毒殺を行うほど目障りだったのなら、報復してから消えますわね~第二の人生は好きに生きますので~

あさぎかな@コミカライズ決定

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第1幕

8.5 元夫フィリップの視点

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 オルストン子爵家は、古く由緒正しい家柄だった。代々ワインの名産地として有名な領地を持ち、貴婦人向けの化粧品やドレスなど様々な事業に着手してきた。特に父は化粧品に注目し、白粉や緑の美しいドレスの商品をいち早く取り入れて、社交界で披露した。

 どちらの商品も爆発的な人気を生み、紳士の方々にはフェルト製の帽子が大流行した。順調な滑り出しで、私財は侯爵家と並ぶのではないかと父は喜んでいた。
 しかしその順調だった事業は僅か数年で、王家から販売禁止命令が出た。どれも人外に影響を与える物質が混じっていたという。

 白粉には鉛が入っていたため、鉛中毒が引き起こされたと貴婦人たちの訴えがあったから。緑のドレスは「悪魔の色」と言われ、何人もの令嬢の命を奪ったと言われている。原因はエメラルドグリーンの顔料に含まれるヒ素だった。遅発性の中毒が発生しているという報告で調査が入ったらしい。
 それだけではなく工場で働いていた従業員も亡くなっているという。最悪だったのは兎やキツネなどの動物の毛をフェルト化する過程で、二硝酸水銀が使われていたという。どれもこれも、人外の影響が与えるということで販売は中止、被害を受けた令嬢や家への返済であっという間に借金地獄に。

 そんな時、安心で安全そしてリーズナブルな商売をしたのが、メグリノ商会だった。平民だったが、その商品内容にあっという間に顧客を奪われ、令嬢や夫人たちの興味はメグリノ商会の販売した物ばかりとなった。
 だからこそあの商会の一人娘に近づき、子爵家を盛り返すためにヘレナにアプローチをし続けた。甘い言葉を囁き、誠心誠意尽くしたらアッサリと落ちた。

 何よりメグリノ商会の商品のアイディアの一部は、ヘレナが考えていると聞き彼女の才能は利用価値があるとほくそ笑んだ。平民としては美人な部類に入るが、食指は動かなかった。

(高貴な僕の血を残すのなら、やはり貴族でなければ……)

 だからこそ優しく接するが、夜を元にすることはなかった。母には余計なことをするなと何度も言い聞かせたが、人一倍貴族としての矜持が高いせいで、ヘレナへの八つ当たりが酷かった。しかし今彼女が離縁などと言い出せば、メグリノ商会からの援助は打ち切られる。

 そんな矢先、運命の出会いをした。没落貴族のエイバ・アボットだ。知的で美しい顔立ちに、金髪碧眼のご令嬢に一目惚れした。
 彼女は銀行で働きながら家の借金を返しているという。その状況は過去の自分と重なる部分があった。バーで何度かデートを重ねて、体を重ねた。
 
 エイバと一緒に居ると、幸福で満たされ心地よかった。形だけ夫婦のヘレナよりもずっと近くに居た。そうやって少しだけエイバに援助しつつ、屋敷にあまり戻らずにエイバとホテルで過ごすことが増えて、ヘレナのことなどすっかり忘れていた。

 過干渉な母の相手も、縋ってくるヘレナもどうでも良かった。僕にはエイバが居れば、なにもいらない。そんなエイバがある時、メグリノ商会の幹部と話す機会が合ったという。僕以外の異性の話は面白くなかったが、その男は商会の全権を得るため会長と夫人を事故に見せかけて殺すと言い出した。そしてその遺書を改ざんして公平に分配すると。

「しかし遺産はメグリノ商会の一人娘であるヘレナが相続するものだろう」
「ええ、ですがそれも不幸な事故で亡くなられたら?」

 そう囁くエイバは妖艶で美しくすらあった。
 ヘレナが居なくなれば、その財産も、エイバを妻に迎えることも出来る。そうあまりにも楽観的に考えて、即答してしまった。

(ヘレナは真面目で妻として、子爵家のため奔走してくれるいい子だ。だが妻としてして考えるとやはり僕とは釣り合わない。平民の彼女は下働きのような地味な作業が似合う。そんな彼女が身の丈を弁えずに大金を手にするなど許せない。だから殺されても仕方が無い。すべてヘレナが悪いのだから)

 それから野良魔女様が協力してくれることになった。なんでも魔女を困らせることができれば、何でもいいという。
 僕たちのような貴族は多く、不条理な関係を変えるために協力しているとか。この十年でリエン教会という離縁や継承問題などで多発する事件を鑑みて、教義が変わった。それもあって、今まで有利だった夫は立場を失い離縁によって没落する貴族が増えた。

 屋敷や領地経営をしてきた夫人が夫の態度に耐えきれず、離縁や別居を望む声が増えたのもある。復縁を望む夫や、復讐をするために野良魔女様は依頼を受けるという。

(全てが上手くいったら南の島でバカンスも良い)

 そう全ては上手くいく、そう思っていたのに──。
 気付けば魔女の介入でヘレナは一命を取り留め、 リエン教会に保護されることになった。

 それからは事情聴取というなの取り調べを受け、完全に犯人扱いを受けた。屋敷に戻り抗議してやろうと思っていた矢先、ヘレナを奪い返すことも出来ずその場で離縁書にサインをさせられた。

 業腹だったが、それでも今回の殺人の件が表沙汰にならずに済むのなら致し方ない処置だった。エイバはヒステリーになるかもしれないが、そこは僕が宥めればいい。

 そう思ってエイバのマンションに向かった──が、そこには誰も居なかった。
 いや何もなかったのだ。

「は?」

 夜逃げした後で、最初から誰も住んでいなかったように綺麗になっている。

(僕を騙して逃げた? それもとも何かに巻き込まれて──)
「ああ、君がもしかしてフィリップ・オルストン? ああ、そうだ。エイバが言っていた特徴とぴったりだ」

 振り返った所には真っ黒なローブに身を包んだ野良魔女様が佇んでいた。背丈からみ12、3歳の少女だ。以前僕があった野良魔女様とは違うが、とんがり帽子に、黒のローブ、変わった杖となれば間違いないだろう。

「野良魔女様……?」
「そうそう。君の元妻がね、私たちの標的の元にいるから、
「え、は?」

 意味が分からないことを言い出した。冗談じゃない。僕はもうヘレナとは関わらないと契約をしたし、関わりたいとも思わない。下手に関われば今回のことを表沙汰にする。そう野良魔女様に告げたのだが、彼女はこてん、と小首を傾げた。

「そんなの私たちには関係ないわ」

 そう言った野良魔女様は濁った瞳で、深淵よりもなお深い闇を宿していた。
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