スクリャービンの色

夢のもつれ

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凍結深度

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 道は折れて行くたびに細くなって、最後に舗装されていない林の中の道に入り、少し行くと左手にレンガ色の屋根にクリーム色の壁の建物が見えてきた。大きな屋根にドーマーがあって、山荘風になっている。窓が開け放たれていて、中では老夫婦が掃除道具を持って、立ち働いているのが見える。

「さあさあ、どうぞ。あんたの家だからどうぞと言うのも変だけど、すっかりきれいにしておいた。いやいやお礼はいいから、あたしらもこっちに住みついたのはいいけど、年寄り二人じゃ寂しくて、寂しくて、こういうのも気晴らしになる。うんうん、ここはいいところですよ。景色もいいし、空気も水もうまい。ほらこの水道の水、いや深い、深い井戸から汲み上げているんだけど、これがうまくってねえ。水道なんか目じゃない。ほら飲んでごらんなさい。あたしらは、病院、ほら途中で通ったでしょう、あの病院の傍に住んでいるんだよ、でも夜は寂しくってねえ。だって人はあんまり住んでないし、あたしらよそ者だし。……」

 家に入った途端、箒を持ったじいさんに矢継ぎ早に言葉を浴びせ掛けられて、いやどうもとか、ああおいしい水ですねとか、相槌を打ちながら、周りを見回してみるとソファや絨毯や冷蔵庫や、確かに色々揃っていて、この老夫婦が住んでいる家に来たような錯覚を覚えた。

 壁紙は薄い緑色で、下の方は腰板になっていて、大きな吹き抜けの天井も同じ節の多い板を使っていた。老夫婦は二人とも小柄で血色が良くて、何となくよく似ている。しかし、ばあさんの方はニコニコして夫の話に肯いているだけで、黙している。

 業者が後ろから、ちょっと説明したいと言うので、ついて外に出た。台所の外の蛇口の傍に青い蓋の水道栓があって、それを開けて中のバルブを開けたり閉めたりしながら、

「水を落とすときはこれをこっちに回して」とか説明を始めた。上の方は風があるのか、枝と枝が当たってコーン、コーンという軽い乾いた音がする。

 きょとんとしているのに気付いたのか、しゃがんだまま振り返らずに、

「いやこの時期は寒くってねえ、夜はすとーんと氷点下になります。ご逗留される間は大丈夫でしょうけど、帰られるときには必ず水抜きをしてください。この青いのを開けたら、こっちへ」と言いながら家沿いに歩いて、浴室の外のボイラーの傍にある赤い蓋の水道栓の中に長い鉄の棒を突っ込んで、

「これを回して閉めます」と言う。

 脇から覗き込んでみると、かなり深いところにバルブがぼんやり見える。

「深いですね」と言うと、

「凍結深度以下だからね」と聞き慣れないことを言う。

「これが開ける時。閉めるときは逆で赤、青ね」

「帰るときは赤、青ですか」

「そう、帰るときは逆に回して赤、青」と最後は節を付けるようにして言った。

 その後、プロパンガスや電気のことを説明して、デッキに向いた大きな窓から中に入ろうとすると、中にいたさっきのじいさんが窓に自分の額をコツコツ当てながら、

「こういうことにならないように、奥さんやお子さんだって危ないだろうから。ほら」と言って、わたしを指差す。爪の先が黒ずんでいる。見るとガラスの真ん中に小さな正方形のスポンジのようなものが貼ってある。他の窓ガラスも全部貼ったようだ。

「それはどうも」と言いながら、こんなのはすぐ剥がしてしまおうと思った。

 台所やブレーカーの説明をざっとし終えると業者は、

「じゃあこれで失礼します」と言う。慌てて、

「書類とかは」と訊くと、

「奥さんに渡したと思うけどなあ」と言う。

 何やかや忙しかったのと面倒だったので、まだ妻の身の回りのものには手を付けていない。散らかった家の中の様子を思い出すとひやりとするものがある。

「いや、引渡しの書類とかがあるんじゃないかと思って」

「いえ、引渡しはこれで終わりです。まあ何かあれば電話してくれれば」と言って帰りかけたところで、そうそうと言いながら戻って来て、シールのようなものを出して、流しの上のタイルに貼ろうとしている。プロパンガスの取扱店の名前と電話番号を書いたものらしい。それを見ながら、ふと部屋の中がしんとしているのに気がついて、

「あの人たちは?」と訊くと、

「用が済んだから帰ったんでしょう」と気にするふうもなく言う。

 老夫婦は、挨拶もしないで曇り空の下に沈んでいた病院の方へ帰って行ったようだった。用はいつ済んだのだろう。

「じゃあ、あたしもそろそろ」と業者もいよいよ帰りかけるので、

「買い物はどこですればいいの?」と訊くと、

「駅前にスーパーがあるから、そこで何でも揃う」と取り付く島もないように言って、帰ってしまった。

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