吸血鬼は恋する5秒前 ー人間に恋した吸血鬼とその周囲についての中間報告ー

灯トモル

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12 閑話休題

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 ゴールデンウィークになっても、夜中の急患は多い。むしろ連休のせいかテンションが乱高下した患者が普段より多く現れる傾向にある。
 それでも家泉とイリヤは、いつもの夜勤と同様に仕事をこなしていたが、受付を行っている最中にトラブルは起きた。
 順番を待っている患者同士がケンカを始めたのだ。

「おい、こっちがひどいケガなんだ。優先して診てくれよ!」
「割り込むな!順番守れよ!!」
「なんだよ、カンケ―ねえお前は引っ込んでろ!」

 どちらも気が立っているのか言い合いはすぐに殴り合いに発展し、玄関先で乱闘騒ぎとなった。だが家泉が声をかける間も無く、イリヤは暴れている男たちの間に割って入った。
 右手で相手を殴ろうとする男性の腕を止め、左手でもう一人の男性を制する。
 男たちはイリヤに抑えられても動こうともがいていたが、彼女の手をふりほどくどころか、1ミリも動かせないことが分かってくると、信じられないと言った様子でイリヤを見た。
 その結果、荒んでいた空気が戸惑いを含んだものに代わり、騒ぎもわずかに収まりを見せ始める。頃合いを見て男たちにイリヤが口を開いた。

「他の患者さんもいらっしゃいます。どうかお静かに」

 イリヤの形の良い唇から牙が見えた途端、騒いでいた男たちは青ざめて完全におとなしくなった。

「ひっ……す、すみませんでした!」
「俺もすみません!もう暴れないんで!」

 騒いでいた男性はそう言っておとなしくなると、黙って受付を済ませて待合室へと入っていく。その間も何人かがイリヤの方をちらちらと怯えたように見ていた。
 決して好意的とは言えない視線を浴びてもイリヤは平然と目の前の仕事をしていたが、しばらくして患者が少なくなり、受付に訪れる人がいなくなると家泉にイリヤが話しかけてきた。

「あの、家泉さん」
「はい?」
「……やっぱり吸血鬼って怖いんでしょうか」

 明らかに気落ちした声のトーンが聞こえてきて、家泉はどんな言葉をかけるべきか悩んだ。
 吸血鬼はこの10年の間で社会進出してきた存在で、数こそ増えてきたが割合から見れば、やはり人間が絶対的多数を占めている。おまけに彼らは太陽が出ている間は出歩くことが無く、人間と交わる機会が少ない。よって、吸血鬼と触れ合うことができる人間の数も限られてくる。 
 この世界は人間と吸血鬼が共存している社会と言えば聞こえはいいが、現状は一枚岩とは言い難い。
 吸血鬼を受け入れていこうとする人間も多くいる反面、吸血鬼と顔を合わせることすらほとんど経験がない人間もいる。つまり後者の人々からすると、吸血鬼は今でも恐怖に感じる存在なのだ。
 家泉は言葉を選びながら答える。

「実際に、吸血鬼と呼ばれる人を怖いと感じる人間はいると思います」
「そうですか……」
「でも、それはまだ吸血鬼たちがこっちに来て10年くらいしか経っていないこともあるし、数も少なくて普段はなかなか触れ合うことがないからだと、おれは考えています」
「あまり接触する機会がないから、ということですか」
「そうです。だから、これからお互いが触れ合う機会も増えて、それが何十年も続けば、今の状態からずいぶん変わっていくはずです」
「何十年というのは人間には長いと思うのですが」
「個人では長い年月ですけど、人間の社会って10年単位でいろんなことが変わっているようでも、意識的には変化するのは時間がかかるんですよ。だけど、イリヤさんがもしも後100年この世界にいたら、吸血鬼と人間がもっと当たり前に一緒にいられる世の中になっていると思います」
「今はしかたないってことですね」

 そう言ったイリヤの表情に、家泉は何とも言えない気持ちになって、慌てて首を横に振る。

「落ち込まないでください。少なくともここの病院のスタッフはイリヤさんを怖いとか思ってないですし、おれはイリヤさんとこうして話をしてるの楽しいです」

 その言葉にイリヤが固まる。そしてものすごく、ぎこちなく家泉を振り返った。 

「……わたし、との話が楽しい、です、か?」
「え?おれ変なこと言いました?」
「い、い、いいえ」

 いきなりイリヤが変に言葉を区切って話すので、家泉は自分が何か変なことを言ったのかと思ったが、心当たりは無かった。
 しかしイリヤはその後もどことなく落ち着かない様子で、家泉とあまり会話もないまま、夜勤の時間を終えると挨拶もそこそこに帰ってしまった。
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