言えないヒトコト

志月さら

文字の大きさ
1 / 12

1

しおりを挟む
 姿見をじっと見つめて、綾音は自分の恰好を全身くまなくチェックした。
 買ったばかりのワンピースに短めのソックスを合わせ、髪は軽く巻いてハーフアップに。メイクをするかどうか迷ったけれど、眉を整えて色付きリップをつけるだけにしておいた。
 今日のことを話したら友達がメイク道具を一式貸してくれたが、自分ではちゃんとやったことがないので自信がなかった。失敗して変なことになったら嫌だし、何より学校では毎日すっぴんの顔を見られているのだ。
 可愛いとは思われたいけれど、変に気合いを入れすぎて引かれたくはない。

「……よしっ」

 鏡に映る姿にひとまず納得して、小さく頷く。お気に入りのショルダーバッグを掴んで、ふと時計を見るとすでに家を出なければいけない時間を過ぎようとしていた。ばたばたと慌てて部屋を出る。
 焦りながらも出かける前にきちんとトイレを済ませて、履き慣れた可愛い靴に足を入れる。遅刻するわけにはいかないが、走ってうっかり汗だくになりたくもない。
 今日は、桜木綾音さくらぎあやねの人生至上もっとも大切な日――初デートの日なのだから。
 綾音はできる限りの早足で、待ち合わせ場所である駅前に向かって歩き出した。

***

「先輩、お待たせしました! 遅れてすみませんっ」
「おはよう、綾音ちゃん。俺もさっき来たばかりだから」

 軽く息を切らせた綾音が待ち合わせの時間に数分遅れて着くと、先に来ていた一条柚樹いちじょうゆずきは柔らかく微笑んで彼女を迎えてくれた。

「そんなに急いでこなくて大丈夫だよ。せっかく可愛い恰好してきたんだから、転んだりしたら大変だ」
「は、はい……あ、えっと、先輩も私服、素敵です!」

 さりげなく可愛いと言われてしまい、一気に頬が熱くなる。思わず目を逸らしてしまいそうになってから、慌てて口を開いた。
 初めて目にする彼の私服姿。爽やかな水色のシャツがよく似合っている。

「ありがとう。じゃあ行こうか」

 はい、と頷いて歩き出すと柚樹はそっと彼女の手を取った。あまりにも自然に手を繋がれたことに内心どぎまぎしながら、綾音はその手を握り返した。心臓がドキドキして、手のひらにしっとりと汗が浮かんでくる。
 どうしよう、手を離したほうがいいかなと戸惑っていると柚樹は優しい表情を向けてきた。

「そんなに緊張することないよ」
「あ、す、すみませんっ。手汗が……っ」
「俺は気にしないよ。それより綾音ちゃんと手繋いでいたいから。嫌?」

 そんなことを言われると嫌だとは答えられない。綾音は小さく首を振って、赤く染まった顔を隠すように俯いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...