猫の神様はアルバイトの巫女さんを募集中──田舎暮らしをして生贄になるだけのカンタンなお仕事です──

春くる与

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尾のない九尾の狐という矛盾

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 堰を切ったように溢れて止まらなくなった涙を、絞りつくすくらい泣いて私はやっと少し浮上できた。
落ちるところまで落ちたら、後は浮かぶしかない。
とはいえ泣きすぎて頭の芯がぼうっとしている。

 松里さんはそんな私の様子を見て、ちょっと呆れたみたいだった。
でも、やっぱり笑ってるんだけど。

「……少しは、前向きになれた?」

 ずっと頭をなでていてくれた手を下ろして、松里さんが言う。
私は何とも情けない気持ちになったけれど、すっきりしたのも事実だったので小さく頷いた。

「ほんっと、あのボケ猫どこをほっつき歩いてるんだか」

 溜息と共に言って、松里さんは口許を引き攣らせる。
あ、かなりお怒りなんだ。

「で、だ。前向きになったとこ悪いんだけど。神事はやんないと、どうにもなんないのよねえ……」

「……はい」

 覚悟はできたと思う。
これは尋常でない事態の救済なんだから。
私のわがままは無視してくれていいんだ。

「そっか。覚悟できたなら……ちょっとだけ我慢しててくれるかな」

 そう言ったかと思うと、ゆらりと松里さんの輪郭が溶ける。
驚いて目を瞠る私の前で、松里さんの姿が金色の毛並みの狐に変わっていった。

 え……変化できるんだ。
一度もしたことなかったから、出来ないのかと思っていた。
でも……。
その狐には、以前に言っていた通り、尻尾がなかった。

 これって、たぶんだけど。
あんまり他者に見せたい姿ではなかったからなのでは。

「ごめんね、里ちゃん。なるべく、すぐに済ませるから」

「松里さん……」

 ごめんねは、私の方だ。
たぶん私なんかに見せたくなかったと思うのに、こんなことさせてしまって。
私は金色のふかふかとした毛並みに魅せられたように視線を外せないまま、呟く。

「……松里さんて、かっこいいね」

「気付くの、おっそ!!」

 茶化すように言って、狐さんは口を開けて大笑いする。
声だけ松里さんで、違和感が全開。
でも、そのかっこよさは、どんな姿でも変わんないね。

 人の姿ではない交感は、初歩的なものだと知っている。
汐とは違うのだと、私に教えてくれる。
ただ、少しの霊力を分けるだけの儀式。

 松里さんは、手を、と言って私の手を自分の頭の上に乗せさせた。
伏せた姿勢で、狐の姿の彼はそっと目を閉じる。
眠るように穏やかな空気で、私の中の霊力を受け取ってくれる。
浅瀬でおだやかな波に足元をくすぐられていくような。

 これは、明日は筋肉痛にならずに済みそうだ。
汐との交感は、時に奪いつくされるのではないかと思うような激しい感覚を覚えることもあるけれど。
神様によっての違いなのか、それとも松里さんが手加減してくれているからなのか。
そこは分からないけど、ただ、これであの小さな神様たちが困らずに済むと思えば安堵だけがあった。

 だからかもしれないが、松里さんは儀式の後少し難しい顔をしていた。
神事自体は無事に終えられたけど、どうしたのだろうかと思っていたら、ううんと呻って考え込む。

「神事はともかくさ……これって、おかしいわよね」

「……うん?」

「里ちゃんが他の神との神事を嫌がるってことはさ。汐にしてみても、里ちゃんがそういうことするのは嫌だろうなって思うのよ。……あらやだ、アタシ、後で汐に殴られるんじゃないかしら」

「さ、さすがにそれはないかと……」

 殴られるとかはないんじゃないかな……。
思ったのだが、松里さんは大真面目なようだった。

「ま、殴られたらカウンターで殴り返すけど。それはともかく。里ちゃんにこんな真似をさせるのは、汐にとっても本意じゃないと思うのよね」

「はあ……」

 松里さんが何を言いたいのか、よくわからない。
ぽかんとして、曖昧な相槌を打っていると、にぶいわねーと怒られた。
……よく言われます。

「つまり……汐が今、ここに居ない不在は、汐自身の意思じゃないってことよ。……高天原にでも、ちょっと探り入れてみようかしらね」

 たかまがはら。
たしか、汐もそんな名前を口にしていたことがあった。
それは一体なんなんだろう。
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