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第5話:メイドのシャル3
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「シャルさん。王城内は迷いやすいから、しばらくは一人で行動しないでね」
優しい笑顔で案内してくれるソフィアには悪いが、私はとても歯がゆい気持ちになっていた。
私たちに身分の差はあるけれど、互いに『ソフィ』『シャルロット』と呼ぶ仲である。それなのに『シャルさん』と呼ばれることになるとは。
うーん……どうにも違和感しかない。焦りは禁物だけれど、タイミングを見計らって、早めにカミングアウトしよう。
そんなことを考えていると、返事を忘れていたこともあり、ソフィアがグッと顔を近づけてきた。
「遠慮なく頼ってね。何か問題が起きた時は、連帯責任になっちゃうから」
とても真剣な目で訴えてくるのは、地獄のメイド長にお叱りを受けたくないからだと推測する。
「わかりました。ご迷惑をおかけしたくありませんが、頼らせていただきます」
ホッと安心するソフィアを見れば、ある意味でロジリーが共通の敵だと一致した。が、私の感情は複雑だ。
私の唯一の親友だというのに、全然気づいてくれないのね。うまく誤魔化せている証拠ではあるのだけれど、少しショックだわ。毎日顔を合わせていたのに。
それなら、どうしてロジリーは気づいたのかしら。王妃教育で行儀作法は磨いてきたし、簡単にはわからないはず。何か変な癖でもあったのかな。
考え事をしながらソフィアについていくと、大きな部屋に案内された。
「午前中が終わるまでに、この部屋を掃除しなくちゃいけないの。午後から会議に使うみたいなんだよね」
「そうですか。大変ですね……」
案内されたのは、百人以上の会議で使われる一室であり、とても広い。二人だけで掃除するのは、骨が折れそうな印象があった。
おそらく、婚約破棄の件で緊急会議が開かれるのだろう。事前準備をしてきたウォルトン家にとっては、仲間を引き入れる絶好の機会になると思う。
でも、会議が大荒れになることは間違いない。
現状だけでいえば、レオン殿下が暴走した、とも考えられる。現役の大臣たちが婚約破棄を認めるとは思えないし、婚約者をローズレイ家に戻そうと動く人も多いはず。
王国である以上、王族の意見が強いことには変わりないが。
「呆気に取られている暇はないよ。昼までに終わらせないと、怖いことになるからね」
ソフィアの声でハッと我に返った私は、すぐにぎこちない笑顔を作った。
「王城のメイド業は大変ですね」
「普段はもっと手が抜けるんだよ。でも、こういう時は頑張っておいた方がいいの。臨時ボーナスが出るよ」
昔からソフィアは、ずる賢い一面がある。何事においても、サボることが上手いのだ。
よって、普段のメイド業では気を引き締めなければならない。
「連帯責任なので、手を抜く時は気をつけてくださいね」
「うぅ……。なかなか言うね」
新人メイドの教育係に任命されたソフィアは、特大ブーメランが刺さっていることに気づいただろう。連帯責任によって、サボれなくなっているのだ。
まあ、当然のことよね。ロジリーに目を付けられたら、せっかく王城に潜入した意味がなくなるんだもの。
地獄のメイド長であるロジリーは、味方であったとしても、決して仲間になることはない。公爵家のシャルロットとしてではなく、メイドのシャルとして扱ってくるはず。
特別扱いという言葉は、彼女の辞書に存在しないのだから。
一応、ソフィアが真面目に仕事をするか目を光らせながら、私は会議室の掃除に取り掛かっていく。
窓を開けて、掃き掃除を手早く済ませた後、雑巾を絞って床を水拭き。お茶をこぼしたような跡を見つけたら、取れるまで綺麗に磨き上げた。
正直、とてもしんどい。腕がパンパンに張ってくるし、広々とした会議室をたった二人で掃除なんて、人手不足もいいところだ。
どうして私以外にもメイドを採用しなかったのか、ロジリーに問い詰めたい。情報収集したいのに、メイドの仕事だけでヘロヘロになりそうだもの。
早くも私が肩で息をし始めるなか、ケロッとした表情で水拭きするソフィアは、まだまだ余裕がありそうだった。
「もしかして、シャルさんは大きな屋敷で仕事した経験はないの?」
まさかソフィアよりも私の方が早く疲れるなんて。仕事も真面目にしているし、こんなところで親友の成長を見せられるとは思わなかった。
とりあえず、当たり障りのない形で誤魔化すとしよう。
「今まで働いた屋敷では、雑巾で水拭きする機会がありませんでした」
「あぁ~、今は雑巾をモップにセットする形で掃除するのが主流だもんね。ここは足腰を鍛えるために、わざわざ水拭きさせてるんだよ」
絶対にロジリーが許可を出していないだけだと思う。徹底的にメイドの厳しさを教え込み、掌握しようとする強い意図が見られる。
逆にいえば、ぬくぬくと育ってきたウォルトン家のメイドたちは、絶対に馴染めない環境になるだろう。ウォルトン家が地獄のメイド長を仲間に引き入れることは不可能であり、ロジリーに矛先が向くほど、私は陰で動くことができる。
ロジリーは怖いけれど、良い人ではあるのよね。わざわざ嫌われ者を引き受けてくれるから、メイドたちも気が引き締まり、良い仕事ができるんだと思う。……本当に怖いけれど。
「これから毎日水拭きをしなければならないと思うと、気が滅入りますね。思っている以上に体力が奪われてしまいます」
「最初のうちはそんなものかな。まあ、今日に関しては、嫌でも体が動くなるようになると思うよ」
ソフィアが不穏なことを言った瞬間、鋭い目つきをした人物が入ってきたので、彼女が言いたいことをすぐに察した。
「もう一人くらいは雇うべきだったかしら」
なぜか少ししんみりとしたロジリーが、会議室に入ってきたのである。その手に持つ雑巾を見れば、彼女が何をやり始めるのかわかるだろう。
予想通り、地獄のメイド長が水拭きを始めたので、私は戦々恐々としながら体を動かした。気を抜けない・休めない・私語もできないという地獄の環境が生まれてしまっている。
これは嫌でも体が動く……わけではない。怖くて体が動く、だった。
優しい笑顔で案内してくれるソフィアには悪いが、私はとても歯がゆい気持ちになっていた。
私たちに身分の差はあるけれど、互いに『ソフィ』『シャルロット』と呼ぶ仲である。それなのに『シャルさん』と呼ばれることになるとは。
うーん……どうにも違和感しかない。焦りは禁物だけれど、タイミングを見計らって、早めにカミングアウトしよう。
そんなことを考えていると、返事を忘れていたこともあり、ソフィアがグッと顔を近づけてきた。
「遠慮なく頼ってね。何か問題が起きた時は、連帯責任になっちゃうから」
とても真剣な目で訴えてくるのは、地獄のメイド長にお叱りを受けたくないからだと推測する。
「わかりました。ご迷惑をおかけしたくありませんが、頼らせていただきます」
ホッと安心するソフィアを見れば、ある意味でロジリーが共通の敵だと一致した。が、私の感情は複雑だ。
私の唯一の親友だというのに、全然気づいてくれないのね。うまく誤魔化せている証拠ではあるのだけれど、少しショックだわ。毎日顔を合わせていたのに。
それなら、どうしてロジリーは気づいたのかしら。王妃教育で行儀作法は磨いてきたし、簡単にはわからないはず。何か変な癖でもあったのかな。
考え事をしながらソフィアについていくと、大きな部屋に案内された。
「午前中が終わるまでに、この部屋を掃除しなくちゃいけないの。午後から会議に使うみたいなんだよね」
「そうですか。大変ですね……」
案内されたのは、百人以上の会議で使われる一室であり、とても広い。二人だけで掃除するのは、骨が折れそうな印象があった。
おそらく、婚約破棄の件で緊急会議が開かれるのだろう。事前準備をしてきたウォルトン家にとっては、仲間を引き入れる絶好の機会になると思う。
でも、会議が大荒れになることは間違いない。
現状だけでいえば、レオン殿下が暴走した、とも考えられる。現役の大臣たちが婚約破棄を認めるとは思えないし、婚約者をローズレイ家に戻そうと動く人も多いはず。
王国である以上、王族の意見が強いことには変わりないが。
「呆気に取られている暇はないよ。昼までに終わらせないと、怖いことになるからね」
ソフィアの声でハッと我に返った私は、すぐにぎこちない笑顔を作った。
「王城のメイド業は大変ですね」
「普段はもっと手が抜けるんだよ。でも、こういう時は頑張っておいた方がいいの。臨時ボーナスが出るよ」
昔からソフィアは、ずる賢い一面がある。何事においても、サボることが上手いのだ。
よって、普段のメイド業では気を引き締めなければならない。
「連帯責任なので、手を抜く時は気をつけてくださいね」
「うぅ……。なかなか言うね」
新人メイドの教育係に任命されたソフィアは、特大ブーメランが刺さっていることに気づいただろう。連帯責任によって、サボれなくなっているのだ。
まあ、当然のことよね。ロジリーに目を付けられたら、せっかく王城に潜入した意味がなくなるんだもの。
地獄のメイド長であるロジリーは、味方であったとしても、決して仲間になることはない。公爵家のシャルロットとしてではなく、メイドのシャルとして扱ってくるはず。
特別扱いという言葉は、彼女の辞書に存在しないのだから。
一応、ソフィアが真面目に仕事をするか目を光らせながら、私は会議室の掃除に取り掛かっていく。
窓を開けて、掃き掃除を手早く済ませた後、雑巾を絞って床を水拭き。お茶をこぼしたような跡を見つけたら、取れるまで綺麗に磨き上げた。
正直、とてもしんどい。腕がパンパンに張ってくるし、広々とした会議室をたった二人で掃除なんて、人手不足もいいところだ。
どうして私以外にもメイドを採用しなかったのか、ロジリーに問い詰めたい。情報収集したいのに、メイドの仕事だけでヘロヘロになりそうだもの。
早くも私が肩で息をし始めるなか、ケロッとした表情で水拭きするソフィアは、まだまだ余裕がありそうだった。
「もしかして、シャルさんは大きな屋敷で仕事した経験はないの?」
まさかソフィアよりも私の方が早く疲れるなんて。仕事も真面目にしているし、こんなところで親友の成長を見せられるとは思わなかった。
とりあえず、当たり障りのない形で誤魔化すとしよう。
「今まで働いた屋敷では、雑巾で水拭きする機会がありませんでした」
「あぁ~、今は雑巾をモップにセットする形で掃除するのが主流だもんね。ここは足腰を鍛えるために、わざわざ水拭きさせてるんだよ」
絶対にロジリーが許可を出していないだけだと思う。徹底的にメイドの厳しさを教え込み、掌握しようとする強い意図が見られる。
逆にいえば、ぬくぬくと育ってきたウォルトン家のメイドたちは、絶対に馴染めない環境になるだろう。ウォルトン家が地獄のメイド長を仲間に引き入れることは不可能であり、ロジリーに矛先が向くほど、私は陰で動くことができる。
ロジリーは怖いけれど、良い人ではあるのよね。わざわざ嫌われ者を引き受けてくれるから、メイドたちも気が引き締まり、良い仕事ができるんだと思う。……本当に怖いけれど。
「これから毎日水拭きをしなければならないと思うと、気が滅入りますね。思っている以上に体力が奪われてしまいます」
「最初のうちはそんなものかな。まあ、今日に関しては、嫌でも体が動くなるようになると思うよ」
ソフィアが不穏なことを言った瞬間、鋭い目つきをした人物が入ってきたので、彼女が言いたいことをすぐに察した。
「もう一人くらいは雇うべきだったかしら」
なぜか少ししんみりとしたロジリーが、会議室に入ってきたのである。その手に持つ雑巾を見れば、彼女が何をやり始めるのかわかるだろう。
予想通り、地獄のメイド長が水拭きを始めたので、私は戦々恐々としながら体を動かした。気を抜けない・休めない・私語もできないという地獄の環境が生まれてしまっている。
これは嫌でも体が動く……わけではない。怖くて体が動く、だった。
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