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14 一難去って
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6月12日の夜。応接室の時計の針が8時30分を指した時、来客用のソファに座っていた人物が読んでいた報告書から目を離した。
この書類を読んでいる人物が聖職者共同団体から派遣されてきた調査員で、見た目は銀行員のようなスーツに髪もきっちり整えられている。が、目立った特徴の無い地味な男だった。
調査員はイリヤの顔を見ると背筋を伸ばして口を開く。
「報告書を読み終わりました。イリヤさんは、真面目に勤務を続けているようですね。4月に患者を大怪我を負わせたとありますが、相手との和解も済んでいるし、それ以外は大きなトラブルもないようなので、こちらも問題無しと上に報告します」
その言葉に家泉とイリヤが揃ってほっとしたように肩の力を抜いた。
彼らの様子に調査員が不思議そうな顔になったので、同席していた中谷がフォローを入れる。
「ああ、2人は仲が良いので、今回の調査が心配だったんですよ」
「なるほど。仲が良いということは、人間とのコミュニケーションも問題がないということで、こちらに情報を追加いたします」
ペンを走らせる調査員に家泉が恐々と問いかける。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
「もし、イリヤさんに問題行動があったら、強制送還だったんですか?」
家泉の言葉に、調査員は首を横に振った。
「いいえ。我々はあくまでも吸血鬼の動向を監視をして、そのレポートを出すだけです。殺人といった重大な罪を犯せばそのような措置になるでしょうが、実際はなかなか強制送還に至ることはありません」
「では、なんのために監視をしているんですか」
「人類が昔の伝説や創作物からイメージしている吸血鬼と、異世界からやって来た吸血鬼は明らかに違いますが、両者を混同している方がいらっしゃいます。そういう人たちの誤解を解くためにも、イリヤさんたちのように社会に出て働いている吸血鬼のデータを分析し、人間と共存していける材料を集めているのが我が団体です」
「そ、そうですか。ですが、昔は吸血鬼の受け入れ反対だったとか……」
「はい、確かに昔は吸血鬼の受け入れの反対運動をしていましたが、現在はそのようなことは行っておりません」
調査員の回答を聞いて家泉は心底安心した。なにしろネットで調べても、団体の変な噂ばかりが多くて内情がよくわからなかったのだ。そのせいでいろいろ考えてしまい、心配していた家泉だったが、調査員の受け答えを見る限り、予想に反して平和的な団体のようだ。
イリヤも初めは緊張していたが、話を聞いて表情に安堵の色が浮かんでいた。
調査員は中谷と報告書のことでいくつか確認をしていたものの、話は済んだらしく持っていた書類を持ってきた鞄にすべて入れるとソファから立ち上がる。
「今回の調査では問題がなかったということで、私はこれで失礼いたします」
そう言って調査員は、真面目な態度を崩すことのないまま、応接室から去っていった。
残された中谷、家泉とイリヤの3人は扉が閉まるのを見て、盛大に息を吐いて同時に立ち上がる。そして思い切り伸びをした。結果は問題がないとしても、調査自体が初めてだったせいで緊張していたのだ。
姿勢よく座っていたせいか、家泉の背中がバキバキと音を立てる。
「うわー緊張した」
「わたしもです」
「僕もだよ。あんなに真面目が絵に描いたような人が来るとは思わなかった」
「でも、無事に終わって良かったです」
「そうだね。これで一安心だよ。ああ、君たちはもう帰っていいから。おつかれさま」
「わかりました。部長もお疲れさまでした」
「お疲れ様でした。それでは、失礼します」
そう言って家泉とイリヤは部屋から退出した。
ドアを閉じて2人はそのまま病院の裏口から出ていく。今日は調査の立ち合いで夜まで残っていただけで、家泉もイリヤも夜勤の日ではなかった。
彼らは病院の建物から離れると一言も話すことなく歩き出す。先程までは、なんとなく話ができているような気がしていたが、いざ2人だけになると互いに話し辛くてなかなか口を開けない。
家泉はイリヤをちらりと見るが、彼女の表情は強張っていてぎこちない感じが漂っている。
(どうしよう。やっぱり、おれ変なこと言ったんだよな。なんか話しかけにくい)
家泉が考えている横でイリヤもひたすら黙って歩いていたが、心の中では葛藤しっぱなしだった。
(あああああ、なんで2人っきりなの?なるべく心の整理をしてから、またお話したいと思っていたのに!仕事の話はできても、今はそれ以外はムリ!絶対ムリ!!)
イリヤは、この前の夜勤中に家泉にイリヤと話をしているのが楽しいと言われてから、ずっと感情が揺れ動いて気持ちも整理できないままなのだ。一緒に住んでいるリシェからは心配されるし、なんとかしなくてはと思った矢先に、こうして帰り道を一緒に歩く羽目になっている。
(どうしたら、どうしたらいいの?)
ぐるぐると考えがまとまらないまま、とにかく歩いていると前触れなく右腕を掴まれた。はっとして我に返ると家泉が困った顔でイリヤを見ていた。
「あの、イリヤさん。この前からなんだか」
家泉の言葉に、イリヤがぎゅっと体を固くした。
だが、その2人のやりとりは予想外の声でさえぎられる。
「貴様、そこでイリヤに何をしている!」
「?!」
鋭い声がして、家泉とイリヤがとっさに声がした方向を見る。
そこには、長い濡羽色の髪に仕立ての良い服を着た吸血鬼――ジュリアーノが立っていた。
この書類を読んでいる人物が聖職者共同団体から派遣されてきた調査員で、見た目は銀行員のようなスーツに髪もきっちり整えられている。が、目立った特徴の無い地味な男だった。
調査員はイリヤの顔を見ると背筋を伸ばして口を開く。
「報告書を読み終わりました。イリヤさんは、真面目に勤務を続けているようですね。4月に患者を大怪我を負わせたとありますが、相手との和解も済んでいるし、それ以外は大きなトラブルもないようなので、こちらも問題無しと上に報告します」
その言葉に家泉とイリヤが揃ってほっとしたように肩の力を抜いた。
彼らの様子に調査員が不思議そうな顔になったので、同席していた中谷がフォローを入れる。
「ああ、2人は仲が良いので、今回の調査が心配だったんですよ」
「なるほど。仲が良いということは、人間とのコミュニケーションも問題がないということで、こちらに情報を追加いたします」
ペンを走らせる調査員に家泉が恐々と問いかける。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
「もし、イリヤさんに問題行動があったら、強制送還だったんですか?」
家泉の言葉に、調査員は首を横に振った。
「いいえ。我々はあくまでも吸血鬼の動向を監視をして、そのレポートを出すだけです。殺人といった重大な罪を犯せばそのような措置になるでしょうが、実際はなかなか強制送還に至ることはありません」
「では、なんのために監視をしているんですか」
「人類が昔の伝説や創作物からイメージしている吸血鬼と、異世界からやって来た吸血鬼は明らかに違いますが、両者を混同している方がいらっしゃいます。そういう人たちの誤解を解くためにも、イリヤさんたちのように社会に出て働いている吸血鬼のデータを分析し、人間と共存していける材料を集めているのが我が団体です」
「そ、そうですか。ですが、昔は吸血鬼の受け入れ反対だったとか……」
「はい、確かに昔は吸血鬼の受け入れの反対運動をしていましたが、現在はそのようなことは行っておりません」
調査員の回答を聞いて家泉は心底安心した。なにしろネットで調べても、団体の変な噂ばかりが多くて内情がよくわからなかったのだ。そのせいでいろいろ考えてしまい、心配していた家泉だったが、調査員の受け答えを見る限り、予想に反して平和的な団体のようだ。
イリヤも初めは緊張していたが、話を聞いて表情に安堵の色が浮かんでいた。
調査員は中谷と報告書のことでいくつか確認をしていたものの、話は済んだらしく持っていた書類を持ってきた鞄にすべて入れるとソファから立ち上がる。
「今回の調査では問題がなかったということで、私はこれで失礼いたします」
そう言って調査員は、真面目な態度を崩すことのないまま、応接室から去っていった。
残された中谷、家泉とイリヤの3人は扉が閉まるのを見て、盛大に息を吐いて同時に立ち上がる。そして思い切り伸びをした。結果は問題がないとしても、調査自体が初めてだったせいで緊張していたのだ。
姿勢よく座っていたせいか、家泉の背中がバキバキと音を立てる。
「うわー緊張した」
「わたしもです」
「僕もだよ。あんなに真面目が絵に描いたような人が来るとは思わなかった」
「でも、無事に終わって良かったです」
「そうだね。これで一安心だよ。ああ、君たちはもう帰っていいから。おつかれさま」
「わかりました。部長もお疲れさまでした」
「お疲れ様でした。それでは、失礼します」
そう言って家泉とイリヤは部屋から退出した。
ドアを閉じて2人はそのまま病院の裏口から出ていく。今日は調査の立ち合いで夜まで残っていただけで、家泉もイリヤも夜勤の日ではなかった。
彼らは病院の建物から離れると一言も話すことなく歩き出す。先程までは、なんとなく話ができているような気がしていたが、いざ2人だけになると互いに話し辛くてなかなか口を開けない。
家泉はイリヤをちらりと見るが、彼女の表情は強張っていてぎこちない感じが漂っている。
(どうしよう。やっぱり、おれ変なこと言ったんだよな。なんか話しかけにくい)
家泉が考えている横でイリヤもひたすら黙って歩いていたが、心の中では葛藤しっぱなしだった。
(あああああ、なんで2人っきりなの?なるべく心の整理をしてから、またお話したいと思っていたのに!仕事の話はできても、今はそれ以外はムリ!絶対ムリ!!)
イリヤは、この前の夜勤中に家泉にイリヤと話をしているのが楽しいと言われてから、ずっと感情が揺れ動いて気持ちも整理できないままなのだ。一緒に住んでいるリシェからは心配されるし、なんとかしなくてはと思った矢先に、こうして帰り道を一緒に歩く羽目になっている。
(どうしたら、どうしたらいいの?)
ぐるぐると考えがまとまらないまま、とにかく歩いていると前触れなく右腕を掴まれた。はっとして我に返ると家泉が困った顔でイリヤを見ていた。
「あの、イリヤさん。この前からなんだか」
家泉の言葉に、イリヤがぎゅっと体を固くした。
だが、その2人のやりとりは予想外の声でさえぎられる。
「貴様、そこでイリヤに何をしている!」
「?!」
鋭い声がして、家泉とイリヤがとっさに声がした方向を見る。
そこには、長い濡羽色の髪に仕立ての良い服を着た吸血鬼――ジュリアーノが立っていた。
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