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第4章
お兄様が暴走してます
しおりを挟むそして夏休みに入り、わたくしたちは領地に向けて出発した。
家族揃って行くのだけれど、馬車は基本4人乗り。なので、女性、男性と別れて2台で行くことになった。
家族以外にも、侍女や執事も乗ることになるから、ここは仕方がない。わたくしたちの馬車にはエマも同乗する。
4頭立てで、屋根付きの馬車だ。詳しくは知らないけれど、馬車はとてもお高い買い物になるらしい。
なので貴族は馬車を持つという風潮があっても、買えない貴族はいる。
スタンホープ侯爵家は、財力という面は問題がない。歴代の当主、そしてお父様の手腕のおかげだ。
そんな高級馬車に乗り込む。座り心地はいいけれど、やはり長時間乗るとお尻が痛くなりそうだ。
ちなみに、学園へ行くときは、もう少し簡素な馬車に乗っている。一体馬車だけで総額いくらになるんだろう。
少しゾッとしたので、それ以上考えるのをやめる。
せっかくなので、外の景色を楽しむことにする。
馬車で遠出は数えるくらいしかない。基本は登校だったり、王都内の移動でしか乗っていないので新鮮だ。
「お母様、領地まではかなりの道のりなのですよね?」
「ええ、そうよ。大体3日くらいかしら。休憩は適度に取るとはいえ、かなりの距離よ」
「そうなのですね」
確か、馬車の速度は1時間あたり6kmから11km。日程は早朝から移動を開始して、日が暮れる前に中継地点の宿に入る。
移動時間は10時間から12時間といったところかしら。となると、最大100km近くの移動に……。
おおう、想像したらなんだか既に疲れてきましたわ。
そんなわたくしの様子を見て、お母様はクスリと笑う。
「確かに大変だけれど、きっとへティは大丈夫よ。王都から出た事がないのですもの。何もかも新鮮に映るんじゃないかしら」
「はい」
その後は確かにわたくしにとって、新鮮なものの連続だった。
森の小道を通ったり、湖のそばを通ったり。動物たちもたくさん見る事ができた。
自然を感じるというのは、素晴らしい気分転換ね。
さらに、前世の自然とも違うことに気がついた。なんというか、物語の世界のような自然だ。どう違うのか、明確な言葉にできないけれど。
ただ、やはりお尻がだんだん痛くなってくる。
合間に休憩を挟んでいるので、なんとか堪えられているけれど、もうあまり長く持たない気がする。
「あらあら。そろそろ辛そうね」
「お母様はまだまだ余裕そうですね……」
「久しぶりではあるけれど、ヘティよりは慣れていますからね。けれどへティも頑張っているわよ。やっぱり、日頃のトレーニングの成果じゃないかしら」
「それは嬉しいですね。では最近サボってしまったので、できていたらもっと楽だったのですね。わたくし、決めました。領地についたら、筋トレ頑張りますわ」
「まあ、良いわね。けれど色々あるだろうし、時間は取れないかもしれないわね」
「何があるのですか?」
「視察だったり、よ」
なんだろう、他にもありそうな言い方だ。けれどウインクしていたお母様なので、それ以上は教えてくれなさそうだ。
そして陽が隠れる少し前に、本日の目的地にたどり着いた。
わたくしのお尻は限界だ。今ならお尻が4つになってそう。
なんとか馬車から降りて歩くけれど、明らかに歩き方がおかしいと思う。
そして涼しい顔のお母様とエマ。エマまですごいわ。
「お疲れ様、へティ。ゆっくり休みましょうか」
「お母様とエマは、なぜそんなに余裕そうなんですか」
「まあ、わたくしとエマも疲れたわよ? けれどそうねぇ。今まで長時間馬車に乗った事がないのだもの。しょうがないと思うわ」
「エマは乗り慣れているの?」
「私は実家が地方なので。その際は乗合馬車になりますし、もっと乗り心地が悪いのです。スタンホープ公爵家の馬車は快適ですね」
「すごいわ」
もう、素直に凄い。これより乗り心地悪かったら、わたくしは耐えられない。
「これが箱入り娘ですの……?」
思わず呟くと、2人に笑われてしまう。
「箱入り娘だけれど、馬車という箱には弱いみたいね?」
そのお母様の言葉が、妙にツボに入ってしまったのはエマだった。
エマが必死に笑いを止めようとするけれど、止まらない様子を思わず恨めしげに見てしまったのは許してほしい。
「お、お嬢様っも、申し訳っふふ、ありませんっ。ククッ」
「もうっ! 謝るなら笑いを引っ込めてちょうだい!」
「へティ、これはしばらく無理ね」
「お母様が原因ですのよ!」
「まあ。元はと言えば、へティの発言じゃない」
わたくしの文句に、お母様は飄々と答える。
くうぅ。悔しいですわ。
「3人ともどうしたんだい? 随分楽しそうだね」
「お父様!」
ちょうど、お父様たちも降りてきたようだ。3人とも疲れた様子は、ちっとも見せていない。
わたくし、貧弱すぎません⁉︎
「なんでもありませんわ」
面白くなくて、ぷいとそっぽを向いて答える。
お父様がキョトンとしていたけれど、お母様が耳打ちして察したようだ。
「なるほど。へティ、もしよかったら明日はもう少しゆっくり進むかい? 途中の宿も場所は把握しているんだ」
「いいえっ。このままでお願いしますわ!」
「そ、そうか」
冗談じゃないわ! わたくしのせいで全体が遅れるなんて!
プライドがズタボロですわ! 負けません!
そう思いながら、鼻息荒くお父様の意見を跳ね除ける。お父様はわたくしの勢いに驚きながらも、了承してくれた。
そんなわたくしを見ていたお兄様は、何を思ったのかこちらに両手を差し出してきた。
「……お兄様、その両手はなんですの?」
「え? こういう時は察してこっちに来るんじゃないの?」
「なるほど、お兄様はよほどわたくしを怒らせたいようですわね?」
「ああっ冗談だよ、へティ。ごめんって」
お兄様を完全に視界に外す。またお姫様抱っこしようとしたな。
今はわたくしのプライドを傷つけるだけだわ。
全く。
プリプリ怒っていると、流石にお兄様もまずいと感じたらしい。
「ごめんよ、へティ。僕は辛いなら無理しないほうがいいと思ったんだ。けれどそうだよね。外では良くないよね」
「本当ですわ。以前は邸の中ですから許容しましたが、ここは誰の目があるかもわかりません。お兄様、わたくしのクラスではお兄様は重度のシスコンと言われていますわ。それを全く関係のない土地でも、広めるおつもりですの? お兄様だけならまだしも、わたくしの外聞にも関わりますわ」
「はい、本当にごめんなさい」
わたくしの怒涛の愚痴に、お兄様は縮こまってしまう。
まあ、このくらいでいいでしょう。そう思い、態度を軟化した。
お兄様はホッとしたように息を吐いたけれど、その後ボソリと言った。
「重度のシスコン……か」
「兄上、ついでにブラコンも入ってますよ。安心してください」
「待って、何も安心できない。それは何も安心できないよ、トミー」
大事なことなので2回言いました。
思わず頭の中で謎のナレーションが流れましたわ。
まあ、今のトミーの発言はお兄様をさらに落とすものだから、仕方ないですわね。
「大丈夫ですよ。僕のブラコン具合も広めておいたので、兄弟仲がいいと思われるだけです」
「トミー‼︎」
お兄様は感激したのか、トミーに抱きついた。
おぉっと、すごく羨ましい。
いや何に?
どうやらわたくしは、限界まで疲れているようですわ。今の話の流れで、何を羨ましがったのか自分でもわかりませんもの。
その間にトミーが、落ちそうになっていますわ。
必死にお兄様の腕をタップしています。
「あ、あにうえっ……ぐ、ぐる、じいですっ」
「トミーはとてもいい子だなぁ。僕の自慢の弟だ」
残念ながら、お兄様にはトミーの懇願が聞こえていないようです。
あれ、不味くない?
トミーの顔は真っ青だ。
「お兄様っ! トミーが落ちますわ! いい加減に離さないと、永遠の別れになりますわよ!」
「はっ! トミーっ大丈夫か⁉︎ しっかりするんだ!」
「ふふ……。姉上と見たクレマチスが……たくさん」
「トミー‼︎」
わたくしの静止は遅く、トミーはヤバい幻覚を見ているらしい。
この辺りにクレマチスは咲いていないもの。
慌てるわたくしたちを、お父様とお母様は平和そうに見ていた。
いえ、トミー気絶していますから、平和ではありませんわ!
「兄上は調子に乗せないほうがいいと、身をもって体感しました」
「ごめんなさい……」
あのあと、宿に行ってほどなくトミーは目覚めた。
ちなみに宿とは言っているけれど、貴族が泊まるために格式高くなっている。
王都から領地に帰るために、さまざまな貴族が利用する宿で対応も慣れている。
そして起きて開口一番、先ほどの発言をしたわけだ。
お兄様は今日1番と言えるくらいに、縮こまっている。わたくしたちの中では1番体格がいいのに、今では1番小さく見える。
というより、お兄様の様子がいつもと違うのよね。
先ほどの見当違いな気遣いとか、トミーへの過剰なスキンシップとか。いつものお兄様ではやらないことだし、何かあったのかしら。
「お兄様、それにしても今日ははしゃいでおられますわね。そんなに領地に帰るのが楽しみでしたの?」
「え? あ、ああ! そうなんだよ。僕も将来のスタンホープ家の当主として、領地への理解も深めたかったからね。うん」
なんだろう。絶対そういう理由ではないのが、ありありとわかる。
むしろ誤魔化すの下手すぎじゃないかしら。
1番可能性が高い理由を挙げてみたけれど、これではないわね。
トミーと目を合わせたけれど、首を横に振っていた。トミーもよく分からないようね。
こういう時のお兄様って、お父様と同じように空回りすることが多いからとても不安だわ。
ちょっと問い詰めてみましょう。
物理的に距離を縮めつつ、問いかけた。
「お兄様、目が泳いでいますわよ。どう考えても、それが理由ではありませんわね?」
「い、いやだなぁ。それじゃあ僕がまるで、不真面目みたいじゃないか。本当に領地のことも知りたいんだよ?」
「その言い方は、他にも理由があるよと言っているようなものですわね。さあ、誤魔化しても無駄ですわ。全てお話しくださいな?」
「ちょっと近いんじゃないかな? ほら、ここは我々のテリトリーではないんだし」
なんとか誤魔化そうとしているお兄様。けれどここで、ここでわたくしにとっての助け舟が出る。
「兄上。僕も気になっているので、さっさと話してください。僕らの醜聞のためにも早くしたほうが身のためですよ」
「トミー……」
お兄様が絶望の表情をしている。
この部屋に味方がいないと確定しましたからね。
トミーも近づいてきて、いよいよお兄様の逃げ場が無くなる。
お兄様、万事休す。
そう思ったけれど。
扉のノック音が聞こえた。一瞬静寂が訪れて、諦めて返事をする。
「はい」
入ってきたのはお母様だった。
3人で固まっているわたくしたちを気にせずに、話し始めた。
「3人とも、食事の時間よ。明日も早いのだから、すぐに休めるように食事も早めに摂りましょう」
「わかりました、母上。ほら、2人とも。早く行こう?」
「「…………」」
これはタイミングがとても悪い。
お兄様にとっては、救いの手だったことだろう。
悔しい。
トミーも同じ気持ちだったようで、お互い無言でお兄様を見つめた。
明らかに形勢が良くなったお兄様は、気にせずにお母様と行ってしまったけれど。
「はあ……仕方ありませんわ。わたくしたちもいきましょうか」
「そうですね」
そう言って2人で、お母様たちの跡を追う。
そういえば、トミーと並んで歩くの久しぶりだわ。最近は基本お兄様もいたし、トミーがわたくしを避けているようなそぶりもあったから、2人で歩くのはなかったわね。
そう思うと、嬉しい。この状態では避けることも出来ないとは思うけれど、普通に会話できている。
なんだかんだ最近は過保護が再熱していたけれど、少し落ち着いてきたのかな。
「姉上?」
「ふふ、楽しみだわ」
「食事がですか?」
「いいえ。トミーと、皆と領地に帰るのが」
そういうと、トミーは少し目を見開いた後。
「そうですね」
と、琥珀色の瞳を緩ませた。
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