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第4章
【幕間】公爵令嬢と殿下
一方その頃、パトリシアは――
「あああああ……お手紙を書いているのに、全く進まないですわ……っどうしましょう。早くヘンリエッタ様の誤解を解きたいのに」
奇しくも、ヘンリエッタと同じように唸っていた。
それも仕方ないことだろう。何せ、この2人、拗れに拗れている。
お互いのやることなすこと、裏目に出てしまっている。それがお互いを思っての行動なのが、なおよろしくない。
「いっそ全て赤裸々に書けば……っ! いいえ。そんなことをすれば、殿下の計画が台無しですわっ。なんとかそこは隠しつつ、ヘンリエッタ様に誤解のないように書かないといけないなんてっ」
そもそも、なぜこの2人が拗れたのか。時は戻り、テストの結果発表の日に移ろう。
◇◇◇
「パトリシア嬢。少し話があるんだ。一緒にいいかな?」
フレディに呼ばれたパトリシアは、驚きながらも従う。
今までの流れで、なぜ自分が呼ばれているのだろうと内心首を傾げた。
きっとヘンリエッタの方に行くと思っていたから。
とりあえずついて行き、しばらくして気がつく。
「殿下、ダニエル様はよろしいのでしょうか?」
「ああ、今回はパトリシア嬢と2人で話したいことだからね」
「まあ」
本当になんだろう?
ここで自惚れてしまうパトリシアではない。
今までの流れから、婚約者はヘンリエッタで決定のはずだからだ。(本人が認めていないだけで)
そのことは折り合いをつけて、受け入れられる心理状態になっていた。
だからこそ、この呼出は不可解なのだ。
ここで話をすることではないからこそ、質問もできずについていく。
やがて、四阿に連れてこられた。少し遠いところに護衛がいるのも見える。
お茶も用意されていて、元々考えられていたのだと悟る。
「とりあえず、お茶でも飲みながら話をしよう」
「分かりましたわ」
椅子をひかれ、そこに座る。
お茶を飲むけれど、なかなかフレディは話そうとしない。
促すのも失礼かと思い、パトリシアはとりあえず待つことにした。
しかし10分待っても、フレディは話さない。いや、見ればわかる。言葉を探しているのだ。
珍しいと思った。フレディは日頃の努力もあって、コミュニケーション能力が高い。
だから、言葉に詰まることはほとんどないはず。そのフレディが言葉を探すということは、何か重要なことなのだろうか。
それこそ、公爵家として手助けしなければならないようなことなのか。
「あの、殿下。そのように、思いつめて……。何か、あったのでしょうか?」
ついに聞いてしまう。
それにハッとしたように、フレディは額に手を当てた。
「すまない。私としたことが」
「いいえ、わたくしこそ申し訳ありません」
「……今日ここに呼んだのは、パトリシア嬢の気持ちを知りたかったからだ」
「わたくしの気持ち、ですか?」
「ああ。今まで婚約者候補として、努力してきたことは理解している。だが……最近のパトリシア嬢は何か心境の変化があったのではないかと思ってね」
なるほど、とパトリシアは思う。
最近の行動は、ヘンリエッタに自分の気持ちを自覚してもらうために、という信念で動いていた。
今までフレディの婚約者として努力していたこととは、真逆のことをしているのでフレディが不思議に思うことも当然だ。
「そうですわね……。心境の変化は、少しずつありましたわ。色々葛藤もありましたの。その上でわたくしがしたいと思ったことをしています」
「そうか……」
「わたくしは臣下として、殿下の支えになりとう存じます」
「!」
それは、婚約者候補から降りるということ。
その決意を秘めた言葉に、フレディは息を呑む。
やがて、息を吐いた。
「そうか。それは公爵も納得しているのか?」
「まあ。お父様には何も言っておりませんわ。わたくしの思うように行動しなさいと、常々言われておりますので」
もしかしたら、婚約者にと願われていたかもしれないけれど。
きっと、パトリシアを尊重してくれている、と前向きに考えている。
「一つ、区切りをつけるために言わせてください」
「ああ」
パトリシアは大きく息を吸う。
自分が出来る、最大限の綺麗な笑顔で言った。
「殿下、お慕いしておりましたわ」
「……ありがとう。そして、すまない」
「いいえ。ずっと前から、わかっていた事です。わたくしは、やりきったのですわ」
「そうだな。パトリシア嬢にはこれからも、頼りにさせてもらうよ」
その言葉とともに、ハンカチを差し出される。
不思議に思うけれど、すぐに気がついた。視界が歪んでいる。
「あ、あら。申し訳ありません。こんな……」
「いいや。ここは今、私しかいない。何も気にすることはない」
止めようとするけれど、止まらない。次々に頬を伝って流れていく。
声も震えてしまう。
淑女として、人前で泣くなんて許されないのに。
やりきったはずなのに、後悔なんてないのに、涙が止まらない。
それでも、心の中は失恋したのだという思いでいっぱいになった。
パトリシアは気がつく。
(ああ。わたくしは、全力で恋をして失恋したのだわ。苦しいけれど、同時に清々しさも感じる……)
この涙は、次へ進むためのステップだ。
そう察して、思わず笑ってしまう。色々な感情が入り混じって、どんな表情をするのが正解なのか分からなかった。
けれど、その感覚も今まで努力してきたからこそだと思うと、パトリシアは嬉しくなるのだ。
フレディは責めることなく、ただ黙っていた。
フレディにはパトリシアに言葉をかける資格なんてない。それこそ、彼女のプライドを痛く傷つけてしまうことがわかりきっているからだ。
だからパトリシアが満足するまで、ただ待っていた。
しばらくして、パトリシアは涙を拭いてフレディに向き直る。
微笑みながら、いった。
「それでは、今度は殿下の番ですわ」
パトリシアの言葉にフレディは頷く。
パトリシアが宣言した意味を考えれば、フレディが何をいうべきかわかっていた。
「私はそろそろ本格的に婚約者の選定に入る。いや、もう決めたんだ。……だからこそ、1番私を見てくれていたパトリシア嬢の気持ちを確かめたかった」
「ふふ。そう言われると、殿下は大きな魚を逃したのかもしれませんね」
「そうかもしれないな」
思わず、2人で笑ってしまう。
表情を改めて、フレディは言った。
「私は、ヘンリエッタ・スタンホープ侯爵令嬢を婚約者にしたい」
「ええ、存じておりますわ。……彼女の場合は外堀を埋めないと、逃げられそうですものね?」
「そうだな。最近のパトリシア嬢を見るに、協力をお願いしても良いだろうか?」
「もちろんですわ。ああ、せっかくですしメアリー様も含めて、惚気話を聞かせてくれませんこと?」
「え」
パトリシアのお願いに、ビシッと固まるフレディ。
惚気話とな。
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「そうでしょう? それで、どのように協力すればよろしいのでしょう?」
「ああ、それは――」
2人は思いのほか、作戦会議をすることになった。
その裏で、ヘンリエッタがあらぬ方向に――2人が最も望まない方向に、勘違いをしていること。
気がつくのは、あと数日のこと。
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