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第六章 三つ巴
第七十一矢 木曽谷の戦い
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時を遡ること数十日前、まだ義元が出陣して間もない頃。
「あれが木曽と斎藤の軍勢か…」
武田晴信はちょっとした丘の頂上から見える木曽谷に陣を構える木曽・斎藤軍を見下ろしていた。
南信濃・木曽谷。
この地で、両軍による決戦が始まらんとしていた。
「美濃の蝮、か…」
晴信はそうつぶやくと、フフッと不敵な笑みを浮かべた。
「わしの野望を阻む者は誰であろうが許しはせぬ。」
晴信は持っていた軍配団扇を振り下ろす。
「全軍突撃せよ!!」
次の瞬間、甘利信忠と板垣信憲、そして飯富虎昌といった武田の精鋭部隊は丘を勢いよく駆け下る。
最初に木曽・斎藤軍と相まみえたのは甲冑や旗が朱で統一された戦場でも一際目立つ騎馬隊。
そう、虎昌率いる赤備えであった。
騎兵のみだけで構成された赤備えは瞬く間に丘を下り木曽・斎藤軍に急襲を仕掛けた。
「な、何じゃ!?何が…」
突然の敵襲に木曽軍は混乱状態に陥った。
そんな木曽兵らを虎昌は素早く仕留め、ドンドンと木曽兵をなぎ倒していく。
木曽軍の混乱は波紋のように広がり、斎藤軍にも混乱が及んだ。
そして、そこに信忠や信憲などが斎藤軍に突撃していった。
武田軍の猛攻に斎藤軍は後手に後手に回る。
このままでは潰走してしまう。
斎藤兵がそう思った時、混乱状態の斎藤兵らに斎藤道三はたった一言、声をかけた。
「鎮まれ。」
道三のずっしりとした迫力のある声色は戦場に響き渡り、敵味方問わず兵を威圧した。
そして、一瞬にして斎藤軍の混乱が鎮まった。
斎藤軍は本来の力を取り戻し、武田軍を押し返した。
それを見計らって道三は各将に指示を出し、騎兵を後方に下げ隙間なく敷き詰められた歩兵を前線へと上げさせる。
これによって、斎藤軍は防御を固めて武田軍の猛攻をしのごうとした。
「くっ、倒しても倒してもきりが無い…!」
武田軍であれども、守りをガッチリと固めた斎藤軍を前になかなか前進することができない。
武田の勢いを完全に消し去り、戦の主導権を武田から奪っていく。そして、主導権が自身の手に渡った時に武田を一気に叩きのめす。
これこそが道三の狙いだった。
(戦とは、単純に武勇に優れし軍が勝つのではない。より策略に優れし軍が勝つのじゃ。)
道三は口髭を触りながら、目を細め戦場を見つめる。
一方、木曽軍は武田軍に押し込まれていた。
木曽兵が態勢を整えようとするが、それを武田軍の猛攻が許さない。
その最前線では虎昌が先頭で槍を振るい、赤備えを引っ張っていた。
虎昌は甘利虎泰や板垣信方などと共に長年武田を支えてきた重臣である。
虎昌らは晴信に忠義を誓っており、武田信虎を追放する際にも加担し、晴信の野望である信濃統一は虎昌らの夢であった。
しかし、虎泰と信方は少し前の北信濃での戦で志半ばにしてこの世を去った。
(虎泰、信方の分までこのわしが晴信様を支えねば…!)
全ては主君と亡き友のために。
目の前には、まだ遠いが木曽軍大将の姿が見えた。
虎昌は決意を胸にただ前を見て進んでいく。
そして、同じ決意を持つ若き将が二人。
虎泰の嫡男・信忠と信方の嫡男・信憲である。
幼い頃から父を見ていた彼らにとって、偉い方である主君に仕える父は憧憬の対象だった。
いつか父のようになりたい。
それが彼らの夢であり、目標であった。
二人の若き将は父の背を追い、斎藤軍と一進一退の攻防を繰り広げる。
木曽軍の大将・木曽義康は窮地にあった。
気迫溢れる虎昌がすぐそばまで迫ってきていたのだ。
「…ひっ!」
その姿を見て義康は思ってしまった。
虎昌と義康では器が違う、と。
そして次に芽生えてきたのは、虎昌への畏怖であった。
「殿、早くこの場から離れてくださいませ!武田がすぐそばまで迫っておりまする!」
義康の側近が義康を促す。
「わかっておる!!」
戦意を完全に失ってしまった義康は虎昌から背を向けて急いで馬に乗り、さらに後方へと移動した。
しかし、それが決め手となった。
自身の主君の不甲斐なさを見ていた木曽兵らはあからさまに士気が低下して、逆に義康を追い詰めた武田兵は士気が上がった。
義康がそのことに気づいて、慌てて軍を立て直そうとするがすでに時遅し。
まもなくして木曽軍は総崩れとなったのだ。
「…勝敗は決したな。」
その光景を丘から見ていた晴信は静かにそう言った。
時を同じくして道三がつぶやいた。
「木曽め、足を引っ張りおって…いや、その木曽を破った武田を褒めるべきか。」
赤備えは潰走し始める木曽軍に目もくれず、斎藤軍へ突進してくる。
このまま戦を続行すれば挟撃を喰らうのは確実で、そうなれば勝ち目はほぼないだろう。
「木曽の地を奪われるのは惜しいが、今は退くしかあるまい…」
道三は戦場に踵を返し、軍を撤退させた。
木曽谷の戦いは武田軍の勝利に終わったのであった。
その後、武田軍は南信濃の城を次々と落としていき、ついに木曽の本拠地である福島城を包囲した。
木曽は大軍の前に切れ伏すしか道はなかった。
こうして、武田は北信濃を除いた信濃の大部分を支配下に治めたのである。
「あれが木曽と斎藤の軍勢か…」
武田晴信はちょっとした丘の頂上から見える木曽谷に陣を構える木曽・斎藤軍を見下ろしていた。
南信濃・木曽谷。
この地で、両軍による決戦が始まらんとしていた。
「美濃の蝮、か…」
晴信はそうつぶやくと、フフッと不敵な笑みを浮かべた。
「わしの野望を阻む者は誰であろうが許しはせぬ。」
晴信は持っていた軍配団扇を振り下ろす。
「全軍突撃せよ!!」
次の瞬間、甘利信忠と板垣信憲、そして飯富虎昌といった武田の精鋭部隊は丘を勢いよく駆け下る。
最初に木曽・斎藤軍と相まみえたのは甲冑や旗が朱で統一された戦場でも一際目立つ騎馬隊。
そう、虎昌率いる赤備えであった。
騎兵のみだけで構成された赤備えは瞬く間に丘を下り木曽・斎藤軍に急襲を仕掛けた。
「な、何じゃ!?何が…」
突然の敵襲に木曽軍は混乱状態に陥った。
そんな木曽兵らを虎昌は素早く仕留め、ドンドンと木曽兵をなぎ倒していく。
木曽軍の混乱は波紋のように広がり、斎藤軍にも混乱が及んだ。
そして、そこに信忠や信憲などが斎藤軍に突撃していった。
武田軍の猛攻に斎藤軍は後手に後手に回る。
このままでは潰走してしまう。
斎藤兵がそう思った時、混乱状態の斎藤兵らに斎藤道三はたった一言、声をかけた。
「鎮まれ。」
道三のずっしりとした迫力のある声色は戦場に響き渡り、敵味方問わず兵を威圧した。
そして、一瞬にして斎藤軍の混乱が鎮まった。
斎藤軍は本来の力を取り戻し、武田軍を押し返した。
それを見計らって道三は各将に指示を出し、騎兵を後方に下げ隙間なく敷き詰められた歩兵を前線へと上げさせる。
これによって、斎藤軍は防御を固めて武田軍の猛攻をしのごうとした。
「くっ、倒しても倒してもきりが無い…!」
武田軍であれども、守りをガッチリと固めた斎藤軍を前になかなか前進することができない。
武田の勢いを完全に消し去り、戦の主導権を武田から奪っていく。そして、主導権が自身の手に渡った時に武田を一気に叩きのめす。
これこそが道三の狙いだった。
(戦とは、単純に武勇に優れし軍が勝つのではない。より策略に優れし軍が勝つのじゃ。)
道三は口髭を触りながら、目を細め戦場を見つめる。
一方、木曽軍は武田軍に押し込まれていた。
木曽兵が態勢を整えようとするが、それを武田軍の猛攻が許さない。
その最前線では虎昌が先頭で槍を振るい、赤備えを引っ張っていた。
虎昌は甘利虎泰や板垣信方などと共に長年武田を支えてきた重臣である。
虎昌らは晴信に忠義を誓っており、武田信虎を追放する際にも加担し、晴信の野望である信濃統一は虎昌らの夢であった。
しかし、虎泰と信方は少し前の北信濃での戦で志半ばにしてこの世を去った。
(虎泰、信方の分までこのわしが晴信様を支えねば…!)
全ては主君と亡き友のために。
目の前には、まだ遠いが木曽軍大将の姿が見えた。
虎昌は決意を胸にただ前を見て進んでいく。
そして、同じ決意を持つ若き将が二人。
虎泰の嫡男・信忠と信方の嫡男・信憲である。
幼い頃から父を見ていた彼らにとって、偉い方である主君に仕える父は憧憬の対象だった。
いつか父のようになりたい。
それが彼らの夢であり、目標であった。
二人の若き将は父の背を追い、斎藤軍と一進一退の攻防を繰り広げる。
木曽軍の大将・木曽義康は窮地にあった。
気迫溢れる虎昌がすぐそばまで迫ってきていたのだ。
「…ひっ!」
その姿を見て義康は思ってしまった。
虎昌と義康では器が違う、と。
そして次に芽生えてきたのは、虎昌への畏怖であった。
「殿、早くこの場から離れてくださいませ!武田がすぐそばまで迫っておりまする!」
義康の側近が義康を促す。
「わかっておる!!」
戦意を完全に失ってしまった義康は虎昌から背を向けて急いで馬に乗り、さらに後方へと移動した。
しかし、それが決め手となった。
自身の主君の不甲斐なさを見ていた木曽兵らはあからさまに士気が低下して、逆に義康を追い詰めた武田兵は士気が上がった。
義康がそのことに気づいて、慌てて軍を立て直そうとするがすでに時遅し。
まもなくして木曽軍は総崩れとなったのだ。
「…勝敗は決したな。」
その光景を丘から見ていた晴信は静かにそう言った。
時を同じくして道三がつぶやいた。
「木曽め、足を引っ張りおって…いや、その木曽を破った武田を褒めるべきか。」
赤備えは潰走し始める木曽軍に目もくれず、斎藤軍へ突進してくる。
このまま戦を続行すれば挟撃を喰らうのは確実で、そうなれば勝ち目はほぼないだろう。
「木曽の地を奪われるのは惜しいが、今は退くしかあるまい…」
道三は戦場に踵を返し、軍を撤退させた。
木曽谷の戦いは武田軍の勝利に終わったのであった。
その後、武田軍は南信濃の城を次々と落としていき、ついに木曽の本拠地である福島城を包囲した。
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