海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

文字の大きさ
42 / 107
第四章 続・河東争奪

第三十九矢 乱戦

しおりを挟む
今川軍本陣をどこか寂しさを感じるそよ風が吹き抜けた。

「達者でな、義就。」

犬丸の耳にそうささやきがそよ風と共に聞こえてきた。

「父上?」

犬丸が思わず後ろを振り返るも、そこには範高の姿はない。

「何を呆けておる。」

すると、今度は横からいつもの憎たらしい声が聞こえた。

「いや、父上の声が聞こえた気がして…」
「全く駄犬は…範高殿がここにおるはずなかろう。今頃、我が叔父と共に奮戦しておられるはずじゃ。」

藤三郎は犬丸に悪態をつく。

「それもそうじゃな。あと駄犬ではない。忠犬と言え、小便垂れが。」

犬丸は藤三郎の言うことに納得して、前を向いた。

(まずい、このままでは…)

範高が命を散らした頃、同じく今川軍右翼を指揮していた朝比奈泰能もまた苦戦を強いられていた。

当初は北条氏康の猛攻を防いでいた今川軍右翼だったが、ここにきて北条兵たちに押され始めていた。
特に先ほど範高が指揮していたところでは、すでに北条兵たちに呑まれかけていた。

(三浦、無事であれよ…!)

泰能はそう願い、全体的に劣勢の中でも孤軍奮闘していたが、味方が次々に倒されていく。
泰能も複数の北条兵に襲われて、斬り倒すものの湧き出るように北条兵は泰能に襲いかかってくる。

「次から次へときりがないわ!」

さすがに泰能も疲れが見え始めた時、泰能の後方から今川兵が一気に押し寄せて何とか盛り返した。

「援軍か!」

少し声が弾んだ泰能の横まで俺が馬を走らせる。

「殿!!!」
「うん、遅くなってごめん。」
「いえいえ!殿自ら援軍に来てくださるとは…この朝比奈泰能、感激の極みでございまする!」
「まあまあ、感激は後にして今は目の前の敵に集中しましょ。」
「はっ!!」

泰能は今までの疲れが吹っ飛んだかのように元気に返事をした。

「あれは…もしや!」

一方、今川兵の援軍の正体に気づいた氏康は北条兵らに号令をかける。

「義元の首はすぐそこじゃ!突撃せよ!」

義元の姿を捉えた北条兵たちは士気がさらに増して、義元の首を討ち取らんと勢いそのままに突撃してきた。

「氏康を討ち取る!」

今川兵も氏康を討ち取らんと突撃を仕掛ける。
どちらも一歩も譲らない乱戦が始まった。

他方、今川軍左翼でも岡部親綱と北条綱高による争いが激化していた。
お互いがあまり実力に差がなく拮抗しているからか、なかなかに決着がつかない。

「強いのう、まるであの戦馬鹿と手合わせをしているようじゃわ。」

綱高は少し息が上がりながらも、槍を素早く乱れ打ちして攻撃の手を緩めようとしない。

「貴様もな!」

片や、親綱も力強い突きで綱高の身体を貫こうとする。

両者ともに強気で闘いに臨んでいた。

今川軍左翼と相対していた松田盛秀は険しい表情を浮かべていた。

親綱は綱高が相手をして動きを封じているが、兵力差が元々あったのに加えて、そろそろ今川兵を足止めするのに限界が近づいていたのだ。

「そろそろ潮時か…」

そして、それは親綱と交戦中の綱高も周囲の状況からして感じとっていた。

(こやつはともかく、全体の情勢が悪そうじゃ。ふむ、今のうちに殿に対する弁明を考えておいた方がよさそうだ。)

「まあ、その前に後々脅威になりかねんこやつを潰さねばな。」

綱高と親綱の闘いはまだまだ長引きそうであった。

また、多目元忠が率いる北条兵も窮地に追い込まれていた。
というのも、武田軍がじわじわと攻勢を強めていたのがここにきて影響が出ていたのだ。

そんな中、武田晴信は北条兵にトドメを刺そうとしていた。

「よし、終わらせようか。」

途端に、武田軍は今までとは比べ物にならないほどの猛攻を仕掛けてきた。
息切れし始めていた北条兵はこの武田軍の猛攻の前に耐えきれず、ついに屈して北条兵は総崩れとなった。

北条と今川の決着の時は刻一刻と迫っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...