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第1章
精霊舞術祭 5
しおりを挟む「主様、そろそろ戻りましょうか」
僕を見ながら、アグニルは悲しそうな表情を向けてくる。
そうか、僕達は負けたのか。
それも圧倒的に、別に二人の実力が劣っていたとは思わない。理由は別だ━━そう。僕が足を引っ張ってしまったのだ。
「そうだね……学校にバッチを渡したら家に帰ろうか」
二人は僕の言葉を聞いて静かに頷き、手をぎゅっと握りしめてくる。その手からは暖かい温もりが伝わってくる、そして若干汗をかいていて、僕の手も次第に濡れていくのを感じた。
悔しいのは二人も同じか━━それはそうだよな。
初代精霊召喚士だったアグニル、そのアグニルの精霊だったエンリヒート。普通に考えたら他のどんな精霊にも精霊召喚士にも負けない実力があるのだから。
僕達三人はバッチを学校まで渡しに向かった。学校の職員室に着くと、仲神の姿が目に入った。
「あの、バッチを二つ獲得したので渡しに着たんですが」
「早かったな、私が預かるよ」
僕の目の前にはいつもの刺々しい態度の仲神ではなく、少し優しい表情の仲神が手を差し出していた。
「八重桜《やえざくら》シノから話は聞いた、ボロボロにやられたんだってな」
「それは……まぁ」
「別に私達はやられたわけじゃない! ただちょっと━━」
「エンリヒート! 残念だけどあれは私達の完敗だよ」
エンリヒートは両の拳を握り締め否定しているが、アグニルは首を横に振る。
僕も負けていない! とはっきり否定はできなかった、あれはシノとシルフィーに見逃してもらったようなものだ、そして見下されたような。
「何故負けたかは理解してるか、如月?」
「何故負けたか……ですか、そうですね。アグニルとエンリヒートの実力は、シノさんとシルフィーには劣っているとは思いませんでした。可能性があるとしたら僕が足を引っ張ってしまった事ですかね」
「主様!! あまり自分を責めないでください!? あれは私達精霊の責任でもあるんですから」
アグニルに手を掴まれながら必死に慰められてる。
自分を責めないで、か━━。今の僕はアグニルの言うとおり少し自暴自棄になっているのかもしれないな。
そんな僕達を見て、仲神は少し笑いながら、
「私はこの目で戦いを見てなかったからはっきりは言えないが、私はお前が足を引っ張ったとは思わないな」
「それはどうしてでしょうか?」
「確かに精霊術の使えない精霊召喚士なんて標的にされて当然だろう、だがこの学校には精霊術を使わないで精霊の力だけで強い生徒もいる。要するにお前らに足りないのは━━連携だ」
僕ら三人を見ながら言いきる仲神。
連携が足りないのは確かにそうだが、実践経験が不足しているのだから当然ではないか? 第一、僕には二人を助ける事はできない、連携を上げても━━、
「お前ら、明日からの六日間どうするんだ? もう本選出場は決まってるならやることは無いよな?」
「そうですね、特には決めてなかったですが」
「そうか、じゃあ明日の九時に私の所に来い」
「えっ?」
仲神はそれだけを伝え、返事を聞かずに何処かへ行ってしまった。
何か理由があるのか、理由は聞けなかったが僕らには特にやる事は無い、あるとすれば校内で他の参加者を見学するだけか━━、
「そろそろ帰ろうか?」
「はい、今日はお祝いにエンリヒートがご馳走を作ってくれるそうですよ?」
「……なっ!? 私はそんな事━━」
「いいからいいから、さっ、主様行きましょう」
アグニルはエンリヒートの背中を押しながら、こちらに笑顔を向けてくる。
慰められてるのか、あまり二人に心配させるわけにはいかないな。
自然と僕の表情は笑顔になっていた。
二人の手を掴み帰宅した。
* ** ** ** ** ** ** *
我が家に到着した僕達は食事の準備を始めたのだが。結局、エンリヒートは全力で料理をするのを拒み、アグニルと二人で料理する事になった。
「アグニル、スプーン取ってくれないかな?」
「スプーン、スプーンっと、はいどうぞ」
アグニルは木製の踏み台を上手く使いこなし、手際よく調理を進めている。
今日の料理はカレーに決まった、理由は簡単で、エンリヒートの大好物がカレーだかららしい。
二人で調理をしていて気づいた事が、出会った頃にも思ったのだが、アグニルの料理の腕前は凄く上手だ。僕もこの学校に入ってから三年間、毎日のように自炊していたから多少だが自信はあった。だがアグニルと僕では月とスッポン、ウサギとカメのようだ。
「うわー、旨そうだな!」
「アグニルがほとんどやっちゃったから僕はあんまりって感じだけど」
「そんな事はありませんよ! 主様がいたからこそ、完璧に作れたんですから!」
カレーを三人前、テーブルの前に並べるとエンリヒートは目を輝かしながら見ている。そこまで好きなのか━━それなら自分で作れるようになればいいのに。
僕達は勢いよく食べ始める、誰も何も言わないで。あまり気にはしていなかったのだが、僕は大分お腹が空いていたみたいだ。
炊飯器で炊いたご飯も、お鍋で作ったルーも、三十分もかからないで綺麗に食べ終えた。
「食ったー、もう一歩も歩けねぇよ!」
「エンリヒート、女の子なんだからもう少しその格好なんとかならないの?」
アグニルの呆れた声には、僕も同感だ。
何の事だかさっぱり、といった顔をしているエンリヒートの格好は、天井を見上げ、足を放り出し、お腹を膨らませている。まるで中年おやじか妊婦みたいな姿だ。
「美味しい物を食べたら全力で表現する。それが私の食べ方、それが私の生き方だ!」
「なんだか……カッコいいね」
「だろ? 主様はわかってるね」
「主様、騙されてはいけませんよ。言葉はカッコいいかもしれませんが、今の姿はカッコよくありません」
本気でカッコいいと思ってしまったのだが、アグニルに本気の否定をされた。
その瞬間、僕達は一斉に吹き出すように笑い出した。まるで、今日の敗戦を無しにするような最高の笑いを。
その後は、いつもの流れだった。
僕が風呂に入り、二人が無理矢理風呂場に入ろうとする、それを僕が止める。
風呂を上がって寝ようとしても、同じベッドで寝る。
一時もあの敗戦を思い出す事は無かった━━筈なのだが。
『ベランダでお話しませんか?』
全く寝付けない僕の頭の中に語りかけるような声。
今日はこの声に何度も救われた、聞きたい事もある、お礼も言いたい、僕には断る理由が無かった。
両隣で寝る二人の表情は、見ているだけで幸せな気分になれる、そんな表情だ。二人を起こさないようにベランダへと向かう。
『やっと、二人で話せますね━━主様!』
「そうだね、君にはお礼も言いたいし、聞きたい事もあるんだ」
『お礼はともかく……さすがに聞きたい事はありますよね』
子供っぽい声とは違って、大人の女性の落ち着いた声。
「まずは━━そうだね。君の事を何て呼べばいいかな?」
『私は【カノン】とお呼びください』
「わかったよカノン、それでカノンは僕に何をさせようとしてるの?」
『私はこの先、主様と契約を結ぶ筈の精霊です、なので主様には強くなっていただきたいですね』
「強く……か、どうしたら強くなれるのかは僕にはわからないな」
『そうですよね━━主様は精霊が精霊召喚士を選ぶという話はアグニルから聞きましたか?』
「えっ? うん、聞いたけど」
『私はまだ、主様が私の主として適任だとは思ってません』
「そっか……確かに実力は無いからね、そう思うのは当然だよ」
『いえ、実力ではなく主様の気持ちがまだ理解できません』
「……気持ち?」
『アグニルとエンリヒートは、ティデリアの仇を討つために主様と契約しました━━ですが、主様は何の為に二人と一緒に戦ってるのですか?』
「それは……二人の力になりたくて━━」
『それは本心ですか? 私にはそうは思いません、主様はただ流れに身を任せているだけではないですか?』
「違う! 僕は本当に━━」
『ではなぜ無理矢理にでも私を召喚しないのですか? なぜ力を欲しようとはしないのですか? 主様は心の何処かでこう思っているのではないのですか? ━━自分は普通の学生だ、と』
「━━それは」
カノンの言葉は僕の心の中を覗き込むようだった。
何故自分が? 他にもっと適任がいるだろ? 僕は━━。僕はただの学生だ。いくら二人の力になりたいと口では言っても本心ではこう思っていたのは気付いていた、ただ隠していた。
精霊召喚士になろうと思ったのだって、精霊召喚士として優秀だった父に憧れてだ、僕はいつも自分の気持ちを持たないで誰かの作った流れに身を任せるだけ、まるで風が吹いたら何処かに行ってしまう落ち葉のように。
━━僕はこの性格が嫌いだ。
『主様には才能があります、誰にも持っていない主様だけの』
「それは」
『それは━━』
「主様どうしたんですか? こんな夜中にベランダで」
「アグニル? ごめん、起こしちゃったかな?」
『話はまた今度……ですね、主様』
カノンの声は、まるで消えるような声だった。
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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