12 / 18
12 閑話休題
しおりを挟む
ゴールデンウィークになっても、夜中の急患は多い。むしろ連休のせいかテンションが乱高下した患者が普段より多く現れる傾向にある。
それでも家泉とイリヤは、いつもの夜勤と同様に仕事をこなしていたが、受付を行っている最中にトラブルは起きた。
順番を待っている患者同士がケンカを始めたのだ。
「おい、こっちがひどいケガなんだ。優先して診てくれよ!」
「割り込むな!順番守れよ!!」
「なんだよ、カンケ―ねえお前は引っ込んでろ!」
どちらも気が立っているのか言い合いはすぐに殴り合いに発展し、玄関先で乱闘騒ぎとなった。だが家泉が声をかける間も無く、イリヤは暴れている男たちの間に割って入った。
右手で相手を殴ろうとする男性の腕を止め、左手でもう一人の男性を制する。
男たちはイリヤに抑えられても動こうともがいていたが、彼女の手をふりほどくどころか、1ミリも動かせないことが分かってくると、信じられないと言った様子でイリヤを見た。
その結果、荒んでいた空気が戸惑いを含んだものに代わり、騒ぎもわずかに収まりを見せ始める。頃合いを見て男たちにイリヤが口を開いた。
「他の患者さんもいらっしゃいます。どうかお静かに」
イリヤの形の良い唇から牙が見えた途端、騒いでいた男たちは青ざめて完全におとなしくなった。
「ひっ……す、すみませんでした!」
「俺もすみません!もう暴れないんで!」
騒いでいた男性はそう言っておとなしくなると、黙って受付を済ませて待合室へと入っていく。その間も何人かがイリヤの方をちらちらと怯えたように見ていた。
決して好意的とは言えない視線を浴びてもイリヤは平然と目の前の仕事をしていたが、しばらくして患者が少なくなり、受付に訪れる人がいなくなると家泉にイリヤが話しかけてきた。
「あの、家泉さん」
「はい?」
「……やっぱり吸血鬼って怖いんでしょうか」
明らかに気落ちした声のトーンが聞こえてきて、家泉はどんな言葉をかけるべきか悩んだ。
吸血鬼はこの10年の間で社会進出してきた存在で、数こそ増えてきたが割合から見れば、やはり人間が絶対的多数を占めている。おまけに彼らは太陽が出ている間は出歩くことが無く、人間と交わる機会が少ない。よって、吸血鬼と触れ合うことができる人間の数も限られてくる。
この世界は人間と吸血鬼が共存している社会と言えば聞こえはいいが、現状は一枚岩とは言い難い。
吸血鬼を受け入れていこうとする人間も多くいる反面、吸血鬼と顔を合わせることすらほとんど経験がない人間もいる。つまり後者の人々からすると、吸血鬼は今でも恐怖に感じる存在なのだ。
家泉は言葉を選びながら答える。
「実際に、吸血鬼と呼ばれる人を怖いと感じる人間はいると思います」
「そうですか……」
「でも、それはまだ吸血鬼たちがこっちに来て10年くらいしか経っていないこともあるし、数も少なくて普段はなかなか触れ合うことがないからだと、おれは考えています」
「あまり接触する機会がないから、ということですか」
「そうです。だから、これからお互いが触れ合う機会も増えて、それが何十年も続けば、今の状態からずいぶん変わっていくはずです」
「何十年というのは人間には長いと思うのですが」
「個人では長い年月ですけど、人間の社会って10年単位でいろんなことが変わっているようでも、意識的には変化するのは時間がかかるんですよ。だけど、イリヤさんがもしも後100年この世界にいたら、吸血鬼と人間がもっと当たり前に一緒にいられる世の中になっていると思います」
「今はしかたないってことですね」
そう言ったイリヤの表情に、家泉は何とも言えない気持ちになって、慌てて首を横に振る。
「落ち込まないでください。少なくともここの病院のスタッフはイリヤさんを怖いとか思ってないですし、おれはイリヤさんとこうして話をしてるの楽しいです」
その言葉にイリヤが固まる。そしてものすごく、ぎこちなく家泉を振り返った。
「……わたし、との話が楽しい、です、か?」
「え?おれ変なこと言いました?」
「い、い、いいえ」
いきなりイリヤが変に言葉を区切って話すので、家泉は自分が何か変なことを言ったのかと思ったが、心当たりは無かった。
しかしイリヤはその後もどことなく落ち着かない様子で、家泉とあまり会話もないまま、夜勤の時間を終えると挨拶もそこそこに帰ってしまった。
それでも家泉とイリヤは、いつもの夜勤と同様に仕事をこなしていたが、受付を行っている最中にトラブルは起きた。
順番を待っている患者同士がケンカを始めたのだ。
「おい、こっちがひどいケガなんだ。優先して診てくれよ!」
「割り込むな!順番守れよ!!」
「なんだよ、カンケ―ねえお前は引っ込んでろ!」
どちらも気が立っているのか言い合いはすぐに殴り合いに発展し、玄関先で乱闘騒ぎとなった。だが家泉が声をかける間も無く、イリヤは暴れている男たちの間に割って入った。
右手で相手を殴ろうとする男性の腕を止め、左手でもう一人の男性を制する。
男たちはイリヤに抑えられても動こうともがいていたが、彼女の手をふりほどくどころか、1ミリも動かせないことが分かってくると、信じられないと言った様子でイリヤを見た。
その結果、荒んでいた空気が戸惑いを含んだものに代わり、騒ぎもわずかに収まりを見せ始める。頃合いを見て男たちにイリヤが口を開いた。
「他の患者さんもいらっしゃいます。どうかお静かに」
イリヤの形の良い唇から牙が見えた途端、騒いでいた男たちは青ざめて完全におとなしくなった。
「ひっ……す、すみませんでした!」
「俺もすみません!もう暴れないんで!」
騒いでいた男性はそう言っておとなしくなると、黙って受付を済ませて待合室へと入っていく。その間も何人かがイリヤの方をちらちらと怯えたように見ていた。
決して好意的とは言えない視線を浴びてもイリヤは平然と目の前の仕事をしていたが、しばらくして患者が少なくなり、受付に訪れる人がいなくなると家泉にイリヤが話しかけてきた。
「あの、家泉さん」
「はい?」
「……やっぱり吸血鬼って怖いんでしょうか」
明らかに気落ちした声のトーンが聞こえてきて、家泉はどんな言葉をかけるべきか悩んだ。
吸血鬼はこの10年の間で社会進出してきた存在で、数こそ増えてきたが割合から見れば、やはり人間が絶対的多数を占めている。おまけに彼らは太陽が出ている間は出歩くことが無く、人間と交わる機会が少ない。よって、吸血鬼と触れ合うことができる人間の数も限られてくる。
この世界は人間と吸血鬼が共存している社会と言えば聞こえはいいが、現状は一枚岩とは言い難い。
吸血鬼を受け入れていこうとする人間も多くいる反面、吸血鬼と顔を合わせることすらほとんど経験がない人間もいる。つまり後者の人々からすると、吸血鬼は今でも恐怖に感じる存在なのだ。
家泉は言葉を選びながら答える。
「実際に、吸血鬼と呼ばれる人を怖いと感じる人間はいると思います」
「そうですか……」
「でも、それはまだ吸血鬼たちがこっちに来て10年くらいしか経っていないこともあるし、数も少なくて普段はなかなか触れ合うことがないからだと、おれは考えています」
「あまり接触する機会がないから、ということですか」
「そうです。だから、これからお互いが触れ合う機会も増えて、それが何十年も続けば、今の状態からずいぶん変わっていくはずです」
「何十年というのは人間には長いと思うのですが」
「個人では長い年月ですけど、人間の社会って10年単位でいろんなことが変わっているようでも、意識的には変化するのは時間がかかるんですよ。だけど、イリヤさんがもしも後100年この世界にいたら、吸血鬼と人間がもっと当たり前に一緒にいられる世の中になっていると思います」
「今はしかたないってことですね」
そう言ったイリヤの表情に、家泉は何とも言えない気持ちになって、慌てて首を横に振る。
「落ち込まないでください。少なくともここの病院のスタッフはイリヤさんを怖いとか思ってないですし、おれはイリヤさんとこうして話をしてるの楽しいです」
その言葉にイリヤが固まる。そしてものすごく、ぎこちなく家泉を振り返った。
「……わたし、との話が楽しい、です、か?」
「え?おれ変なこと言いました?」
「い、い、いいえ」
いきなりイリヤが変に言葉を区切って話すので、家泉は自分が何か変なことを言ったのかと思ったが、心当たりは無かった。
しかしイリヤはその後もどことなく落ち着かない様子で、家泉とあまり会話もないまま、夜勤の時間を終えると挨拶もそこそこに帰ってしまった。
10
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる