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第1話「今までの報い」

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『慎重に書類選考を重ねました結果、誠に残念ながら今回についてはご期待にそえない結果となりました』


 わざと不採用通知用紙を床にぶち撒ける俺、青山朶あおやまえだ。それらを踏んだからといって気分が晴れるわけでもなく、なんなら今すぐ消え去りたいと自暴自棄になっていた。寝ぐせでボサボサの頭をワシャワシャと無雑作に触る。


 大学を卒業しても職が決まらない俺は、大学時代に勤めていたバイト先で再び働くわけでもなく、そうこうしているうちに付き合っていた彼女にも振られ、バイト時代で貯めた貯蓄を切り崩し自由気ままな生活を送っていた。


 そんな俺の毎日は、友人達からの誘いがない時は基本的に家に引き篭もってゲームをしている。この瞬間が最高に幸せで、なかでも最近購入した『ポルニア国の王子様へ永遠の愛を誓って』という、BL異世界もののゲームをプレイすること。テレビでやたらCMが流れていたため気になって購入したが、これが大当たりだった。


 俺の推しはポルニア国の王様、レイだ。19歳のレイはとても容姿が美しく、灰色の髪がとてもきれいで、顔も整っていて美形だ。極めつけはゲーム声優が発する心地いい声音。レイというキャラにとても合っていて、囁かれるときなんて毎度下半身が反応してしまう。けれど、このゲームの主人公はレイと結ばれることはない。レイは序盤で悪役キャラのソウルに殺されてしまう。なんなら、殺されてからがゲームの始まりといってもいいくらいだ。


 このゲームはレイが死んだ後に王に仕えていた主人公ミケが次の王を決めるというストーリーだ。三名の王子候補者がミケにアプローチをし、ミケに見定められた一人が次の王となり結末はハッピーエンドとして終える。凄く単純などこにでもありがちの設定だと思う。


 傍から見たらハッピーエンドかもしれないが、レイ推しな俺にとっては序盤からバットエンドだ。何度プレイしても最初に敵キャラに殺される展開のため、王子が生きている数分を何度も何度もひたすらにプレイする。


 今まで色々なゲームをプレイしてきたけれど、こんなにどっぷりハマッたのは初めてだ。アニメ絵だからだろうか、絵が綺麗すぎて腐女子向けのBL異世界ものという設定だけれど、全然抵抗がなく楽しめている。なかでも、レイを一目見たときは心臓が撃ち抜かれた感覚が俺を襲った。キャラグッズが出たときなんて、レイのグッズの同じものを保存用、観賞用、使用用と必ず複数個は買う。もちろん、使用用は痛バッグに付けて肌身離さず持っている。ふとした時にレイを見れて、元気をもらえる。それほどまでに俺にとって、レイは特別な存在だ。


 家に引きこもってずっとポルニア国のゲームばかりしているからだろうか、ゲームと現実の境目が分からなくなってきているのだろうか。時々ふと思う。今命を落としてしまうことがあったとしたら、俺はこのゲームの中に転生したい。レイに仕える主人公のミケになってレイと一緒に生涯を終えたい。これができたらどれだけ幸せなことだろう。





 机の上に置いていたスマホが音を鳴らした。
 二個下の妹まいからの連絡だった。内容を読むと、

【買ったって言ってたゲーム全然貸してくれないから自分で買ったよ。私はリリック様が好き! お兄は?】


 舞は次後継者の王子候補リリックに惹かれたらしい。リリックは青髪でメガネを掛けている優等生キャラだ。恐らくゲーム内で一番といっていいほど人気があるだろう。けれど俺はレイ以外には興味がない。


【俺はレイが一番好き】


 舞が自分の好きなキャラを伝えてくれたように、俺も自分が好きなキャラを伝えた。妹から返ってきた返事は【レイって物語のストーリーにほぼ加わらないじゃん! お兄、ちゃんと内容見ながらゲームしてないでしょ!?】と、注意されてしまった。舞にレイの良さを知って欲しくて近くのカフェで待ち合わせをすることになった。

 絶対レイが一番好きだと言わせてみせる、と、意気込み家を出る。

 待ち合わせをしていたカフェへ着くと、ひとめにつかない奥側のカウンター席でゲームを片手に真顔で俺に手を振る舞の姿が見えたため、アイスコーヒーを注文し終えた俺は急いで舞の席へと向かう。


 家族と顔を合わせると働けだのなんだのの話題になるが、舞は俺にさほど興味がないのか就活については口を出してこない。だから、舞と会うのは全然苦ではない。むしろ今は共通のゲームの話ができるので嬉しかったりする。


 妹はオレンジジュースとチョコのロールケーキを頼んでいて、ケーキは口をつけていないものの、オレンジジュースは半分ほどなくなっていた。舞の横に座ると俺が口を付ける前にアイスコーヒーを手に取り三分の一ほど飲まれてしまった。それを何食わぬ顔で平然としてくる舞が鬼に見える。

 ……コイツ、絶対彼氏と長続きしないタイプだ。


「おま……飲みすぎだろ」

「遅いよ。30分も待ったんだよ。罰としてショーケースに飾ってある苺のショートケーキ奢って」

「ふざけんな、金ねーんだわ」

「へぇ、まあいいや。それよりなんでお兄はレイが好きなわけ? 私よくオフ会行ってるんだけどレイ好きの人みたことないし」


 口を尖らせて不満をぶつける舞。俺の金ない発言に対しての返しも、本当にどうでも良さそうなことが伝わってくる。こいつは俺が死にそうなとき絶対助けてはくれないだろう。


 俺だっておまえがリリック推しということに納得いかないんじゃボケ。あんな見た目が胡散臭いヤツのどこがいいんだよ。


「お兄、キャラ全部攻略した!? 私マゼンダがまだなんだ。ほら、マゼンダって俺様系じゃない? そういう人、ちょっと苦手でー」


 レイのところばかりひたすらプレイしていた俺は誰一人として攻略できていない。むしろ、そこまで辿りついていない。舞の話についていけないので、


「進めてもレイが生き返るわけじゃないんだろ」

 自分のゲームの進み具合をストーリーのせいにしてみる。


「はあ!? 生き返らない……けど……お兄、このゲーム三ヶ月前に買ったって言ってたよね? 今まで何してたわけ!?」

「いや、だからレイのとこを永遠と……」

「だーかーらー! レイはゲームのあらすじでネタバレ食うほどの死にキャラじゃん!」


 舞の言い分はごもっともだ。けれど、俺は説教を聞きにきたわけじゃない。舞をレイ推しにするために外に飛び出して残り少ない所持金使って今会ってるんだ。このまま妹の言いようにはさせない。その後も一生懸命レイの良さを説明するも、本当に興味がないようで終始「へー、ふーん」と聞き流されてしまった。


「だから、俺はレイがソウルに殺されることが許せないんだって!」

「それもう十万回聞いた。仕方ないじゃん、死んじゃったんだから。まあ、リリック様のルートは主人公ミケとポルニア国から抜け出して幸せになってるしー、ユーデルのルートはソウルに殺されたと見せかけて奇跡的に一命を取りとめてユーデルの地元の国のアクアニア国で幸せに暮らしてるし。マゼンダも多分そんな感じなんだろうね。まあ、結局最後はソウルにポルニア国ごと乗っ取られるんだけど、王子候補とミケが幸せならいいよね。あ、私この後友達と会うから。じゃあ、リリックのルートクリアしたら教えて!」


 やっぱり誰もソウルに叶いはしないのか……要するにこのゲームは自分の城を、国を捨てて王子達と結ばれる話らしい。全然ハッピーじゃねぇじゃねぇか……

 舞は散々俺に力説した後、時間を気にしながら「じゃあね」と、カフェを後にした。結局俺は舞に何一つレイの良さを伝えられなかった。


 俺はこんなに好きなのに、そんなにレイはゲームの中で不必要なキャラなのだろうか。SNSでもレイ好きの共通の友達を見つけようとしたけれど、そもそもレイ好きがいないという悪循環に苛まれ、いつしかSNSをまったく開かなくなっていた。


 深いため息を吐きながら舞が口を付けたアイスコーヒーを飲み干しカフェを後にした。


 ちくしょう……俺も誰かと一緒に同じ熱量で推しのことをめいいっぱい語ってみたかった。


 目に涙を浮かべながら横断歩道を渡っていると、クラクションと同時に俺のいる方向へと車が突進してきた。と同時に俺は死の覚悟を決めた。死ぬ間際、頭に浮かんできた人物は親でもなければ、元カノでも友人でも舞でもなかった。浮かんできた人物はレイで、最後にレイの顔を思い浮かべれたことで、こういう人生も悪くなかったなと思えた。


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