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オネエさんの独り言
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細いあぜ道は、途切れそうになりながらクネクネとつづいていく。
砂利道から山の上へと分け入ると、少しずつ春の気配は遠のく。
私と菰田さんは、祖母の家へと向かって歩いていた。
この辺りはまだまだ寒くて、と笑う菰田さんはとてもおしゃべりで楽しい人だ。
「里ちゃん……あ、里ちゃんて呼んじゃうわね。里ちゃんは、東京から来たんだっけ」
「はい。向こうはもう桜も咲き始めてたんですけど」
「ここらじゃ桜はまだまだねえ。里ちゃんにとっては、季節が逆戻りしちゃったんじゃない?」
そうかもしれない、と私はひっそり考える。
木々の間からこぼれる陽射しには、ぬくもりがある。
だけど里山の四季は、時間のめぐりがゆっくりのようだ。
歩く速度までが、いつのまにかのんびりになっている。
道の脇にはいくつも小さな木が植えられていて、それはどうやら季節の花や実をつけるもののようだった。
「そういえば、さっき何もないところに向かって話しかけてたけど。あれは何してたの?」
物珍しさに、つい足を止めがちな私に、菰田さんが訊ねる。
私は、少し小走りになって彼に追いついた。
どう話したものか少し迷う。
だって、信じてもらえるかどうかわからなかったから。
変なこと言う人だとは思われたくないし。
「……菰田さんって、オカルトとか平気ですか……?」
慎重に訊いてみると、彼は目を輝かせて私を振り返った。
「え、なになに。幽霊とか妖怪とか?そういう話大好き」
そう言われると、少し安心できる。
幽霊は絶対に存在しているとか言われると、それはそれで困るけど。
あくまで、ちょっと不思議、くらいで聞いてほしかった。
だって私、まだ胸がどきどきしている。
さっきのあれが夢だとは思えない。
それで私は、菰田さんにさきほどの神社の事をかいつまんで話した。
彼は面白そうに聞いていたけれど、最後には不思議そうに首を傾げる。
「……消えた神社、かあ。奇妙な話ね」
「菰田さんは、あのあたりに神社があるという話は知りませんか?」
「松里でいいわよ。……神社自体は、あるのよ。でも、参道はぐるっと山を回った向こう側なのよねえ」
「そうなんですか……」
神社はちゃんとあるんだ。
じゃあやっぱり、私が何か勘違いしたんだろうか。
菰田さん…いえ、松里さんは私を見てなんだか深く考え込むような様子になった。
どうしたのだろうと思っていたのだけど。
「……ちょっと、失礼」
そう断ったかと思うと突然、距離を詰めてこられる。
「……!?」
咄嗟に身を引きそうになるのを、失礼かもと思ってこらえた。
ななななに、なになに、なんなの!?この至近すぎる距離。
内心のパニックを悟られないように、全身を緊張させる。
「……」
ふんふんふん、と松里さんは私の頭の上あたりで匂いを嗅ぐような動きをした。
あ、これって猫とか犬とか四つ足の動物に似ている。
目の前のものが何なのか判断するときのやつ。
「……」
私は、そろりと視線だけをあげて松里さんを見た。
眼鏡越しの目が、私を見てにまりと笑む。
「……そ、」
小さく呟かれた言葉が何なのか、私は訊き洩らしてしまった。
ただ、形の良い唇の動きを見ている。
なんて言ったの?
「ごめんごめえん、ほら、これついてたもんだからァ」
ちょい、と私の前髪の上あたりで松里さんが摘まみ上げたのは、緑の葉っぱ。
な、なあんだ。それを取ってくれたのか。
びっくりしたあ。
なんというかここは、さっきの神社の一件といい、のどかな田舎町のはずが私の心臓を落ち着かせてくれないなあ。
妙にドキドキすることの連続。
ぽいっと、松里さんが道端に捨てた緑葉を視線で追う。
瞬きすると、さっきの唇の動きが脳裏によみがえった。
──おいしそ。
そうだ、彼は確かにそう言ったんだ。
砂利道から山の上へと分け入ると、少しずつ春の気配は遠のく。
私と菰田さんは、祖母の家へと向かって歩いていた。
この辺りはまだまだ寒くて、と笑う菰田さんはとてもおしゃべりで楽しい人だ。
「里ちゃん……あ、里ちゃんて呼んじゃうわね。里ちゃんは、東京から来たんだっけ」
「はい。向こうはもう桜も咲き始めてたんですけど」
「ここらじゃ桜はまだまだねえ。里ちゃんにとっては、季節が逆戻りしちゃったんじゃない?」
そうかもしれない、と私はひっそり考える。
木々の間からこぼれる陽射しには、ぬくもりがある。
だけど里山の四季は、時間のめぐりがゆっくりのようだ。
歩く速度までが、いつのまにかのんびりになっている。
道の脇にはいくつも小さな木が植えられていて、それはどうやら季節の花や実をつけるもののようだった。
「そういえば、さっき何もないところに向かって話しかけてたけど。あれは何してたの?」
物珍しさに、つい足を止めがちな私に、菰田さんが訊ねる。
私は、少し小走りになって彼に追いついた。
どう話したものか少し迷う。
だって、信じてもらえるかどうかわからなかったから。
変なこと言う人だとは思われたくないし。
「……菰田さんって、オカルトとか平気ですか……?」
慎重に訊いてみると、彼は目を輝かせて私を振り返った。
「え、なになに。幽霊とか妖怪とか?そういう話大好き」
そう言われると、少し安心できる。
幽霊は絶対に存在しているとか言われると、それはそれで困るけど。
あくまで、ちょっと不思議、くらいで聞いてほしかった。
だって私、まだ胸がどきどきしている。
さっきのあれが夢だとは思えない。
それで私は、菰田さんにさきほどの神社の事をかいつまんで話した。
彼は面白そうに聞いていたけれど、最後には不思議そうに首を傾げる。
「……消えた神社、かあ。奇妙な話ね」
「菰田さんは、あのあたりに神社があるという話は知りませんか?」
「松里でいいわよ。……神社自体は、あるのよ。でも、参道はぐるっと山を回った向こう側なのよねえ」
「そうなんですか……」
神社はちゃんとあるんだ。
じゃあやっぱり、私が何か勘違いしたんだろうか。
菰田さん…いえ、松里さんは私を見てなんだか深く考え込むような様子になった。
どうしたのだろうと思っていたのだけど。
「……ちょっと、失礼」
そう断ったかと思うと突然、距離を詰めてこられる。
「……!?」
咄嗟に身を引きそうになるのを、失礼かもと思ってこらえた。
ななななに、なになに、なんなの!?この至近すぎる距離。
内心のパニックを悟られないように、全身を緊張させる。
「……」
ふんふんふん、と松里さんは私の頭の上あたりで匂いを嗅ぐような動きをした。
あ、これって猫とか犬とか四つ足の動物に似ている。
目の前のものが何なのか判断するときのやつ。
「……」
私は、そろりと視線だけをあげて松里さんを見た。
眼鏡越しの目が、私を見てにまりと笑む。
「……そ、」
小さく呟かれた言葉が何なのか、私は訊き洩らしてしまった。
ただ、形の良い唇の動きを見ている。
なんて言ったの?
「ごめんごめえん、ほら、これついてたもんだからァ」
ちょい、と私の前髪の上あたりで松里さんが摘まみ上げたのは、緑の葉っぱ。
な、なあんだ。それを取ってくれたのか。
びっくりしたあ。
なんというかここは、さっきの神社の一件といい、のどかな田舎町のはずが私の心臓を落ち着かせてくれないなあ。
妙にドキドキすることの連続。
ぽいっと、松里さんが道端に捨てた緑葉を視線で追う。
瞬きすると、さっきの唇の動きが脳裏によみがえった。
──おいしそ。
そうだ、彼は確かにそう言ったんだ。
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