【完結】「弟の婚約者に相応しいか見定めに来た」と言っていた婚約者の兄に溺愛されたみたいです

あろえ

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第2話

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 王城に寝泊まりする宮廷薬師の私は、朝がとても遅い。職場まで徒歩二分なので、仕事が始まるギリギリまで寝ている。

 当然、朝の城内は騒がしい。メイドさんが動き回っていたり、文官や大臣たちが出勤してきたり、夜勤終わりの騎士がため息を吐いたり。

 何か騒動が起きたときは、騎士たちがドタバタと駆けていくこともあった。

 そんな音を聞きながら、優越感に浸るようにベッドの上でゴロゴロするのが、私の幸せだ。

 外の音が騒がしくて、眠れなくてもいい。目を閉じてボーッと過ごし、仕事が始まるギリギリまで寝ることに意味がある。

 誰にも邪魔されない朝ほど、心地いいものは――。

「解錠魔法『アンロック』」

 ん? 鍵が開いた?

 ガチャッと不穏な音が聞こえ、二度寝しかかっていた目をうっすらと開ける。すると、平然とした顔でズカズカと部屋にあがり込んでくる者がいた。

「仕事はどうした」

 義兄になるかもしれない人、アレク様だ。

 何も気にした様子を見せず、ベッドに腰を下ろした後、覗き込むように顔をグッと近づけてくるのは、さすがにやめてほしい。朝から至近距離で見つめてくるなんて、婚約者同士でやることだ。

 これが今世紀最大の高嶺の花と呼ばれる男性のお色気攻撃か? 無意識であったとしても、弟の婚約者候補に取るべき行動ではないだろう。

 もう少し距離感を考えていただきたい。

「今朝の仕事はどうしたと聞いている。俺の質問に答えろ」

 そして、聞く耳を持たなそうなタイプである。

 朝はのんびりと過ごしたいというのに……。

「まだ仕事の時間ではありません」
「もう三十分前だろう」
「まだ三十分前じゃないですか。私は仕事のギリギリまで寝ていたい派なんです」
「限度がある。王城で働く騎士やメイドたちは、もう出勤済みだぞ」
「職場に寝泊まりしているので、実質私も出勤済みです。どうしても起こしたいのなら、仕事が始まる五分前に来てください」
「俺は庶民のオカンか。いや、この場合は有能な執事になるのか?」
「どちらも不正解です。グリムガル公爵家の長男だと思います」
「……それくらいはわかっている。余計なことは言わなくてもいいから、早く起きろ」

 まったく顔色を変えないアレク様にジッと見つめられると、どう対応していいのかわからない。

 昨晩、日常を観察すると言われて了承したのは事実だ。しかし、勝手に乙女の部屋の鍵を開けるだけでなく、寝起きを襲撃するのはルール違反だろう。

 普通に考えて、アレク様が部屋にいる状態で起きられるはずがない。

 こっちはパジャマだぞ! 寝相が悪くて服が乱れていたら、責任を取ってくれるのか!

 答えはノー! 絶対に見せ損であり、ただでさえ低い貴族令嬢としての価値が下がるだけ!

「一応、私は未婚の貴族女性なのですが」
「そう思うのなら、早起きして身だしなみを整えるべきだろ」
「誰も気にしませんよ。私、尋常じゃないくらい影が薄いので」

 身分が低くて相手にされない、という意味ではない。小さい頃から存在感がなさすぎる私は、気づかれにくい体質なのだ。

 そのおかげでイジメの対象にならないし、揉め事に巻き込まれにくいので、意外に気に入っている。

 普通に城内を歩いていても認識されないため、身だしなみなど関係ないのだが……、どうにもアレク様は違う。弟の婚約者候補と強く意識することで、私をしっかりと認識していた。

 だから、こんな言い訳が通用しないわけであって――。

「よくわからん言い訳をするのは、減点だ。遮光性の高いカーテンを使用していたら、朝かどうかもわからんだろ」

 ベッドから立ち上がったアレク様は、何の迷いもなくカーテンに手をかけて、シャーッと開けた。

 薄目しか開かない私にとって、太陽光を浴びるのはハードルが高い。

「眩しい……!」

 よって、恥を忍んで布団にもぐった。

「世話が焼けるタイプだな。本当に宮廷薬師なのか?」

 縁談の話を断られたくはないが、朝はダメだ。いくら婚約者予定の兄であったとしても、のんびりとした朝だけは邪魔してほしくない。

「あと五秒で布団から出てこないと、強制的に叩き起こすぞ」

 何たる鬼畜! 悪魔! 人でなし! こんな人が高嶺の花と呼ばれていただなんて、ぐぬぬ……。

 アレク様なら本当にやりかねないと思い、仕方なく布団からひょこっと顔を出す。

「どうしても起こすというのなら、せめて気持ちよく起きられるようにおだててください」
「我が儘なお姫様にでもなったつもりか?」
「この部屋の主は私なので、あながち間違っておりません」

 のんびりとした朝が過ごせないのであれば、少しでも快適な朝に変えたい。そのため、交換条件を提示した。

 婚約者候補としては、間違いなく悪い対応だろう。スッと起きるのが当然であり、ダラダラと過ごしていれば、マイナス評価をされてもおかしくはない。

 でも、このままアレク様のペースに巻き込まれたら、私の平凡な日常が崩壊してしまう。

 昨夜の話し合いで失うものは何もないとわかったし、これくらいの我が儘は認めていただきましょうか!

 さあ、褒めてください! 布団から顔だけを出している、みっともない私のことを!!

 頑なに起きない私に呆れたのか、はぁ~っと大きなため息を吐いたアレク様は、もう一度ベッドに腰を下ろした。

 なるほど、長期戦も覚悟の上ということですか。仕事が始まる五分前まで、私はこのまま籠城作戦とさせていただきますよ。

「ニーナもわかると思うが、病弱な弟と親身に向き合ってくれる人は少ない。些細な変化を見逃さないように注視してくれていることも、体の状態に合わせて薬草の調合を変えていることも――」
「本気のやつはやめてください! 朝から恥ずかしいじゃないですか!」

 昨日が初対面だったはずなのに、なんでそんなに見てくれているんですか。褒められ慣れていないから、全身がムズムズしてきますよ。

「お前が褒めろと言ったんだろ。我が儘な奴だな」
「求めているものが違うんですよ。綺麗とか可愛いとかベタな言葉がありますよね?」
「キレイダナー」
「心がこもってないです。面倒くさいけど仕方なく言ってやるか、という気持ちで言わないでください。やり直しを要求します」

 圧倒的に目上のアレク様に対して、ブーブーと文句を言った私は、ふと我に返った。

 どうしてこんなことを言っているんだろうか、と。

 聞き慣れない言葉を聞いてしまった影響か、朝早く起こされて不機嫌だったからか、自分のことなのにわからない。なぜか臆することなく、強気に出てしまっている。

 しかも、私の我が儘を受け入れてくれるように、アレク様は優しい瞳で見つめ返してくれていた。

「まあ、そういう気持ちも持っていなくはないが……元々ニーナは綺麗だろ。そんな聞き慣れているような言葉で満足するのか?」
「だから、そういう本気っぽく聞こえる言い方は、ちょっと……」
「ん? どうした?」
「何でもないです。もういいです。すぐに起きますので、部屋から出ていってください」
「嘘をつくな、俺は騙されないぞ。そう言って、もう一度寝るつもりだろ」
「寝ませんから! 普通に恥ずかしいんですよ! めちゃくちゃ恥ずかしくて起きられないんです!」

 いったい私が何をしたというんだ、無意識に色気をばら撒く高嶺の花め! 人を起こすだけで飴と鞭を使い分け、自然に褒め殺しをしてくるとは……うぐぐっ!

 影も薄い、幸も薄い、爵位も低いという悲しみの三連コンボを決める私を女性扱いするなんて、貴族の鑑か! いや、国が誇る天才魔術師だから、貴族の鑑みたいな人なんだけど!

 混乱状態に陥った私とは違い、何も理解していないであろうアレク様は、何が恥ずかしいのかわからないと言わんばかりに首を傾げている。

「ニーナは確か十七歳だったな。俺はもう二十七歳だぞ。恥ずかしがる年齢差ではないんだが……」

 などと、恐ろしい言葉を残して部屋を去っていった。

 二度寝なんてできるはずがない。とても刺激的な朝である。

 アレク様の姿が見えなくなり、少し冷静になって考えると、自分の態度の悪さに息を飲んだ。

 思わず声を荒げてしまったが、これは私が悪いわけではない。いきなり部屋に入ってきたアレク様がすべて悪い……ことにする。

 だって、普通に恥ずかしい! 軽くおだててほしかっただけなのに、自然に褒めてくるのは卑怯だ!

 こっちは昨晩以上に寝癖がピーンッとなっていて、髪の毛がボッサボサだというのに!  もう……!

 思い返してみても、私の態度に機嫌を損ねた様子はなかったから、問題はないだろう。どちらかといえば、なぜかソワソワした気持ちが生まれている私の方に問題がある。

 なんかこう……心がかゆいし、ムズムズする。

 って、こんなことを考えている場合じゃない。早く着替えないと、またアレク様が部屋にやってくるかもしれない。

 バッと布団から飛び出した私は、すぐにチェストを漁った。しかし、こういう時に限って、問題は起こるものだ。

「あれ? 半年前に薬師の白衣を支給してもらったばかりなのに、なんでこんなにヨレヨレのものしかないんだろう。まだ使えると思っていたのになー……」

 とりあえず、一番綺麗な白衣を引っ張り出し、急いで着替えるのだった。
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