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二章
4.影の音
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――覆せ――
その言葉で目が覚めた。
目を見開き一番に視界に飛び込んできたのは、知らない天井。
……生きていたのか。
起きたと同時に生を実感した俺は、小さくため息をつく。
毎度のことだが、何故こうも危機的状況から生還できるのだろうか。
俺は、生還した喜びよりもどこか呆れに近い感情で渋い表情になる。
すると、
「お。起きたか!」
状況を理解する間もなく、突然すぐ近くで声がした。
反応するより先に、俺の視界に一人の女性の顔が写る。
「……誰?」
「いやいや、まてまて。開口一番「誰?」は酷いなオイ」
俺の言葉にそう言った女は、愉快そうにケラケラと笑い声をあげる。
サッパリとした茶色いショートヘアに、綺麗な顔立ちとスラリとした体躯。黒いホットパンツにヘソだしのくたびれた白いタンクトップを着ている。そんな彼女は、俺の方を指さして心底楽しそうだ。
……マジで誰なんだ。
眉間にしわを寄せつつ、俺はゆっくりと体を起こす。
「誰? は、ねーだろ! あひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
……笑いのツボが分からん。
若干イライラした感情を抱きつつ、俺はグルリと部屋の中を見渡した。
女性は、となりでまだ笑っている。
俺が寝かされているのは、簡素な木造のベッドと真っ白な布団。
部屋そのものは四畳ほどの空間で、各所にむき出しの木目が見える。家具もシンプルで、無駄が無く、小物も綺麗に整頓されている。
窓から差し込む陽の光は、ポカポカとして温かく、ほんのりと部屋を照らす。
何というか普通だ。
女性はまだ笑っている。
俺はベッドから立ち上がると、体を確認した。
見たところ特に変化はない。格好も奴隷兵の時に支給された簡素な衣類のままだ。
服を捲り肉体を確認したが、特に何か変わった様子はない。
この世界に来た時についた胸元の傷以外は、特に変化は見られない。
俺は、気を失う前のことを思い出す。
確か竜と戦っていて倒したのはいいが、ブルーメネシスとか名乗る奴に襲撃されて崖から転落してしまったのだ。
落下途中に気絶したようで、落下したという記憶以降は覚えていない。
しかし、あの高さから落ちて無傷なんてことはあるのだろうか? いや、ありえないだろう。一体どうなって――――。
と、そこで俺は「不死の呪い」と言う言葉を思い出す。
まさか……。
その時俺は、「不死の呪い」が意外にも都合のいい能力なのでは無いかという発想に至る。しかし、リフリアから確たる発言を聞くまでは確証が持てないので、喜ぶのはやめておこう。
かと言って、彼女に直接呪いの解説を聞きたいかと言われると、それは断じて否である。アイツの話は聞きたくないし、なんならさっさと体から出ていってほしい。
俺はフゥと息を吐くと、横でまだ笑っている女性に視線を向ける。
「あひゃひゃひゃひゃ!!」
「いや、アンタいつまで笑ってんだよ!」
ツッコミを入れた俺は、しらけた面持ちで謎の女が黙るのを待つ。
女はしばらく笑い続けたが、途中でゲホゲホとせき込むとようやく静かになる。
「で、何ぃ?」
とぼけたような口調でそう言って首をかしげる女。
俺は「何ぃ?」じゃねぇよ!! と言いたいのをグッと抑え、低い声で問う。
「アンタ誰だ?」
「誰だと思う?」
即座に返された面倒な回答。
俺はいよいよ露骨に、嫌な顔をした。
「めんどくせぇな……」
「めんどい? ねぇ、めんどい? めんどいってさ。めんどりに聞こえるよね? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「う、うぜぇ……」
美しい容姿とは裏腹に、とんだ電波キャラな彼女に困惑しつつ、俺は怒りの感情を押し殺す。
おそらくだが、この女性が俺をここまで運んでくれたのだろう。めちゃくちゃ面倒くさい性格だが、とりあえず礼を述べなくてはならない。
「……あの、俺を運んでくれたんすよね? なんか、すみません。ありがとうございます」
「いきなり敬語とかウケる~」
「うっぜぇえええええええええええええ!!」
まともに会話が成立しない。
つい絶叫してしまったが、女はそれと同じくらいデカイ声で笑っているから、うるさくて仕方ない。
俺は引きつった笑みで、奥歯を噛みしめる。
すると女は、不意に笑うのをやめてこう言った。
「……と、まぁ、ふざけるのはこの辺にして。アンタさ。どしてあんな場所にいたの?」
突然にテンションを切り替えた女に、俺はしばし無言になる。
マジでキャラが掴めない。
時間にして2秒ほどの沈黙の後、俺は伺うような声で問い返す。
「あんな場所って……岩場すか?」
「そうそう。俺があそこ通らなかったらアンタ今頃魔物の餌になってたぞ?」
俺は、奴隷兵にされてからの身の上を語るついでに、彼女からここに運ばれるまでの経緯を聞く。
それによると、どうやらあの岩場は夜間になると狼系の魔物の集会場となるしく、近辺に住んでいる者の間では特に危険なスポットとされているらしい。
彼女は、名前をヘレッゼ・ドーバといい、魔剣や魔道具といった類を扱う鍛冶屋を営んでいるらしい。偶然にも素材集めのため岩場を散策していたところ、俺を発見したそうだ。
「いやー、でもお前運がいいな。あの崖から落ちて生きていたこともだがよ。なんたって、俺が偶然にも奴隷制度反対派だったってことだな。俺だから良かったが、他のやつならすぐ商人に売り払ってるところだぞ?」
そう言って、ヘレッゼは愉快そうに「あひゃひゃひゃひゃ」と笑い声をあげる。
何というか、すっごい綺麗な人なのに口調と性格が男子っぽい。あと、その意味わからん笑い方はなんだ……。
「……いや。その、本当にありがとうございます」
「いいってことよ! 大したもてなしはできねーが、数日くらいなら泊めてやるよ。まぁ、精々ゆっくり休んでくれ」
そう言って彼女は、側に丸めていた黒いロングコートを羽織る。
そのまま部屋を出て行こうとするヘレッゼを、俺は全力で呼び止めた。
「ちょちょちょちょぉーと! 待って待って待ってください!?」
「何だよ」
「いや、俺初対面ですよ? 見ず知らずで、しかも奴隷ですよ? そんな得体の知れないヤツになんでそんなに……」
ごく当たり前の発言だと思う。
何故、彼女はここまで良くしてくれるのだろうか。
単に親切と考えれば、それはそれで納得できなくもない。
しかし、この世界に来て理不尽な目にしか合わされていない俺にとっては、全てが疑心暗鬼にうつる。
俺は、僅かに訝しむような目でドアの前に立つヘレッゼの背を見つめた。
すると、
「鍛冶屋ってのはな。恩と信頼で成り立ってんだよ。だから、これは恩。一方的な押し付けだから、ありがたく受け取れ少年! まっ、売ってるからには、いつか返しを期待してるぜ?」
彼女は、元気よくそう言うとパチンとウインクして部屋を出る。
先程までの男勝りな態度とは一転して、急に女の子らしいしぐさを見せられた俺は、心臓が大きく飛び跳ねるのを感じた。
一方的だから受け取れって言ってるくせに、返し期待するのかよ……。
そんな感想を抱く俺は、彼女のウインクにドギマギしつつ、スッと視線を逸らしたのであった。
×××××
「クソみてぇな社会だな……」
そう言って欠伸をかました男は、ソファーに腰掛けたまま大きく後ろに仰け反る。
薄暗いクラブのような部屋には、男を含めて4人の男女が滞在していた。
「そうは思わねぇか? 白波ぃ」
ソファーに座る男が声をあげると、カウンターに腰掛けグラスを弄ぶ男がピクリと反応する。
白波と言われた男は「あぁ」とだけ答えると、グラスに注がれた酒に少しだけ口をつけた。
すると、その隣に座る少女が椅子からピョンと飛び降りる。
「ねぇねぇ! 私達がこの世界に来て、もう半年も経つヨ!? 何もなさすぎない? 暇だヨ! 退屈だヨ!」
けたたましくそう言った彼女は、ピョンピョンとその場に飛び跳ねながら空いているソファーに向かってボフリとダイブする。
そんな少女の様子に、カウンターでグラスを拭く目頭の釣った女がうんうんと頷く。
「確かにそうね。したことなんて精々西の魔王を倒したくらいかしら?」
それを聞いて、ソファーに座る男が笑う。
「あー! 確かにアレはなかなか面白かったな。柄にもなく異世界転移勇者気取ってよ!」
男は言うなり、剣を握る勇者の真似をして「やー! たぁーっ!」と声をあげる。
ふざける彼に、女はクスリと笑う。
「と、言っても、#矢田村__やだむら__#。アンタ早々にヒーローごっこに飽きて、魔王いたぶって遊んでたじゃない」
女のセリフに、矢田村と言われたその男は大きく伸びをする。
「まぁな。でも、アイツが歯ごたえなさ過ぎるんだよ。よくあんなクソみたいな野郎に世界はビビってるよなぁ?」
カウンターの女は小さく溜息をつくと「そうね」と答える。
すると、白波が呟いた。
「違う。……アイツが弱いんじゃない。俺たちが強過ぎた。それだけだ」
その言葉が終わるなり、ソファーから少女が飛び出して白波の背中に抱きついた。白波が「重い……」と呟くのを無視して、少女は喋る。
「ほんっとソレ! しかも、魔王倒したのに得たのは名誉だけ。名誉だけじゃ食べてもいけないヨ」
「それなぁー。#寧音子__ねねこ__#の言うとおりだわぁー」
矢田村は、寧音子と呼んだ少女の頭をポフポフと撫で、白波の隣の席に座る。
「で。マジで暇なんだけど。……なぁ、ヘルガ。面白いことない?」
「無茶言わないでよ」
カウンターの奥に立つ女は、矢田村の言葉に曖昧な表情になる。
ヘルガは代わりと言うかのように、グラスに次いだ酒を矢田村の前に置く。
出された酒をあおり、矢田村はぼやく。
「ほんっと、異世界チートってのは困るよなー。目的達成したらマジでやることないし。力持てあましてるだけだしよー。戦っても絶対勝つの見えてるし。よくもまぁ、異世界チートもんのラノベはあんだけ巻数出せるよな。都合よくポンポン敵が出てきてくれてよ。そして、絶対的勝ちゲーをクリアした先には、ハーレムと国王認可の英雄ポジションが待ってる。現実との格差が激しすぎてクソワロだ。俺たちなんて、ハーレムも無ければ、大した待遇も無かった。むしろあまりの難関ゲーをクリアしたってことで逆に危険視される始末だ。泣けるね!」
後半にかけて熱が入り、仕舞いには叫んでいた矢田村に、寧音子が「そうダーそうダー!!」と相打ちを打つ。
その時だった。
『そんなに暇ならぁ、俺が面白いゲームを紹介してやるよぉ』
!
突然部屋に響いた五つ目の声に、四人が身構えた。
声のした先には、紅い装甲に身を包んだ一人の機械戦士が腕を組み、壁に寄りかかっている。
「誰だ。どこから入った?」
白波の鋭い声に、戦士は笑う。
『質問は一つずつにしてくれよぉ。……まぁ、いいんだけどさぁ。とりあえず、俺はぁ、ガイアフィリップっていうもんだぁ。以後お見知りおきを』
そう言って、恭しく一礼するガイアフィリップ。
次の瞬間、その顔面を矢田村の左手が貫いた。
『おぉっ!?』
まるで瞬間移動とも言える一瞬の出来事に、ガイアフィリップは感嘆の声を漏らす。
鮮血が飛び散り、肉片が爆ぜる――――と、思われたが、顔面を貫かれたガイアフィリップはその場に煙となって消えてしまう。
代わりに、少し離れたところでバチバチと放電が発生し、そこに無傷のガイアフィリップが現れた。
舌打ちする矢田村に、ガイアフィリップはパチパチと適当な拍手を鳴らす。
『いきなりご挨拶だなぁ。さすがは、もと死刑囚と言ったところかぁ』
首をコキリと鳴らしたガイアフィリップは、そう言ってソファーにドッカと腰を下ろした。
「……何故それを知ってんだ。テメェもあっちの世界の人間か?」
素性を暴かれたことで警戒心を更に高めた矢田村は、そう言ってガイアフィリップの正面のソファーに腰掛ける。
他の三人も極めて警戒している様子で、全くもって口を開かない。
ガイアフィリップは、矢田村の問いを「さぁ、どうなだろうなぁ」と言ってはぐらかし、話し始めた。
『まぁ、そんなに警戒するなよぉ。俺はアンタらの敵じゃぁない。むしろアンタらを支援しに来たんだぁ』
「支援?」
『そう! 支援だよぉ。まぁ、正しく言うなれば、アンタらに技術提供する代わりにウチの試作品を使ってほしいという話なんだが……、聞いてくれるかなぁ?』
その言葉に矢田村は少し考えると、残りの三人に確認を取るような視線を送る。
三人はおのおのの反応で、その意図を矢田村に伝えた。言葉は無いが、三人の意図を察した矢田村は、低い声で言った。
「とりあえず、話は聞こう。乗るかどうかは聞いてから決める」
それを聞いたガイアフィリップは、満足そうに頷く。
『話のわかる奴らで助かるよぉ。感謝するぜぇ。じゃぁ早速なんだが、語らしてもらうかねぇぃ』
どこか嬉しそうな口調でそう言ったガイアフィリップは、膝の上に肘をつく。
そして、ゆっくりと手の平を合わせるのであった。
その言葉で目が覚めた。
目を見開き一番に視界に飛び込んできたのは、知らない天井。
……生きていたのか。
起きたと同時に生を実感した俺は、小さくため息をつく。
毎度のことだが、何故こうも危機的状況から生還できるのだろうか。
俺は、生還した喜びよりもどこか呆れに近い感情で渋い表情になる。
すると、
「お。起きたか!」
状況を理解する間もなく、突然すぐ近くで声がした。
反応するより先に、俺の視界に一人の女性の顔が写る。
「……誰?」
「いやいや、まてまて。開口一番「誰?」は酷いなオイ」
俺の言葉にそう言った女は、愉快そうにケラケラと笑い声をあげる。
サッパリとした茶色いショートヘアに、綺麗な顔立ちとスラリとした体躯。黒いホットパンツにヘソだしのくたびれた白いタンクトップを着ている。そんな彼女は、俺の方を指さして心底楽しそうだ。
……マジで誰なんだ。
眉間にしわを寄せつつ、俺はゆっくりと体を起こす。
「誰? は、ねーだろ! あひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
……笑いのツボが分からん。
若干イライラした感情を抱きつつ、俺はグルリと部屋の中を見渡した。
女性は、となりでまだ笑っている。
俺が寝かされているのは、簡素な木造のベッドと真っ白な布団。
部屋そのものは四畳ほどの空間で、各所にむき出しの木目が見える。家具もシンプルで、無駄が無く、小物も綺麗に整頓されている。
窓から差し込む陽の光は、ポカポカとして温かく、ほんのりと部屋を照らす。
何というか普通だ。
女性はまだ笑っている。
俺はベッドから立ち上がると、体を確認した。
見たところ特に変化はない。格好も奴隷兵の時に支給された簡素な衣類のままだ。
服を捲り肉体を確認したが、特に何か変わった様子はない。
この世界に来た時についた胸元の傷以外は、特に変化は見られない。
俺は、気を失う前のことを思い出す。
確か竜と戦っていて倒したのはいいが、ブルーメネシスとか名乗る奴に襲撃されて崖から転落してしまったのだ。
落下途中に気絶したようで、落下したという記憶以降は覚えていない。
しかし、あの高さから落ちて無傷なんてことはあるのだろうか? いや、ありえないだろう。一体どうなって――――。
と、そこで俺は「不死の呪い」と言う言葉を思い出す。
まさか……。
その時俺は、「不死の呪い」が意外にも都合のいい能力なのでは無いかという発想に至る。しかし、リフリアから確たる発言を聞くまでは確証が持てないので、喜ぶのはやめておこう。
かと言って、彼女に直接呪いの解説を聞きたいかと言われると、それは断じて否である。アイツの話は聞きたくないし、なんならさっさと体から出ていってほしい。
俺はフゥと息を吐くと、横でまだ笑っている女性に視線を向ける。
「あひゃひゃひゃひゃ!!」
「いや、アンタいつまで笑ってんだよ!」
ツッコミを入れた俺は、しらけた面持ちで謎の女が黙るのを待つ。
女はしばらく笑い続けたが、途中でゲホゲホとせき込むとようやく静かになる。
「で、何ぃ?」
とぼけたような口調でそう言って首をかしげる女。
俺は「何ぃ?」じゃねぇよ!! と言いたいのをグッと抑え、低い声で問う。
「アンタ誰だ?」
「誰だと思う?」
即座に返された面倒な回答。
俺はいよいよ露骨に、嫌な顔をした。
「めんどくせぇな……」
「めんどい? ねぇ、めんどい? めんどいってさ。めんどりに聞こえるよね? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「う、うぜぇ……」
美しい容姿とは裏腹に、とんだ電波キャラな彼女に困惑しつつ、俺は怒りの感情を押し殺す。
おそらくだが、この女性が俺をここまで運んでくれたのだろう。めちゃくちゃ面倒くさい性格だが、とりあえず礼を述べなくてはならない。
「……あの、俺を運んでくれたんすよね? なんか、すみません。ありがとうございます」
「いきなり敬語とかウケる~」
「うっぜぇえええええええええええええ!!」
まともに会話が成立しない。
つい絶叫してしまったが、女はそれと同じくらいデカイ声で笑っているから、うるさくて仕方ない。
俺は引きつった笑みで、奥歯を噛みしめる。
すると女は、不意に笑うのをやめてこう言った。
「……と、まぁ、ふざけるのはこの辺にして。アンタさ。どしてあんな場所にいたの?」
突然にテンションを切り替えた女に、俺はしばし無言になる。
マジでキャラが掴めない。
時間にして2秒ほどの沈黙の後、俺は伺うような声で問い返す。
「あんな場所って……岩場すか?」
「そうそう。俺があそこ通らなかったらアンタ今頃魔物の餌になってたぞ?」
俺は、奴隷兵にされてからの身の上を語るついでに、彼女からここに運ばれるまでの経緯を聞く。
それによると、どうやらあの岩場は夜間になると狼系の魔物の集会場となるしく、近辺に住んでいる者の間では特に危険なスポットとされているらしい。
彼女は、名前をヘレッゼ・ドーバといい、魔剣や魔道具といった類を扱う鍛冶屋を営んでいるらしい。偶然にも素材集めのため岩場を散策していたところ、俺を発見したそうだ。
「いやー、でもお前運がいいな。あの崖から落ちて生きていたこともだがよ。なんたって、俺が偶然にも奴隷制度反対派だったってことだな。俺だから良かったが、他のやつならすぐ商人に売り払ってるところだぞ?」
そう言って、ヘレッゼは愉快そうに「あひゃひゃひゃひゃ」と笑い声をあげる。
何というか、すっごい綺麗な人なのに口調と性格が男子っぽい。あと、その意味わからん笑い方はなんだ……。
「……いや。その、本当にありがとうございます」
「いいってことよ! 大したもてなしはできねーが、数日くらいなら泊めてやるよ。まぁ、精々ゆっくり休んでくれ」
そう言って彼女は、側に丸めていた黒いロングコートを羽織る。
そのまま部屋を出て行こうとするヘレッゼを、俺は全力で呼び止めた。
「ちょちょちょちょぉーと! 待って待って待ってください!?」
「何だよ」
「いや、俺初対面ですよ? 見ず知らずで、しかも奴隷ですよ? そんな得体の知れないヤツになんでそんなに……」
ごく当たり前の発言だと思う。
何故、彼女はここまで良くしてくれるのだろうか。
単に親切と考えれば、それはそれで納得できなくもない。
しかし、この世界に来て理不尽な目にしか合わされていない俺にとっては、全てが疑心暗鬼にうつる。
俺は、僅かに訝しむような目でドアの前に立つヘレッゼの背を見つめた。
すると、
「鍛冶屋ってのはな。恩と信頼で成り立ってんだよ。だから、これは恩。一方的な押し付けだから、ありがたく受け取れ少年! まっ、売ってるからには、いつか返しを期待してるぜ?」
彼女は、元気よくそう言うとパチンとウインクして部屋を出る。
先程までの男勝りな態度とは一転して、急に女の子らしいしぐさを見せられた俺は、心臓が大きく飛び跳ねるのを感じた。
一方的だから受け取れって言ってるくせに、返し期待するのかよ……。
そんな感想を抱く俺は、彼女のウインクにドギマギしつつ、スッと視線を逸らしたのであった。
×××××
「クソみてぇな社会だな……」
そう言って欠伸をかました男は、ソファーに腰掛けたまま大きく後ろに仰け反る。
薄暗いクラブのような部屋には、男を含めて4人の男女が滞在していた。
「そうは思わねぇか? 白波ぃ」
ソファーに座る男が声をあげると、カウンターに腰掛けグラスを弄ぶ男がピクリと反応する。
白波と言われた男は「あぁ」とだけ答えると、グラスに注がれた酒に少しだけ口をつけた。
すると、その隣に座る少女が椅子からピョンと飛び降りる。
「ねぇねぇ! 私達がこの世界に来て、もう半年も経つヨ!? 何もなさすぎない? 暇だヨ! 退屈だヨ!」
けたたましくそう言った彼女は、ピョンピョンとその場に飛び跳ねながら空いているソファーに向かってボフリとダイブする。
そんな少女の様子に、カウンターでグラスを拭く目頭の釣った女がうんうんと頷く。
「確かにそうね。したことなんて精々西の魔王を倒したくらいかしら?」
それを聞いて、ソファーに座る男が笑う。
「あー! 確かにアレはなかなか面白かったな。柄にもなく異世界転移勇者気取ってよ!」
男は言うなり、剣を握る勇者の真似をして「やー! たぁーっ!」と声をあげる。
ふざける彼に、女はクスリと笑う。
「と、言っても、#矢田村__やだむら__#。アンタ早々にヒーローごっこに飽きて、魔王いたぶって遊んでたじゃない」
女のセリフに、矢田村と言われたその男は大きく伸びをする。
「まぁな。でも、アイツが歯ごたえなさ過ぎるんだよ。よくあんなクソみたいな野郎に世界はビビってるよなぁ?」
カウンターの女は小さく溜息をつくと「そうね」と答える。
すると、白波が呟いた。
「違う。……アイツが弱いんじゃない。俺たちが強過ぎた。それだけだ」
その言葉が終わるなり、ソファーから少女が飛び出して白波の背中に抱きついた。白波が「重い……」と呟くのを無視して、少女は喋る。
「ほんっとソレ! しかも、魔王倒したのに得たのは名誉だけ。名誉だけじゃ食べてもいけないヨ」
「それなぁー。#寧音子__ねねこ__#の言うとおりだわぁー」
矢田村は、寧音子と呼んだ少女の頭をポフポフと撫で、白波の隣の席に座る。
「で。マジで暇なんだけど。……なぁ、ヘルガ。面白いことない?」
「無茶言わないでよ」
カウンターの奥に立つ女は、矢田村の言葉に曖昧な表情になる。
ヘルガは代わりと言うかのように、グラスに次いだ酒を矢田村の前に置く。
出された酒をあおり、矢田村はぼやく。
「ほんっと、異世界チートってのは困るよなー。目的達成したらマジでやることないし。力持てあましてるだけだしよー。戦っても絶対勝つの見えてるし。よくもまぁ、異世界チートもんのラノベはあんだけ巻数出せるよな。都合よくポンポン敵が出てきてくれてよ。そして、絶対的勝ちゲーをクリアした先には、ハーレムと国王認可の英雄ポジションが待ってる。現実との格差が激しすぎてクソワロだ。俺たちなんて、ハーレムも無ければ、大した待遇も無かった。むしろあまりの難関ゲーをクリアしたってことで逆に危険視される始末だ。泣けるね!」
後半にかけて熱が入り、仕舞いには叫んでいた矢田村に、寧音子が「そうダーそうダー!!」と相打ちを打つ。
その時だった。
『そんなに暇ならぁ、俺が面白いゲームを紹介してやるよぉ』
!
突然部屋に響いた五つ目の声に、四人が身構えた。
声のした先には、紅い装甲に身を包んだ一人の機械戦士が腕を組み、壁に寄りかかっている。
「誰だ。どこから入った?」
白波の鋭い声に、戦士は笑う。
『質問は一つずつにしてくれよぉ。……まぁ、いいんだけどさぁ。とりあえず、俺はぁ、ガイアフィリップっていうもんだぁ。以後お見知りおきを』
そう言って、恭しく一礼するガイアフィリップ。
次の瞬間、その顔面を矢田村の左手が貫いた。
『おぉっ!?』
まるで瞬間移動とも言える一瞬の出来事に、ガイアフィリップは感嘆の声を漏らす。
鮮血が飛び散り、肉片が爆ぜる――――と、思われたが、顔面を貫かれたガイアフィリップはその場に煙となって消えてしまう。
代わりに、少し離れたところでバチバチと放電が発生し、そこに無傷のガイアフィリップが現れた。
舌打ちする矢田村に、ガイアフィリップはパチパチと適当な拍手を鳴らす。
『いきなりご挨拶だなぁ。さすがは、もと死刑囚と言ったところかぁ』
首をコキリと鳴らしたガイアフィリップは、そう言ってソファーにドッカと腰を下ろした。
「……何故それを知ってんだ。テメェもあっちの世界の人間か?」
素性を暴かれたことで警戒心を更に高めた矢田村は、そう言ってガイアフィリップの正面のソファーに腰掛ける。
他の三人も極めて警戒している様子で、全くもって口を開かない。
ガイアフィリップは、矢田村の問いを「さぁ、どうなだろうなぁ」と言ってはぐらかし、話し始めた。
『まぁ、そんなに警戒するなよぉ。俺はアンタらの敵じゃぁない。むしろアンタらを支援しに来たんだぁ』
「支援?」
『そう! 支援だよぉ。まぁ、正しく言うなれば、アンタらに技術提供する代わりにウチの試作品を使ってほしいという話なんだが……、聞いてくれるかなぁ?』
その言葉に矢田村は少し考えると、残りの三人に確認を取るような視線を送る。
三人はおのおのの反応で、その意図を矢田村に伝えた。言葉は無いが、三人の意図を察した矢田村は、低い声で言った。
「とりあえず、話は聞こう。乗るかどうかは聞いてから決める」
それを聞いたガイアフィリップは、満足そうに頷く。
『話のわかる奴らで助かるよぉ。感謝するぜぇ。じゃぁ早速なんだが、語らしてもらうかねぇぃ』
どこか嬉しそうな口調でそう言ったガイアフィリップは、膝の上に肘をつく。
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