2 / 4
2話
しおりを挟む報告書
被害者 巫《カンナギ》 雪菜《セツナ》
まだ九歳という若さで巣食い魔に侵食された少女。
彼女の両親は一ヶ月前に離婚しており、別々の家に暮らす事を決めた。
どちらと一緒に暮らすか少女は悩んでいた。
そんな時に巣食い魔に侵食され、その時点ではフェーズ1だった。
だが、両親の思いを負に感じ、巫雪菜は両親から逃げるように自分の部屋に隠れ、ベッドで多くの人形に囲まれ生活する。
離婚してから二週間後、彼女はフェーズ2に移行し、自分が悪い、自分が産まれたから離婚したのだと錯覚するようになった。
それからというもの、彼女は一切外へは出ずに部屋の中にいた。
そして適切な処置にて終幕、その日に彼女は孤児院に引き取られる事になった。 白崎 白兎
**
「ふむ、白兎……君の報告書は見せてもらったよ」
「はい!」
巫雪菜と離れ、その足でここまで来た。
白崎《シラサキ》 白兎《ハクト》は眠たい目を必死に開き、目の前に座る男性を背筋を伸ばして見ていた。
目の前の男性は白兎から受け取った書類を机に置く。
顎のラインに手入れされた髭を生やし、少し明るい茶色の髪を短く揃え、耳上付近には剃りこみを入れている少し柄の悪い男性。
身長は一八〇と、かなり大きい彼が椅子に座り、じっと白兎を見つめている、それは睨んでいるように感じるだろう。
そんな男性の名前は、剱崎《ケンサキ》 誠一郎《セイイチロウ》、白兎の上司でここの組織の隊長、見た目は怖いが中身は優しい人間だ。
そして、ここは白兎のような魔狩り人が集まる組織。
正式名称は、【巣食《すく》い魔狩《まが》りの巣窟《そうくつ》】。
名前は代々受け継がれた名だから変えようがないが、魔狩り人のメンバーはこの名が長くてカッコ悪いから嫌いなのだとか、なので略して【魔巣隊《まそうたい》】と名乗っている。
隊長である剱崎ですら、自分達の事をそう呼んでいるのだから、正式名称を急に聞かれても忘れている事がある。
そして、剱崎は少し息を吐き、白兎を見る。
「報告書は正確で良かった、それに迅速な判断も━━だが、心根《こころね》を本人に渡した理由を聞かせてもらえるかな?」
「……それは」
目の前に座る剱崎の背中から、禍々しい威圧感が見える。
その威圧感を感じ、白兎の額、そして背中からは尋常じゃない量の汗が流れていた。
心根━━それは巣食い魔を殲滅した際に手に入る、巣食い魔の魂が形を変えた物だ。
今回の巫雪菜の場合だと、小さな兎の人形、それが心根だ。
本来、心根はこの魔巣隊に持って帰らなくてはいけない、ある理由からだ。
それから少しの沈黙が流れ、
「まあいい、今さら白兎にこんな事を言ってもどうしようもない、どうせ彼女に渡せば喜ぶかな、とかそんな理由だろ?」
剱崎は呆れた表情で言った。
「すみません……その通りです」
「はあ、わかった……。だが今回の仕事はただ働きだからな? わかってると思うが」
「……はい」
「そんなんじゃ、いつまでたっても四季葉《シキハ》は目を覚まさないぞ?」
「━━っ! はい……次からは気を付けます」
明らかに顔色を変える白兎。
その表情を鋭い眼差しを少し緩める剱崎、椅子をくるりと回転させ、外を眺めながら白兎に「わかった、もういいぞ」と優しい声で伝え、部屋の外に出るよう命じた。
白兎は慌てて一礼し、部屋を出ていった。
「白兎……優しいだけじゃ駄目な時もある、いつかそれに気付く時がお前にも来るだろう、その時お前はどうなってしまうのか━━俺はその事が心配だ」
誰もいない部屋で呟く剱崎。
**
魔巣隊は今から約一〇〇年前の二一〇〇年に発足した組織で、この場所は国が管理している国有地だ。
当初はボランティア団体という活動で無償でやっていたのだが、その当時の総理大臣が巣食い魔に侵食され、魔狩り人に命を救われた。
それが理由で国は危険度を理解し、本格的に活動できる施設を魔狩り人に提供し、魔狩り人の人数もどんどん増やしていった。
この魔巣隊は国からの援助金が発生して成り立っている。
そしてこの札幌の他に、東京、大阪と拠点がある。
この札幌の拠点には約一〇〇人程の魔狩り人が在籍している。
この人数は多いように聞こえるが、東京、そして大阪に比べるとかなり少ない。
フェーズのランクによって出動人数は変化していくが、昨日の雪菜の場合、フェーズ2なので1人、または2人でなんとかなる。
だが、フェーズが上がる毎に人数が必要になっていく、それは巣食い魔の強さ、そして数が増えるからである。
最終段階のフェーズ5に移行した場合、おそらく一〇〇人が全員出動しても厳しい戦いになるだろう、それほどに厄介だ、なのでフェーズが上がる前に察知し、弱い段階で殲滅する必要がある。
「お疲れ様です東雲《シノノメ》さん」
白兎は剱崎のいた隊長室から出て真っ直ぐにこの観測室に入っていった。
この部屋には北海道全域の大きな地図が表示され、科学者のような格好の白衣姿の大人達が大勢働いている。
眼鏡をかけた知的な女性、東雲 瑞樹《みずき》も観測室のメンバーの一人だ。
「あっ白兎君、昨日はお疲れ様。聞いたよー、また心根を持って帰らなかったんだって?」
「えっまあ、ははっ。……それより、今日の仕事は何かありますか?」
「んー、ちょっと待ってね、今調べてみるから」
東雲はそう言って机に置かれているパソコンを操作する。
基本的には仕事の依頼を受けるには、この観測室ではなく、受注室で受けられるのだが、白兎はあの場所がどうも苦手らしく、いつも東雲のところで聞いている。
そして操作する事二分、東雲は首を横に振った。
「今日はないかなー、もう他の魔狩り人が決めちゃってるから、明日また来てよ」
「そうですか、わかりました。じゃあ僕はそろそろ学校に行くので━━」
「あっそうそう、今日ね、奈瑞菜《ナズナ》が仕事受けてたから、もし良かったら一緒に受けてみたら? 報酬は折半でさ?」
「奈瑞菜がですか……? まあ、考えておきます」
「あれ、何か嫌だった? いつも仲良いのに」
「普段はまあ仲良いですけど、あいつ仕事中になったら口うるさくなるので」
「へぇーそうなんだ、初めて聞いたよ……どんな風に?」
「なんか、ここはこうした方が良い、とか、どうしてあそこでこうしたの、とか」
「それは白兎君の事を心配してるのよ、あの子はね」
「そうなんですかね、あっじゃあ僕行きますんで!」
「はーい、行ってらっしゃい!」
白兎はそう言って部屋を飛び出した。
時刻は八時丁度で学校までは歩いて五分程、全然間に合う時間なのだが、白兎には毎朝寄る場所があった。
そこはこの魔巣隊の施設にある外れの場所、人があまり立ち入らない場所だ。
そこは沢山の花が咲いていて良い香りがして、室内の証明は黒い青色、そして目の前には青色の三メートルくらいの高さの水晶が目の前に置いてある。
「待たせたな━━四季葉《シキハ》」
その水晶の中には目を閉じた少女の姿。
茶色の髪を胸元まで伸ばし、身長は150と少し小さめ、雰囲気がどこか白兎に似ている。
白兎は目の前に座り、水晶を見上げる。
何か言葉を伝えるわけでもなく、触るわけでもない、ただじっと見ているだけ。
そして五分程して、白兎は立ち上がり動かない彼女へにっこりと笑みを浮かべる。
「じゃあ行ってくるよ……四季葉」
これほどまで寂しい笑顔はあるだろうか、彼女に背中を向ける姿も、どこか悲しそうだった。
そして白兎は部屋を出ていく。
彼女の名前は白崎 四季葉。
白兎の実の妹で、水晶の巫女と呼ばれる女性。
この水晶の巫女という名称は誰かが名付けた決まっている名前ではない、ただ皆が呼んでいる名称だ。
フェーズ5になった女性、白崎 四季葉を哀れんでそう呼んでいる。
そして、彼女の動きは水晶によって封じられている。
それは何故か。
今もなお、彼女の心の中には大量の巣食い魔が生息しているからで、解放してしまうと危険が、体の外まで及ぶからである。
0
あなたにおすすめの小説
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる