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プロローグ「転生」
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目を開けると、白かった。
真っ白な空間。上下も距離感もない。音も匂いも消えた世界の中心に、僕だけがぽつんと浮かんでいる。
「――ああ、やっと終わったのか」
思わず、口からため息が漏れた。
ブラック企業、パワハラ、理不尽な濡れ衣。最後は同僚のミスを押しつけられ、責任を取らされる形で、徹夜明けの運転中にトラックに突っ込まれた。
ブレーキを踏む時間もなかった。ただ、血が逆流するような怒りと、
「なんで僕ばかり」という子どもじみた叫びを抱えたまま、意識は途切れたはずだ。
なのに――
「お疲れさまでした、元・人間さん」
背後から、涼しげな声がした。
振り向くと、そこには一人の“女性”がいた。
年齢は二十代半ばくらいに見える。金とも銀ともつかない髪が腰まで流れ、瞳は薄い琥珀色。ゆったりとした白いドレスをまとったその姿は、露骨な艶めかしさではなく、どこか現実味のない“整いすぎた美”だった。
「……あなたは?」
「この世界でいうところの『神』のひとり、ということにしておきましょうか。呼び方は何でもかまいませんよ」
「神様、ね」
僕は自然と敬語が出る。染みついた癖は、死後の世界にまでついてくるらしい。
「要件をうかがっても?」
「話が早くて助かります」
女神は微笑んだ。その微笑みは、妙に人間くさい。
「あなたは、あまりに“理不尽に”死にました。予定外だったんです、本来の寿命からすれば。だから――補填が必要です」
「補填?」
「はい。ざっくり言うと、『もう一回、別の世界で人生やり直しませんか?』ってお誘いですね。お詫びとして、ちょっとした“おまけ”付きで」
僕は眉をひそめる。
やり直し。魅力的な言葉だ。
けれど同時に、胸の奥がざわついた。
再び、何かに縛られるのではないか、という予感。
会社、家族、社会、常識。目に見えない鎖が、前世の僕をがんじがらめにしていた。
二度と、あんなふうに束縛されたくない――その恐怖が、全身を緊張させる。
「……“おまけ”とは」
「あなたに【全能】の権能を与えます」
女神は、軽く指を鳴らした。
真っ白だった空間に、無数の光の粒が現れる。それらは僕の周囲を巡り、やがて胸の奥――心臓のあたりへと吸い込まれていく。
「ありとあらゆる事象を、あなたの意志ひとつで『発現』させられる力。世界の法則すら、あなたの“希望”に従って書き換えられます」
「……それは、チートなんて生ぬるいものではないのでは」
「そうですね。チートの親戚の、そのまた上司くらいでしょうか」
女神はくすりと笑う。
「ただし、使い方を間違えると、世界が壊れます。ついでに、あなたの心も壊れます。あくまで“あなたの望み”に応じて発現する力ですから」
「僕の……望み」
胸の中に、黒い泥のような感情がうごめく。
復讐したい。踏みつけた奴らを見返したい。自分を縛るすべてを、粉々に壊してしまいたい。
――でも、その一方で。
「……自由になりたい」
ぽつりと漏らした言葉に、自分で驚いた。
「誰にも命令されず、誰の機嫌も取らず……自分で決めて、自分で選びたい。それが、叶うなら」
「叶いますよ」
女神は断言する。
「この先、あなたを縛るものはありません。国家も、宗教も、常識も。もちろん、私でさえも」
その言葉に、僕は無意識にほっとした。
「……神様にまで束縛されたら、たまったものじゃありませんからね」
「ふふ、そう思ってくれるなら、話が早い」
女神は、少しだけ目を細めた。
「転生先の世界の基本情報を、ざっくりお伝えしますね。剣と魔法の世界。モンスターや魔族が存在し、人間の国々が互いに争っています。男性人口は少なめ、女性の方がかなり多い世界です」
「……なるほど、“お詫び”の意味が、なんとなく見えてきました」
前世、女性に縁のない人生だった僕でも、それくらいは察せる。
女神は肩をすくめた。
「強者は人を惹きつけます。あなたは“全能”です。放っておいても、周りに人が集うでしょう。特に、あなたに救われた者たちは」
「その“救われた者”が、僕の周りに集う……と」
「はい。あなたが望めば、“ハーレム”だって構いませんよ。もちろん、無理にとは言いませんけど」
“ハーレム”という単語に、前世から遠ざかっていた青春だの恋愛だのが、遠い夢のように脳裏をかすめる。
ただ、同時に思う。
(僕に、そんなものを扱えるのか?)
人間関係ひとつ、まともに築けなかった僕が。
けれど――
「選ぶのは、あなたです」
女神は、最後にそう告げた。
「さあ、“次”の世界へ行きましょうか。ここから先は、あなたの物語です」
視界が、再び真っ白に染まった。
真っ白な空間。上下も距離感もない。音も匂いも消えた世界の中心に、僕だけがぽつんと浮かんでいる。
「――ああ、やっと終わったのか」
思わず、口からため息が漏れた。
ブラック企業、パワハラ、理不尽な濡れ衣。最後は同僚のミスを押しつけられ、責任を取らされる形で、徹夜明けの運転中にトラックに突っ込まれた。
ブレーキを踏む時間もなかった。ただ、血が逆流するような怒りと、
「なんで僕ばかり」という子どもじみた叫びを抱えたまま、意識は途切れたはずだ。
なのに――
「お疲れさまでした、元・人間さん」
背後から、涼しげな声がした。
振り向くと、そこには一人の“女性”がいた。
年齢は二十代半ばくらいに見える。金とも銀ともつかない髪が腰まで流れ、瞳は薄い琥珀色。ゆったりとした白いドレスをまとったその姿は、露骨な艶めかしさではなく、どこか現実味のない“整いすぎた美”だった。
「……あなたは?」
「この世界でいうところの『神』のひとり、ということにしておきましょうか。呼び方は何でもかまいませんよ」
「神様、ね」
僕は自然と敬語が出る。染みついた癖は、死後の世界にまでついてくるらしい。
「要件をうかがっても?」
「話が早くて助かります」
女神は微笑んだ。その微笑みは、妙に人間くさい。
「あなたは、あまりに“理不尽に”死にました。予定外だったんです、本来の寿命からすれば。だから――補填が必要です」
「補填?」
「はい。ざっくり言うと、『もう一回、別の世界で人生やり直しませんか?』ってお誘いですね。お詫びとして、ちょっとした“おまけ”付きで」
僕は眉をひそめる。
やり直し。魅力的な言葉だ。
けれど同時に、胸の奥がざわついた。
再び、何かに縛られるのではないか、という予感。
会社、家族、社会、常識。目に見えない鎖が、前世の僕をがんじがらめにしていた。
二度と、あんなふうに束縛されたくない――その恐怖が、全身を緊張させる。
「……“おまけ”とは」
「あなたに【全能】の権能を与えます」
女神は、軽く指を鳴らした。
真っ白だった空間に、無数の光の粒が現れる。それらは僕の周囲を巡り、やがて胸の奥――心臓のあたりへと吸い込まれていく。
「ありとあらゆる事象を、あなたの意志ひとつで『発現』させられる力。世界の法則すら、あなたの“希望”に従って書き換えられます」
「……それは、チートなんて生ぬるいものではないのでは」
「そうですね。チートの親戚の、そのまた上司くらいでしょうか」
女神はくすりと笑う。
「ただし、使い方を間違えると、世界が壊れます。ついでに、あなたの心も壊れます。あくまで“あなたの望み”に応じて発現する力ですから」
「僕の……望み」
胸の中に、黒い泥のような感情がうごめく。
復讐したい。踏みつけた奴らを見返したい。自分を縛るすべてを、粉々に壊してしまいたい。
――でも、その一方で。
「……自由になりたい」
ぽつりと漏らした言葉に、自分で驚いた。
「誰にも命令されず、誰の機嫌も取らず……自分で決めて、自分で選びたい。それが、叶うなら」
「叶いますよ」
女神は断言する。
「この先、あなたを縛るものはありません。国家も、宗教も、常識も。もちろん、私でさえも」
その言葉に、僕は無意識にほっとした。
「……神様にまで束縛されたら、たまったものじゃありませんからね」
「ふふ、そう思ってくれるなら、話が早い」
女神は、少しだけ目を細めた。
「転生先の世界の基本情報を、ざっくりお伝えしますね。剣と魔法の世界。モンスターや魔族が存在し、人間の国々が互いに争っています。男性人口は少なめ、女性の方がかなり多い世界です」
「……なるほど、“お詫び”の意味が、なんとなく見えてきました」
前世、女性に縁のない人生だった僕でも、それくらいは察せる。
女神は肩をすくめた。
「強者は人を惹きつけます。あなたは“全能”です。放っておいても、周りに人が集うでしょう。特に、あなたに救われた者たちは」
「その“救われた者”が、僕の周りに集う……と」
「はい。あなたが望めば、“ハーレム”だって構いませんよ。もちろん、無理にとは言いませんけど」
“ハーレム”という単語に、前世から遠ざかっていた青春だの恋愛だのが、遠い夢のように脳裏をかすめる。
ただ、同時に思う。
(僕に、そんなものを扱えるのか?)
人間関係ひとつ、まともに築けなかった僕が。
けれど――
「選ぶのは、あなたです」
女神は、最後にそう告げた。
「さあ、“次”の世界へ行きましょうか。ここから先は、あなたの物語です」
視界が、再び真っ白に染まった。
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