言えないヒトコト

志月さら

文字の大きさ
8 / 12

8

しおりを挟む
「もしよかったら、もう少しお話ししたいです」
「そうだね、俺もそう思ってた。カフェかどこか入ろうか」
「はいっ」

 柚樹が同意してくれたことが嬉しくて、思わず顔がほころぶ。
 ひとまず一番近くのカフェに足を向けたが、混んでいて空席はなさそうだった。いくつかのカフェやファーストフード店などを回ってようやく空席を見つけたコーヒーチェーン店に入った。
 カウンターで飲み物を頼み、向かい合って座る。
 柚樹はアイスコーヒーを頼んでいたが、綾音はなるべくトイレに行きたくならないものをと考えてホットココアにした。ゆっくりと飲みながら、彼との他愛のない会話を楽しむ。
 先ほどの映画の話から始まり、好きな映画や本の話、学校での出来事など。一度話し始めると話題は尽きなくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。

「へえ、綾音ちゃん、お菓子作るの好きなんだ?」
「はい。中学のとき家庭科部だったんですけど、家でも色々作ってみるようになって……あの、先輩、甘いものは苦手ですか?」
「普段はあまり食べないけど、綾音ちゃんが作ってくれるなら食べたいな」
「本当ですか? 嬉しいですっ。今度作ってきますね!」
「楽しみにしてる。ああでも、学校だと他の人に食べられそうだな……」

 デートのときがいいな、とさらっと言われ、綾音は頬を染めて小さく頷いた。

(……あ)

 ふいに、お腹の奥がじんと疼いた。ココアはほとんど飲み切ってしまったし、映画の途中で手洗いに立ってからは時間が経っている。名残惜しく思いながらも、綾音はそっと口を開いた。

「あの、先輩、そろそろ……」
「ああ、もうこんな時間か。ちょっと長居しすぎちゃったね」

 腕時計を見て、柚樹は仄かに苦笑した。

「今日はもう帰ろうか」
「はい……」

 店内を出て、綾音はさりげなく周りを見渡した。トイレ、トイレ、トイレ。トイレ、どこだろう。まだ多少の余裕はあるが、それでも帰る前に寄らせてもらわないと、家に帰るまでは我慢できない。
 歩きながらようやく見つけた手洗いの表示に視線を向けると、女子トイレには長い列ができているのが見えた。あそこに並ぶと柚樹をかなり待たせてしまうことになる。それは申し訳ない。
 他に空いていそうなトイレを見かけたら声をかけよう。そう思って、平静を装って足を進める。
 フロアの端から、入口に一番近いエスカレーターまで歩いていく。女子トイレを見かけるたびにそっと視線を向けるが、もう夕方の時間帯とはいえ休日のショッピングモールのトイレはどこも混んでいそうだった。
 言い出せずにいるうちにエスカレーターに乗ってしまう。歩いているときはまだ平気だと思ったのに、じっと立っていると一気に尿意の強さを感じた。前に立っている柚樹に気付かれないように、ワンピースの上からこっそりと出口を押さえてすぐに離した。ほんの一瞬だけ楽になったけれど、じわじわと切羽詰まってきていることを実感する。

(早く、トイレ行かないと……恥ずかしいけど、先輩に言わなきゃ……)

 じいっと柚樹の背中を見つめる。彼は視線に気付くことはなく、ゆったりとした足取りでエスカレーターから降りた。そのまま、下の階へ下りるエスカレーターに向かって歩いていく。

「あ……」

 声をかけようとして、すぐに口を噤んでしまった。
 だめ、恥ずかしい。声が出ない。
 何も言えないまま、綾音は柚樹の後ろについていった。三階から二階へ、二階から一階へ。
 エスカレーターを降りて、あとは出口まで歩いていくだけ。ワンピースの裾を両手でぎゅっと握って、彼の隣で懸命に足を動かす。お腹の奥がたぷんと揺れた。
 どうしよう、言わないと。お手洗いに行きたいですって、ちゃんと言わないと。
 足取りが重たくなってくる。柚樹と少しだけ距離が開いて、ふいに彼は足を止めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...