえるように声を張り上げる━━役立たずと。
その言葉を聞いて薄々感じていたが、はっきりと実感させられた。二人は僕がこの場にいなければ既に勝っていただろう、まだ決着が付かず、劣勢を強いられているのは僕の責任だ。
気付くと拳を強く握り締めていた。
「貴様!! よくも主様に!!」
「舐めるなよシルフィー!!」
アグニルとエンリヒートは目の色を変え、シルフィー目掛けて走り出す。
だがシルフィーはそんな二人を見て笑みを浮かべていた、まるで予想していたかのように。
すると、不意に脳裏に響く声が、
『主様二人を止めて!!』
「━━二人とも待て!!」
「直ぐに取り乱す……戦闘中には命取りだよ」
脳裏に響く謎の声は、いつもの穏やかな声とは違い、焦りを含んだ声色だった。
僕も二人を止めるが既に遅かった。
アグニルとエンリヒートを挟むようにしてシノとシルフィーは詠唱を始めている。
「「 風神の名のもとに、大気の風よ鋭い刃となりて、彼の者を切り刻め、【風刃天昇《エアシャイド》】」」
シノとシルフィーの詠唱が終わると、木々は揺れ出し、轟音が鳴り響きながら無数の風の刃がアグニルとエンリヒートを襲う。
二人は動きを止め、回避しようとしたが避ける事ができない。
風の刃に真っ向から切り刻まれその場に倒れ込む。
「アグニル!! エンリヒート!!」
「━━っ!! 油断したか」
「エンリヒート。それは油断じゃなくて経験の違いだよ? 私とシノは二年も一緒に戦ってきたからね……残念だけど私達には勝てないよ」
倒れているアグニルとエンリヒートに吐き捨てるようにして言葉を投げ捨てるシルフィー。
そんな姿を見たシノが、
「じゃあ、勝負はついたみたいだから私達は行くね?」
「……バッチは、バッチは取らないんですか?」
「私達はもう二つ持ってるから。それに━━」
帰ろうとしている二人は足を止める。
僕達三人の方を振り返り、笑いながら、
「本選に来ても貴方達なら負ける気がしないから……いらないかな?」
「ばいばい、エンリヒート」
二人はそれだけを伝え、再び去っていった。
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