猫の神様はアルバイトの巫女さんを募集中──田舎暮らしをして生贄になるだけのカンタンなお仕事です──

春くる与

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撫でてほしいのは猫か神様か

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 神事の話をしていると汐は自分の事だと思うのか私の膝の上に上がりたがる。
抱き上げてやると、そこに納まって丸くなった。

「今年の夏は暑いねえ……」

 三重子さん、さっきも同じことを言ってたよ。
そう言って笑おうとしたのだけど、ふと見た三重子さんの顔色があまり良くない気がして私は顔を覗き込んだ。

「……三重子さん、もしかしてあまり体調が良くないの?」

 訊ねると三重子さんは、少し瞬きをしてから笑った。

「いやだねえ、私も年を取ったもんじゃねえ。なんでもないんじゃけど、同じこと何度も言うてしまう」

 たしかにお年寄りって同じ話を何度もすることが多いけど。
私は、ついじっと三重子さんの顔を見つめた。
調子はさほど悪そうではない。

「最近はね、二里ほども歩くとちょっと疲れてしもうて。よく眠れるんじゃよ」

 二里とは、約八キロである……。
すみません、私より元気ですね。

「それはむしろ元気すぎかも。そんなに歩くの?三重子さん」

「買い出しに行こうと思うと、そうなってしまうんじゃよ」

 田舎だからねえ、と笑う三重子さんは楽しげでもある。
車がないと暮らせないっていうけど、自分の足で出かける元気があるってすごいな。
私は免許だけはあるから、車が欲しいなって思ってるところなのに。

「私……バイト頑張って車を買おうかな」

「車を?」

「そしたら、三重子さんとドライブにもいけるじゃない?」

「ドライブ……!!」

 驚いたように言って、三重子さんは目を瞠った。
そして、なんだかそわそわし始める。

「ドライブなんて。そんな、ドライブなんてしたことないんじゃよ」

「楽しいよ、きっと。いろんなところに行けるから」

 私がそう言うと、三重子さんは嬉しそうに頬を紅潮させた。

「行ってみたいね。遠いところ……隣村にも行けるじゃろうか」

「それはすぐだよ」

 お弁当作って、行こう。ドライブ。
考えただけで楽しそうで、私はバイト頑張らなくちゃと思う。

 よし、目標ができた。
お金をためて車を買って、三重子さんとドライブ。
そんな話をしながら、私たちは梅干しの天日干し作業を終わらせた。
帰り際にそうめん食べたさで氏康さんがついて来るのかと思ったけれど、黒いポメラニアンはぴたりと三重子さんの傍から離れない。
その様子に、ああそうかと思い当たる。

 さっき体調が良くないのではないかと言ったのを、気にしているのだろう。
……そっとしておこう。
私はそう思って汐を抱いて、三重子さんの家を出た。

 蝉時雨が途切れて、里に静けさが戻る。
白い入道雲がもくもくと空を侵食し始める様子を見あげて、帰り道を急いだ。





 神事の夜。
私はいつものように祭殿で、それを待つ。
昨日の夕立がすべてを洗い流していったように、空気は澄んでいる。

 目が暗がりに慣れた頃、ほのかに揺れる灯火の向こうに汐が姿を現すのも、いつも通りだ。
黒い小さな影は、私が控える下座へとおりてくる。
そして、撫でて、という密やかな懇願の言葉が神事の始まりだ。

 初めての日には贄である私の姿を見ようとしてたくさんの山の神たちが詰めかけたものだが、本来は対面する汐と私だけでよいのだそうだ。
なので今宵は他に神様たちの姿は見えなかった。

 いつもと同じく、撫でるという交感を行おうとして手を伸ばした私は、直前で黒猫の輪郭が溶けて人の姿に変化するのを見た。

「……」

「……」

 私は、神主姿の汐と無言で向き合った。
……え。
ど、どういうこと。
いつもみたいに猫の姿になってくれないと、その、なんだ、困るんですが……。

「……どうした」

「……」

 お前がどうした。
い、いやいやいや。
まさか、人型で交感しろということですか。
無理だよ、猫ならともかく人の姿の汐をなでるとか……!
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