タイムトラベル同好会

小松広和

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第3章 未来への旅立ち

第22話 未来の世界を見ないで帰るなんて俺にはできねえ

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 暫く歩くとゲートらしき物が見えてきた。おそらくここでチェックを受けるのだろう。問題はこのパスポートにどこまで詳しい情報が入っているかだ。念入りに調べられたら、すぐに俺たちが侵入者だとばれてしまう。俺たち三人は緊張しながらゲートの方へ進みんで行った。

「あれ? 私だけ矢印の方向が違うみたい」
突然、萌が言う。そうか、この矢印は人によって見える方向が変わるんだ。今まで俺たちは同じ方向に進んでいたから気付かなかったのか。当然、俺には萌の矢印は見えない。

「どうして萌だけ違う場所に行かされるの?」
胡桃が当然の問いかけをした。
「パスポートの再発行の手続きかしら?」
自分の問いかけに自分で答える胡桃。
「そうか! でも手続きなんかしたら萌が侵入者だってすぐばれちゃうよね。だって言葉すら分からないし・・・・」
確かにその通りだ。俺と胡桃だって質問されたら終わりだ。ゲートに進んでいく人たちを見ると、一人一人長めの会話をしている。

「ダメだな」
俺はそっと呟いた。
「どうする? わざと捕まって強制送還されるって手もあるわよ」
胡桃は俺に説得するような口調で言った。
「強制送還される保証はないんじゃない?」
萌がやや緊張気味に答える。今まで一番落ち着いていたのに、ここに来て萌の様子が変わってきた。自分だけ違う方向に進まされる不安からかもしれない。

「こうなるのは覚悟の上で来たんだ。ゲートを強引に突破するぞ!」
「本気で言ってるの?」
「ここまで来て未来の世界を見ないで帰るなんて俺にはできねえ。たとえ捕まろうが俺はやる。胡桃わかってくれ」
胡桃は暫く考え、
「もう仕方ないわね」
と答えた。

 俺と胡桃の会話を聞いた萌が不機嫌そうな顔になる。
「どうして胡桃にだけ言うの?」
怖さも手伝ってか、萌の声はいつもとはまるで違っている。『助けて』とか『見捨てないで』という感情が籠もっているようにも感じる。一方、胡桃はなぜか嬉しそうだ。

「ごめん」
俺は素直に謝った。決して萌の存在を忘れていたわけではない。でも、なぜか萌より先に胡桃に話しかけてしまう。理由は分からないが、たぶん習慣から来るものだと思う。取り敢えず実行あるのみ。俺は突破のための準備体操を始めた。

「よし、行くぜ!」
俺が張り切って言うと、
「ちょっと待って」
と胡桃は俺を制した。
「どうして止めるの?」
萌が質問をする。俺だって同じ質問をしたい。ここは突破の選択肢しかなかろう。

「焦っちゃダメ」
「どういう意味だ?」 
「いい? ゲートは2つあるわ。そして、ゲートの向こう側には警備員らしき男の人が二人いる。一人は初老の男性でじっと立ってるだけ。もう一人は体格のいい若者。さっきから二つのゲートをうろうろしているの」
「それがどうしたんだ?」
「私たちが飛び出して捕まるなら、あの若い男性の方ね。だからあの男性が一番遠くに離れた時に行くべきよ」
「あなた天才ね」
萌が感心した口調で言った。こんな光景初めて見たぞ。まさかこの二人が相手に敬意を示すことがあろうとは。確かに胡桃は凄い。頭の回転が速いのだ。だから昔から口げ喧嘩で勝ったことがない。普通の喧嘩でも勝てないのだが。

「萌。あなたって運動神経はいい方?」
「悪くないと思うけど」
「恐らくすぐ警報ボタンを押されるから、通り抜けた後は全力で走らなければいけないけど大丈夫?」
「分かった。そういう胡桃こそ大丈夫なの?」
「私は百メートル十三秒で走れるから大丈夫よ」
「それって速すぎない?」
「だから陸上部の勧誘断るの大変なんだから」
胡桃がにっこりと笑った。

 胡桃の言葉に萌が更なる質問をする。
「どうして、そこまでしてタイムトラベル同好会にこだわらなきゃならないのよ?」
「それは‥‥」
胡桃はそっと俺を見た。
「なるほど。そんなに好きなんだ」
「そんなことないけど‥‥」
「萌は宮本君を諦めたわけじゃないからね。でも今は一時休戦てとこかしら?」
萌はにっこり笑い俺にウインクした。そんなことするなって。結局俺が最終的に蹴られるのだぞ。でも今回は違った。
「わかったわ。一緒に頑張りましょう」
胡桃は萌に握手を求めた。そうだよな。こんな状況でもめるなんてありないよな。俺はほっとして胸をなで下ろした。

 待つこと十分。その時は近付きつつある。
「いよいよチャンスかも」
若い男性が大きくゲートから離れたのだ。
「今よ!」
胡桃の掛け声とともに、俺たちは一斉にゲートに向かって走り出した。
「##%$&☆!」
ゲートで係をしていた女性が叫ぶ。それを聞いた二人のガードマンが慌てて俺たちを追いかけ始めた。

 暫くするとウィーンウィーンという警報音が通路に響き渡る。かなりの音量だ。
 俺たちは通路を右へ左へと曲がって走り続けた。白く光っていた通路は赤色に変わった。振り切っても振り切っても警備員は追いかけてくる。まるで俺たちの居場所が分かるかのように。

「おそらく監視カメラがあるのね」
「カメラなんかどこにもねえぞ」
「たぶん私たちには見えないのよ」
胡桃の言葉に萌が反応する。
「もしかして」
「どうした萌」
「その定期券が原因かも」
なるほど、そうかもしれない。

「そうよ、そうに違いないわ。定期券から電波か何かが出ていて、萌たちの居場所を知らせてるのよきっと」
「だったらこの定期券を置いていきましょう」
「わかった」
そう言うと俺は定期券を遠くへ投げ捨てた。するとたちまち通路の赤色は消え元の白い色に変わっていく。
「よし、チャンスだ」
俺たちは必死で走り続けた。やはり定期券がいけなかったのか警備員は追ってこなくなった。

 俺が振り向くと萌が遅れ始めている。
「萌、もうダメかも」
「あと少しで出口だ。頑張れよ」
もちろん出口が近いかどうか知る由もないのだが。こういうときの励ましはこんな感じだと思う。『ゴールまでかなりあるが頑張れ!』とは決して言うまい。

 そして萌がついにしゃがみ込んでしまった。
「おい、立てよ!」
「萌、こんなに走ったの初めてかも?」
「こんな所にいたら捕まっちゃうわよ」
萌はゆっくり立ち上がったが、足がふらついている。仕方なく肩を貸して歩かそうとするがこれでは進むのが遅すぎる。

「仕方ねえな。おぶってやるぜ」
「え? 本当?」
「ダメよ。そんなの」
胡桃が速攻で言った。
「捕まってもいいのか?」
「それはそうだけど」
胡桃は下を向き小さな声になった。

 萌はハアハアと息を切らせながらも、俺の肩に手を伸ばしてくる。俺は萌に背を向けると、萌が俺の背中に飛びついてきた。
「あとで覚えてなさいよ」
「なんか言ったか?」
「何も言わないわよ」
「やきもち焼いてるのよ」
急に明るい声になった萌が俺にそっと言った。
「まさか芝居じゃないでしょうね?」
「そんなわけないわよ」
なんだか萌の声が弾んでいるような気もするが深く考えないでくことにしよう。
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