1 / 56
第1幕
第1話 虐げられ続けた令嬢1-1
しおりを挟む
鉄格子のある窓の外は澄み切った青空が広がっており、どこまで自由に見えた。
檻のような屋敷で、寝る間もないほどの発注書が山のようになっている。
エレジア国に保護されて今日で三年目。今抱えている発注書を終えれば、この屋敷から、いや叔父夫婦から離れて国を出ようと思っていた──いや、そういう約束だったはずだ。
それが覆る。
「オリビア・クリフォード子爵令嬢、おめでとうございます。竜魔王の生贄に選ばれました!」
「え」
名誉なことだと言わんばかりに張りのある声が屋敷内に轟いた。
地獄が終わったと思えば、新たな地獄の釜が私を誘う。どこまで行っても終わらない永久牢獄。
それが私の人生なのだろうか。
竜魔王。
生贄。
どれも初耳だ。
自室で内職をしていた私は何事かと自室を出た。この三年、食事は最低限しか出してもらえなかったのと、一日中部屋に軟禁状態だったため足腰の力が衰えているからか、ふらふらしながらも屋敷入口へと向かった。
ふと廊下にある姿見に自分の姿が映った。
ここ三年、自分の身なりに気を遣う暇もなく骨ばった体、寝不足で不健康そうな少女が自分だと思わず、一瞬固まってしまった。
長い蜂蜜色の髪はぼさぼさで、アメジストの瞳は寝不足で目が充血している。服装も使用人たちの紺のドレスをアレンジして着こなしているが、継ぎ接ぎだらけでどう見ても子爵令嬢とは見えない。
(さすがに、このままじゃ駄目ね)
手櫛で軽く髪を梳き少し整えたて、廊下を歩き出す。焼け石に水だったかもしれないが、気持ちの問題だ。
屋敷内はざわついており、先ほどの声は屋敷の玄関口からだったと思い急ぐ。
吹き抜けの階段のところまでなんとか辿り着き、そこで屋敷を尋ねた客人たちが誰なのかわかった。
法衣に身を包んだ枢機卿と、甲冑に身を包んだ騎士たち。
物々しい空気に屋敷の使用人や侍女たちも動揺しており、枢機卿の後から屋敷に足を踏み入れた人物によってさらに空気が変わった。
この国の第二王子クリストファ・ドナルド・ドレーク、私の婚約者が現れた。金髪碧眼の美丈夫で、佇んでいるだけでも雰囲気が違う。今年二十三歳という若さでありながら、国王の片腕として政務を執り行っている。民衆からの支持もあり「王族の鑑」と使用人たちが話しているのを耳にしたことがあった。
婚約者となってから半年は足しげく屋敷に通ってくれたが、一年、二年と経つにつれて顔を見せずに発注書やら頼みごとの書状ばかりが増えていった。贈り物は定期的に寄こしてくれるものの、その殆どは叔父夫婦や使用人たちに奪い取られてしまったが。
久しぶりに顔を見せた殿下は、私に声をかけた。
「やあ、オリビア嬢」
「クリストファ殿下、竜魔王の生贄とは……何かの冗談でしょうか?」
困惑する私に、クリストファは柔らかな笑みを浮かべた。
その笑みに安堵しかけた直前。
「いいかい、オリビア。竜魔王から直々に指名を受けるなんて、これ以上の名誉なことはない。婚約者としてとても、とても辛いけれど……これも我がエレジア国の繫栄のため受け入れてくれるだろう」
「なっ」
耳を疑うような言葉に、固まった。
あっさりと婚約者を切り捨てる声のトーンが、愛を囁く時と変わらないのだ。つまり彼にとって私はその程度の存在だったのだと今更ながら思い知らされた。
もっとも薄々は気づいていた。
クリストファ殿下の婚約者となったのは三年前。亡国の令嬢を王族が保護する名目で婚約は結ばれた。
そこには政治的取引しかなく、愛はない。「オリビアを思うことはない。けれどこの国の次の世代の王として、生活が困らないように尽力する」と言葉をかけてくれたのだ。言葉通り衣食住の手配をしてくれた。
だから愛はなくても、情のようなものはあると期待していた──いや、そう思いたかった。
「クリストファ殿下。話が違います!」
「そうだったかな」
「私たちは祖国フィデスの呪いを解く方法を模索するため、錬金術や付与魔法の提供の代わりに三年の間の保護を条件に入国したと叔父から聞きました。婚約をするのも一時的なもので、祖国を復興させるため助力していただけると──」
「おや、君の叔父夫婦から聞いた話とはいささか異なるようだが。……国民が石化して滅んだ国などより、我が国の危機が大事なのだからしょうがないだろう。何より君が我が国に亡命して三年、石化を解く方法を見つかってないと聞くが」
「それは……。魔導ギルドに委託からの報告がまだなだけで、調査を進めてくれているはずです」
三年前、竜魔王の加護が消えたからか魔物の襲撃によって、国民全てが石化し祖国フィデスは滅びた。叔父夫婦と私は偶然にも隣国のエレジアの領土にいたため石化から免れた──らしい。
ただこのあたりの記憶が曖昧だ。
なぜ隣国に居たのか、自国で私はどのような生活をしていたのかが殆ど思い出せない。日々、錬金術や付与魔法の研究をしていたような──森の大きな屋敷で暮らしていた──そんなぼんやりとした記憶だけしか残っていない。
叔父夫婦は王族に期間限定で保護を求め、その見返りに祖国の錬金術や魔法の技術を提示した。その結果、私の三年は回復薬、毒消し、美容の若返りなどの薬を調合で消えた。
魔法に関しては、魔物除け、魔法防御、物理防御などが付与された小物の注文が多く寄せられていた。これらの収入源は王族であるクリストファ殿下、そして叔父夫婦によって搾取され残った僅かな金額は魔導ギルドへの調査依頼へと送金していた。
檻のような屋敷で、寝る間もないほどの発注書が山のようになっている。
エレジア国に保護されて今日で三年目。今抱えている発注書を終えれば、この屋敷から、いや叔父夫婦から離れて国を出ようと思っていた──いや、そういう約束だったはずだ。
それが覆る。
「オリビア・クリフォード子爵令嬢、おめでとうございます。竜魔王の生贄に選ばれました!」
「え」
名誉なことだと言わんばかりに張りのある声が屋敷内に轟いた。
地獄が終わったと思えば、新たな地獄の釜が私を誘う。どこまで行っても終わらない永久牢獄。
それが私の人生なのだろうか。
竜魔王。
生贄。
どれも初耳だ。
自室で内職をしていた私は何事かと自室を出た。この三年、食事は最低限しか出してもらえなかったのと、一日中部屋に軟禁状態だったため足腰の力が衰えているからか、ふらふらしながらも屋敷入口へと向かった。
ふと廊下にある姿見に自分の姿が映った。
ここ三年、自分の身なりに気を遣う暇もなく骨ばった体、寝不足で不健康そうな少女が自分だと思わず、一瞬固まってしまった。
長い蜂蜜色の髪はぼさぼさで、アメジストの瞳は寝不足で目が充血している。服装も使用人たちの紺のドレスをアレンジして着こなしているが、継ぎ接ぎだらけでどう見ても子爵令嬢とは見えない。
(さすがに、このままじゃ駄目ね)
手櫛で軽く髪を梳き少し整えたて、廊下を歩き出す。焼け石に水だったかもしれないが、気持ちの問題だ。
屋敷内はざわついており、先ほどの声は屋敷の玄関口からだったと思い急ぐ。
吹き抜けの階段のところまでなんとか辿り着き、そこで屋敷を尋ねた客人たちが誰なのかわかった。
法衣に身を包んだ枢機卿と、甲冑に身を包んだ騎士たち。
物々しい空気に屋敷の使用人や侍女たちも動揺しており、枢機卿の後から屋敷に足を踏み入れた人物によってさらに空気が変わった。
この国の第二王子クリストファ・ドナルド・ドレーク、私の婚約者が現れた。金髪碧眼の美丈夫で、佇んでいるだけでも雰囲気が違う。今年二十三歳という若さでありながら、国王の片腕として政務を執り行っている。民衆からの支持もあり「王族の鑑」と使用人たちが話しているのを耳にしたことがあった。
婚約者となってから半年は足しげく屋敷に通ってくれたが、一年、二年と経つにつれて顔を見せずに発注書やら頼みごとの書状ばかりが増えていった。贈り物は定期的に寄こしてくれるものの、その殆どは叔父夫婦や使用人たちに奪い取られてしまったが。
久しぶりに顔を見せた殿下は、私に声をかけた。
「やあ、オリビア嬢」
「クリストファ殿下、竜魔王の生贄とは……何かの冗談でしょうか?」
困惑する私に、クリストファは柔らかな笑みを浮かべた。
その笑みに安堵しかけた直前。
「いいかい、オリビア。竜魔王から直々に指名を受けるなんて、これ以上の名誉なことはない。婚約者としてとても、とても辛いけれど……これも我がエレジア国の繫栄のため受け入れてくれるだろう」
「なっ」
耳を疑うような言葉に、固まった。
あっさりと婚約者を切り捨てる声のトーンが、愛を囁く時と変わらないのだ。つまり彼にとって私はその程度の存在だったのだと今更ながら思い知らされた。
もっとも薄々は気づいていた。
クリストファ殿下の婚約者となったのは三年前。亡国の令嬢を王族が保護する名目で婚約は結ばれた。
そこには政治的取引しかなく、愛はない。「オリビアを思うことはない。けれどこの国の次の世代の王として、生活が困らないように尽力する」と言葉をかけてくれたのだ。言葉通り衣食住の手配をしてくれた。
だから愛はなくても、情のようなものはあると期待していた──いや、そう思いたかった。
「クリストファ殿下。話が違います!」
「そうだったかな」
「私たちは祖国フィデスの呪いを解く方法を模索するため、錬金術や付与魔法の提供の代わりに三年の間の保護を条件に入国したと叔父から聞きました。婚約をするのも一時的なもので、祖国を復興させるため助力していただけると──」
「おや、君の叔父夫婦から聞いた話とはいささか異なるようだが。……国民が石化して滅んだ国などより、我が国の危機が大事なのだからしょうがないだろう。何より君が我が国に亡命して三年、石化を解く方法を見つかってないと聞くが」
「それは……。魔導ギルドに委託からの報告がまだなだけで、調査を進めてくれているはずです」
三年前、竜魔王の加護が消えたからか魔物の襲撃によって、国民全てが石化し祖国フィデスは滅びた。叔父夫婦と私は偶然にも隣国のエレジアの領土にいたため石化から免れた──らしい。
ただこのあたりの記憶が曖昧だ。
なぜ隣国に居たのか、自国で私はどのような生活をしていたのかが殆ど思い出せない。日々、錬金術や付与魔法の研究をしていたような──森の大きな屋敷で暮らしていた──そんなぼんやりとした記憶だけしか残っていない。
叔父夫婦は王族に期間限定で保護を求め、その見返りに祖国の錬金術や魔法の技術を提示した。その結果、私の三年は回復薬、毒消し、美容の若返りなどの薬を調合で消えた。
魔法に関しては、魔物除け、魔法防御、物理防御などが付与された小物の注文が多く寄せられていた。これらの収入源は王族であるクリストファ殿下、そして叔父夫婦によって搾取され残った僅かな金額は魔導ギルドへの調査依頼へと送金していた。
102
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
悪妃になんて、ならなきゃよかった
よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨
恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる