異世界奴隷記

鼻髭 抜太郎

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一章

3.蒼の悪魔

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『おやぁ? これはまた意外な展開じゃぁねぇの?』

 金属に反響させたような、どこかくぐもった声が響く。
 眼下に輝くまばゆい光を見つめる二つの影は、天に立つ。
 まるでそこに床でもある様に宙にしっかりと立っているその姿は、どこか世界になじまない歪な存在として映る。

『ナンダ……アレハ』

 二つ目の影が問う。
 その機械ノイズのような声はガラガラと鳴り、まるで不協和音そのものを表しているかのようであった。
 一つ目の影が答える。

『あぁ? お前知らねーかよぉ。アレは「#融装__ゆうそう__#」だよ』
『ユウソウ?』

 いまいち理解を得ない隣の返答に、一つ目の影はため息をつく。

『えーっと、あれだよあれ。魔的生命体と契約した人間がその力と融合して、特殊な力を行使するやつ』
『……ソウカ、アレガレイノ…………』
『そうそう。あれがそうだ。でも、見た感じ~まだ未完成だなアレは』
『ト、イウト?』
『……なんつーか、融装ってのは全身に力が融合するんだわ。でも、あれは武装しか顕現できてない。おまけに、感じる魔力も極めて微弱。何と契約したかは知らねーが、まぁ何だったにせよ出力はぁ……3%程度と言ったところか』

 そう言って、首を捻る一人目。
 二人目は、少し考える素振りを見せるが、すぐに顔を上げると呟いた。

『ツマリ、ツブスナラ……イマカ』

 言うなり、二つ目の影の手元から鋭い刃のようなものが現れる。

BREAKSWORD

 電子音声に合わせて出現した青い閃光迸る刀剣。
 二つ目の影はゆっくりとその刃を構え、眼下で力む奴隷の少年に狙いを定めた。
 しかし、

『いやぁ。待て待てぇ。まぁ、そう焦るなよぉぅ』

 渋い親父声でそう言った一つ目の影は、刃を構える影の肩に手をのせる。

『ナゼ』

 相方の対応に、二つ目の影は不機嫌そうな声になる。
 すると、親父声の影は軽い笑い声をあげた。

『いやぁ、何。大したことじゃねーよぉ。単なる興味だ。素性も知らねーのに、何もいきなり処理しなくたっていいだろぅ?』
『イヤ。アノコゾウハ、キケンダ。タカガドレイノブンザイデ、アノチカラガハツドウデキルハズガナイ』
『真面目だねぇ。んじゃぁ。好きにしな。俺は適当にやって、勝手に帰るからよぉ』
『マカセル』

 その直後、二つ目の影は青い雷となって天の雲へと消えた。
 残された一人目は、小さく笑いを漏らす。

『ほんっとアイツ。派手な登場好むよなぁ』

 相方の去った空を見てしみじみとそう口にした一つ目の影は、目下で化け物に斬りかかった少年へと興味深そうに視線を移すのであった。

『さぁて、どうなるか……』


×××××


 体が熱い。

 ただそれだけだった。
 流れ込む膨大な力の奔流に、俺は急激な熱さを感じる。
 両手に握られたのは、真黒な刀身の一本の太刀。
 70~80cmはあろう長くてしっかりとした柄と、2m近い長さのある刃。
 赤い閃光の迸る漆黒の一振りに、俺は驚きを隠せない。

「なんだ……これ……?」

 その時、先ほどのリフリアの言葉にあった「契約印」という単語が脳裏によぎった。
 ふと左手の甲を見ると、そこには「不死の呪い」の紋章ではなく、月と女を合わせたようなどこか美し気な刻印が刻まれている。
 刻印は、俺の体に流れ込んでくる力に合わせて強く脈動していた。

《それは、我との繋がり。本来であれば、我から繋ぐものだが……》

 低い声で唸るリフリアの態度に、俺は刻印から流れこんでくるイメージとその言葉から状況を理解する。
 つまり、これは契約印によって繋がったリフリアから貰った膨大な魔力が、俺の意思とエネルギーで変質した「力の結晶」なのだ。

「なるほどっ!!」

 理解すると同時に顔を上げた俺は、こちらの様子を伺っているドラゴンを睨む。

 世界四大魔女の力だ。これなら、いけるっ!

「うぉおおあああああああああああああああああああ!!」

 俺が怒声をあげ駆け出すと、ドラゴンも首をもたげ天に向かって咆哮を上げた。

 ギュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 これまでとは違った吼え方に、俺は歯を食いしばり太刀を振りかぶる。
 おそらくドラゴンも、こっちの変化を察して本気モードになったのだろう。
 力量の差から考えても、チャンスはこの一回のみ。
 動いてみたところ凄い力は漲ってくるが、全身の身体能力が強化された感覚はない。攻撃を受ければ死ぬ。間違いなく死ぬ。
 流れ込んでくるイメージを探ると、この太刀とそれを握る両腕に力が集中していることが分かる。
 どの程度の威力が出るかわからない故に、攻撃するなら敵の急所一点。
 脚力が強化されない以上、生物の急所たる脳天目がけて飛び上がるには工夫が必要だ。
 幸いにして、腕と太刀には力がある。できないことじゃない。
 俺はあらん限りの全力をもって大地を駆けた。
 躓きそうになるリスクすら捨て、渾身の前のめりで真っすぐにドラゴンへと走る。
 鉱翔竜は体を捻り、四本の大爪を構えた。

「今っ!」

 振り下ろされる巨竜の剛腕。
 俺は、全霊をもって太刀を地面に向かって振り下ろす。
 エネルギーが暴発し、刃を振り下ろした大地が大きな爆発を起こした。
 爆音が周囲に反響し、俺は反動と爆風によるエネルギーで天高く跳ね上がる。
 巨竜の爪が空を切り、俺の目の前にはドラゴンの顔。
 竜によって叩かれた大地には亀裂が走り、俺の爆煙を晴らす。
 見開かれた竜の瞳に向かって、俺は言った。

「覆してやるさ! 今ここでっ!!」

 言うなり空中で前方向に一回転した俺は、そのまま太刀を逆手に持ち替える。
 そして、回転の遠心力と勢い、更に落下による重力加速度をもってして、その切っ先を竜の眉間に振り下ろす。
 確かな感触が腕に伝わる。
 それと同時に弾けるような激しいエネルギーが、突き立てた太刀から一気に竜へと流れ込んでいく。

 ギィィィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 これまでの比にならないほどの竜の叫びが、森を震わせ大地を揺らす。

「うぅううあああああああああああああああああああああ!!」

 負けじと踏ん張る俺の太刀からは、凄まじい勢いで赤い閃光があふれ出している。
 次の瞬間。
 一際強い輝きとともに、刀身から紅のエネルギーが吹き出しドラゴンの顎を貫通した。
 空をつんざくような激しい轟音と咆哮。

 しかし、終わりは早かった。

 不意に止んだ竜の雄たけびと、ぐらりと揺れる視界。
 見ると、竜の瞳は濁り、その体は大きくのけぞっている。

「やった!?」

 驚きにも似た歓喜の声をあげる俺は、倒れていく竜の眉間から太刀を抜く。
 俺は竜の頭からすぐ近くの木に飛び移ると、木の根元に太刀を投げる。
 サクリと地面に太刀が刺さるのを確認した俺は、少々ダサいがズリズリと慎重に幹を滑って地面に着地する。
 着地すると同時に、激しい轟音とともにドラゴンが完全に地に沈む。
 脳天を貫かれ完全に絶命したアーゲルデを確認し、俺は太刀にすがるようにしてその場にへたり込んだ。

《はじめてにしては上出来ではないか》
「……へぇ。珍しい。意外に協力的なコメントじゃん」
《抜かせ。小僧。我の意思としては、貴様になどに力など貸すつもりは無い。ただ、勝手に使うからには、それなりの成果を挙げてもらわねば「世界四大魔女」の面目に関わる》
「……次も勝手に使ってやる」

 冷ややかな調子で言葉を紡ぐリフリアに悪態をつき、俺は大きくため息をついた。
 すると、目の前にあった太刀が光の粒子となってその場から消える。
 見れば、契約印も元の「不死の呪い」の刻印へと戻り体内へと沈んでいった。

《持続時間二分といったところか……。まぁ、所詮貴様にはその程度だろう》
「いちいちカドのある言い方すんなよ。黙ってろ」
《ふんっ》

 リフリアを黙らせた俺は、ゆっくりと立ち上がると早々にその場を立ち去ろうとする。
 魔女の力を使ったのだ。何か良からぬことが起こるかもしれない。
 よく他のラノベでは魔女の力は禁忌だとか、その力を使うと魔女の魔力が残存し忌み嫌われるとか、いろいろ聞く。
 とにかく面倒ごとが起こる前に、この場を一刻も早く立ち去らねばならない。
 しかし、

 ジャラリ。

 俺は自らの腰に巻かれた鎖の存在を思い出す。

「マジかよ……」

 苛立ちの籠った声でそう呟いた俺は、その腰に巻かれた金属を忌々しげに睨む。
 ここにきて俺はようやく自分の置かれていた状況、つまり自らが「奴隷」であったことを思い出す。

 よくこの状態で戦ってたな……おい。

 確かに付与された魔法の効果で、行動に不自由が無いようにはされていると聞いていた。
 しかし、よもや極限的集中状態において、ここまで意識下から鎖の存在が忘れ去られてしまうとは……。
 驚きを越えたどこか不思議な感情に浸りつつ、俺はなんとか鎖を外そうとするが魔法の効果でそれは叶わない。
 俺は先ほどの太刀で切り捨てれば良いと考え、左手の甲に意識を集中させる。
 だが……。

「……出ない」

 やはり、と言うべきか。
 偶発的に発現した能力が、そう簡単にポンポンと使えるはずは無いのである。
 先ほどは無我中で勝手に現れた力だが、具体的にどうすれば発動できるのかはサッパリ分からない。
 リフリアに聞けば良いと一瞬考えたが、アイツが教えてくれるはずもなければ、俺個人としてもアイツになんか聞きたくない。
 その時だった。

「なんだ……何事だ。これは」

 声がした方向を見ると、そこにはベイラー卿と彼が率いる聖騎士団が、ドラゴンを前に呆然と立ち尽くしていた。

 マズイ……。早く逃げないと……。

 俺は鎖に手をかけて、何とかして解こうとする。しかし、無駄な足掻きであった。
 ベイラー卿は、俺を見つけるとゆっくりとこちらへと歩いてくる。

「これはいったいどういうことだね? ユガ・タツミ」

 そういう彼の表情は、どこか訝しむような警戒するようななんとも言えないものであった。

「……さぁ。俺にもサッパリですよ」

 すると、ベイラーは冷ややかな目で俺を睨むと素早く剣を抜き、その切っ先を俺に向ける。

「ウソはいけない。今は微塵も感じないが、さきほどこのあたりから凄まじい魔力を感じた。あれほどの魔力にあてられて、魔力鍛錬の無い人間が耐えられるはずが無い。耐えられているということは、君がその発生源であると考えるのが妥当じゃないか?」

 言い逃れできん。
 俺は、引きつった表情で突き付けられた切っ先を見やる。

「答えない。……と、言うことはやはり――――――――――」
『ワルイナ。ソイツハ、オレガヤル』

 !?

 刹那。
 突然天から青い雷が降り注ぎ、聖騎士たちを吹き飛ばす。
 凄まじい衝撃によって、舞い上がる砂塵。

「何者だっ!?」

 慌てて振り返ったベイラーだが、次の瞬間その首が宙に舞う。
 一瞬の出来事に、俺はギョッとして目を見開いた。
 吹き出す血しぶきを浴び、真っ赤に染まる視界の中で、俺はゴトリと地に落ちる絶命の音を聞く。
 顔面に浴びた血液を拭い、俺は慌てて身構えた。

 たった一撃。しかも一瞬。それだけで、ベイラーは死んだ。

 俺は嫌な予感がして、周囲に視線を飛ばす。
 すると、案の定と言ってはあれであるが、今しがた周囲にいた聖騎士たちが一人残らず首をはねられて絶命していた。力なくその場に膝をついて、一人また一人と倒れていく彼らの屍。
 俺はただならぬ悪寒を覚え、身震いした。

『オマエヲ、ハイジョスル』

 不意に土煙の中から、襲撃者の声がする。
 俺はなにを思ったのか、反射的に腰から伸びる鎖を素早く持ち上げた。
 次の瞬間。

 ギンッ!!

 強い衝撃とともに、鋭い金属音が周囲にこだまする。
 凄まじい力に吹き飛ばされた俺は、背後の茂みに突っ込んだ。

「うぁっ!!?」

 茂みがクッションとなったとは言え、内臓を揺らすような激しい振動に俺は嗚咽を漏らす。
 鎖はあっけなく断ち切られており、ジャラリと腰から滑り落ちる。

『ホォ。カンガイイナ』

 無機質な声でそう言った襲撃者は、バチバチと鳴る蒼き放電を身に纏い、ゆっくりと砂埃からその姿を現す。
 その姿を見た俺は、息をのむ。

「な、なんだよ……コイツ!?」

 現れたのは、いわばロボット。
 いや、正確に言うならばアーマードスーツ。
 ファンタジー世界に見合わないその工業的デザインは、俺の元居た世界のSF映画のヒーローを彷彿とさせる。
 しかし、そのどこか刺々しいデザインと、氷のような暗くて青いカラーリングは、ヒーローと言うよりも悪魔に等しい。

「誰だ……おまえ……」

 俺の言葉に、襲撃者はアーマーのパーツを各部ガシャガシャと展開しては戻しを繰り返し、ゆっくりと一歩踏み出した。

『オレハ、ブルーメネシス。……オマエヲ、コロシニキタ』

 機械質なその声は、先ほどのベイラーの声よりもずっと冷たく感じられ、俺はその場に動けなくなってしまった。
 その冷たさは、本物の冷気の如く。気がつくと、わずかに周囲が白い冷気に包まれているようにすら感じる。

 金属の魔の手が迫る。

 俺は歯をくいしばった。
 動かなくては……逃げなくては……、でも何故か動かない。
 硬直した足は、頑なに地面に張り付き、関節はまるで曲がらない。
 しかし、ここで動かねば間違いなく殺されてしまう。
 ブルーメネシスと名乗ったアイツが、何のために俺を殺すのかはわからない。わからないが、だからといって悠長に構えるような状況ではない。

《馬鹿か小僧! さっさと逃げんか!!》

 まるで鈍器で殴られたような衝撃が走り、俺は突然自由を取り戻す。
 リフリアが何をしたのかわからないが、とにかく動ける。
 俺は、脇目も振らず森の奥へと駆け出した。

『ナニ!? ナゼウゴケタ……』

 ブルーメネシスは、わずかに驚いた様子で、手首にある歯車型のバルブを捻る。
 すると、背部から漏れ出していた白色のガスが止まり、排気パーツが格納された。

 そんなことを知る由もなく、俺は無我夢中で逃げる。
 これは、竜のようなボンヤリとした本能的殺意ではない。明確な俺だけを対象としたハッキリとした殺意だ。
 俺は、茂みを必死にかき分けて走る。
 棘のある植物が多い場所を通ったのか、気が付けば体中に傷があり血がにじんでいた。
 しかし、痛みを気にする暇はない。

『ニゲレルトデモ……オモッタノカ?』

 不意にすぐ耳元で声がして、俺は滑り込むようにしてその場にかがみこむ。
 空を切り裂く切断音が頭上をかすめ、俺は身の毛がよだつのを実感した。
 すぐさま顔を上げた俺は、前方に着地したブルーメネシスを見る。
 脚部と背部のパーツが変形し、元通りに変わったところから、おそらく今こいつはスラスターでも換装して飛んでいたのだろう。

 なんで異世界に、こんなSFじみたものが……。

 と、そこで俺は当たり前のことを忘れていた事実に気が付いた。
 異世界に自分が存在している以上、他にも別の世界から人間が来ていてもおかしくは無いということに。
 俺は、周囲に視線を配る。
 少し先に森の木々が途切れている場所が見えた。
 あそこまで走れば、森は抜けられる。しかし、そのあとどうする? 弱かった連中とは言え、聖騎士が瞬殺されているのだ。並の人物では足止めすらできない。
 少なくともこの周辺では、聖騎士以上の実力を持った人間はいないのだ。
 ならば、逃げたところで意味はない。

 せめて、先ほどの力が使えれば……。

 俺はつい先ほどの力について考えてしまうが、考えたところで無駄なこと。
 諦めとヤケクソの混じった感情で、とにかく逃げねばと走り出した俺。
 しかし、

『オニゴッコハ……スキジャナイ』

 ブルーメネシスの低い声が響き、とてつもない悪寒が全身を駆け巡る。
 俺は余裕など無いにも関わらず、恐ろしさのあまりつい振り返ってしまった。
 そこでは、ブルーメネシスがゴテゴテとした形状の大型ライフルを肩に担ぎ、反対の手でテープカセットのような物体を弄んでいる。

『サヨナラダ』

 言うなりブルーメネシスは、その黒いカセットをライフルのマガジン部位に装填した。

BREAKSTINGTHEFINISHBURST

 濁りのある機械音声が響き、ブルーメネシスはライフルを構える。
 見る見るうちに銃口に充填されてされていく青のエネルギー。

「マズイっ!!?」

 直後、俺に向かって射出された蒼炎を纏うエネルギーの弾丸。
 死を覚悟した瞬間、世界がまるでスローモーション映像でも見ているかのように、ゆったりと動き出す。
 どう考えても避けられない。見えているのに避けられない。
 メラメラと燃える蒼き炎の塊は、ドリルの様に回転しながら俺へと迫ってくる。
 理解しているのに対応できない歯がゆさに、俺は歯を食いしばった。
 その刹那。

GAIASTINGTHEFINALCRASH

 突如として響いた第二の機械音声とともに、上空からもう一つの赤い弾丸が俺の前に飛び出した。
 弾丸は、そのまま迫りくるブルーメネシスの弾丸と接触し――――――。

 轟音。

 凄まじいエネルギーのぶつかり合いによって、一瞬の静寂の後に爆発が発生する。
 その爆発によって俺は吹き飛ばされてしまい、一気に森の外まで投げ出されてしまう。
 森を抜けても勢いの止まらない俺の肉体は、そのまま森の外にあった草原を抜け――。

「うっそだろっ!!?」

 あまりの絶望に、俺は悲鳴にも似た叫び声をあげる。
 眼下に広がるのは50メートルはあろう険しい崖と、その遥か下に広がる尖った岩場。

 ……終わった。

 もはや恐怖は無い。絶望を通り越した単純な感想のみが、俺の内で小さく呟く。
 物凄い勢いで落下する俺の体と、瞬く間に目前に迫る岩の槍。

 そして――――――――――――。


×××××


 なぎ倒された木々の中、一人佇むブルーメネシス。
 彼はゆっくり、頭上に視線を向けた。

『ドウイウツモリダ……。ガイアフィリップ!!』

 すると、上空に立つ赤い影はゆっくりと降りてくる。

『そう怒るなってぇ』

 ブルーメネシス同様に機械の鎧に身を包む紅い悪魔は、煙を吐く巨大なブラスターを肩に担ぐ。
 着地と同時に音を立てて格納されていく、飛翔用のスラスターパーツの数々。
 ガイアフィリップと呼ばれたその人物は、陽気に笑ってブルーメネシスの肩を叩く。
 しかし、ブルーメネシスはその手を払いのけ、ガイアフィリップの胸倉の装甲を掴み引き寄せた。

『ドウイウツモリダ!』

 酷く興奮した様子の相方を見て、ガイアフィリップは『ふん』と鼻を鳴らす。

『なぁに。俺は最初に言ったとおりにしただけだぜぇ?』
『……ナンダト?』

 ガイアフィリップの言葉に、手の力を弱めたブルーメネシス。
 その隙にスルリと抜け出したガイアフィリップは、首をコキリと鳴らす。

『言ったじゃねぇか。俺は『適当にやって・・・・・・、勝手に帰る』って言ったんだ。何も嘘は、ついてねぇぜ? それに俺はハナからあのガキを殺すのには、反対だったんだしよぉ』
『……キサマ』

 感情的な様子で詰め寄ってくるブルーメネシスに、ガイアフィリップは手をヒラヒラと振る。

『まぁ、でもいいじゃねーか。この先は崖と岩場だぁ。助かったとしても、とても再起可能な状態じゃねーだろうしよぉ。仮に別のところに飛んだとしても、あの爆風にあてられて何とも無いはずがねぇ。ま、どっちにせよ俺たちに脅威になるようなことは無い』
『ソノコトバ……オボエテオケヨ?』

 怒りを押し殺した様子で、最後に小さくそう述べたブルーメネシスは唸り声を漏らす。
 そんな相方の態度に、ガイアフィリップは大きく頷くと何やら含みのある口調で呟いた。

『モチロン』


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