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「もしよかったら、もう少しお話ししたいです」
「そうだね、俺もそう思ってた。カフェかどこか入ろうか」
「はいっ」
柚樹が同意してくれたことが嬉しくて、思わず顔がほころぶ。
ひとまず一番近くのカフェに足を向けたが、混んでいて空席はなさそうだった。いくつかのカフェやファーストフード店などを回ってようやく空席を見つけたコーヒーチェーン店に入った。
カウンターで飲み物を頼み、向かい合って座る。
柚樹はアイスコーヒーを頼んでいたが、綾音はなるべくトイレに行きたくならないものをと考えてホットココアにした。ゆっくりと飲みながら、彼との他愛のない会話を楽しむ。
先ほどの映画の話から始まり、好きな映画や本の話、学校での出来事など。一度話し始めると話題は尽きなくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「へえ、綾音ちゃん、お菓子作るの好きなんだ?」
「はい。中学のとき家庭科部だったんですけど、家でも色々作ってみるようになって……あの、先輩、甘いものは苦手ですか?」
「普段はあまり食べないけど、綾音ちゃんが作ってくれるなら食べたいな」
「本当ですか? 嬉しいですっ。今度作ってきますね!」
「楽しみにしてる。ああでも、学校だと他の人に食べられそうだな……」
デートのときがいいな、とさらっと言われ、綾音は頬を染めて小さく頷いた。
(……あ)
ふいに、お腹の奥がじんと疼いた。ココアはほとんど飲み切ってしまったし、映画の途中で手洗いに立ってからは時間が経っている。名残惜しく思いながらも、綾音はそっと口を開いた。
「あの、先輩、そろそろ……」
「ああ、もうこんな時間か。ちょっと長居しすぎちゃったね」
腕時計を見て、柚樹は仄かに苦笑した。
「今日はもう帰ろうか」
「はい……」
店内を出て、綾音はさりげなく周りを見渡した。トイレ、トイレ、トイレ。トイレ、どこだろう。まだ多少の余裕はあるが、それでも帰る前に寄らせてもらわないと、家に帰るまでは我慢できない。
歩きながらようやく見つけた手洗いの表示に視線を向けると、女子トイレには長い列ができているのが見えた。あそこに並ぶと柚樹をかなり待たせてしまうことになる。それは申し訳ない。
他に空いていそうなトイレを見かけたら声をかけよう。そう思って、平静を装って足を進める。
フロアの端から、入口に一番近いエスカレーターまで歩いていく。女子トイレを見かけるたびにそっと視線を向けるが、もう夕方の時間帯とはいえ休日のショッピングモールのトイレはどこも混んでいそうだった。
言い出せずにいるうちにエスカレーターに乗ってしまう。歩いているときはまだ平気だと思ったのに、じっと立っていると一気に尿意の強さを感じた。前に立っている柚樹に気付かれないように、ワンピースの上からこっそりと出口を押さえてすぐに離した。ほんの一瞬だけ楽になったけれど、じわじわと切羽詰まってきていることを実感する。
(早く、トイレ行かないと……恥ずかしいけど、先輩に言わなきゃ……)
じいっと柚樹の背中を見つめる。彼は視線に気付くことはなく、ゆったりとした足取りでエスカレーターから降りた。そのまま、下の階へ下りるエスカレーターに向かって歩いていく。
「あ……」
声をかけようとして、すぐに口を噤んでしまった。
だめ、恥ずかしい。声が出ない。
何も言えないまま、綾音は柚樹の後ろについていった。三階から二階へ、二階から一階へ。
エスカレーターを降りて、あとは出口まで歩いていくだけ。ワンピースの裾を両手でぎゅっと握って、彼の隣で懸命に足を動かす。お腹の奥がたぷんと揺れた。
どうしよう、言わないと。お手洗いに行きたいですって、ちゃんと言わないと。
足取りが重たくなってくる。柚樹と少しだけ距離が開いて、ふいに彼は足を止めた。
「そうだね、俺もそう思ってた。カフェかどこか入ろうか」
「はいっ」
柚樹が同意してくれたことが嬉しくて、思わず顔がほころぶ。
ひとまず一番近くのカフェに足を向けたが、混んでいて空席はなさそうだった。いくつかのカフェやファーストフード店などを回ってようやく空席を見つけたコーヒーチェーン店に入った。
カウンターで飲み物を頼み、向かい合って座る。
柚樹はアイスコーヒーを頼んでいたが、綾音はなるべくトイレに行きたくならないものをと考えてホットココアにした。ゆっくりと飲みながら、彼との他愛のない会話を楽しむ。
先ほどの映画の話から始まり、好きな映画や本の話、学校での出来事など。一度話し始めると話題は尽きなくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「へえ、綾音ちゃん、お菓子作るの好きなんだ?」
「はい。中学のとき家庭科部だったんですけど、家でも色々作ってみるようになって……あの、先輩、甘いものは苦手ですか?」
「普段はあまり食べないけど、綾音ちゃんが作ってくれるなら食べたいな」
「本当ですか? 嬉しいですっ。今度作ってきますね!」
「楽しみにしてる。ああでも、学校だと他の人に食べられそうだな……」
デートのときがいいな、とさらっと言われ、綾音は頬を染めて小さく頷いた。
(……あ)
ふいに、お腹の奥がじんと疼いた。ココアはほとんど飲み切ってしまったし、映画の途中で手洗いに立ってからは時間が経っている。名残惜しく思いながらも、綾音はそっと口を開いた。
「あの、先輩、そろそろ……」
「ああ、もうこんな時間か。ちょっと長居しすぎちゃったね」
腕時計を見て、柚樹は仄かに苦笑した。
「今日はもう帰ろうか」
「はい……」
店内を出て、綾音はさりげなく周りを見渡した。トイレ、トイレ、トイレ。トイレ、どこだろう。まだ多少の余裕はあるが、それでも帰る前に寄らせてもらわないと、家に帰るまでは我慢できない。
歩きながらようやく見つけた手洗いの表示に視線を向けると、女子トイレには長い列ができているのが見えた。あそこに並ぶと柚樹をかなり待たせてしまうことになる。それは申し訳ない。
他に空いていそうなトイレを見かけたら声をかけよう。そう思って、平静を装って足を進める。
フロアの端から、入口に一番近いエスカレーターまで歩いていく。女子トイレを見かけるたびにそっと視線を向けるが、もう夕方の時間帯とはいえ休日のショッピングモールのトイレはどこも混んでいそうだった。
言い出せずにいるうちにエスカレーターに乗ってしまう。歩いているときはまだ平気だと思ったのに、じっと立っていると一気に尿意の強さを感じた。前に立っている柚樹に気付かれないように、ワンピースの上からこっそりと出口を押さえてすぐに離した。ほんの一瞬だけ楽になったけれど、じわじわと切羽詰まってきていることを実感する。
(早く、トイレ行かないと……恥ずかしいけど、先輩に言わなきゃ……)
じいっと柚樹の背中を見つめる。彼は視線に気付くことはなく、ゆったりとした足取りでエスカレーターから降りた。そのまま、下の階へ下りるエスカレーターに向かって歩いていく。
「あ……」
声をかけようとして、すぐに口を噤んでしまった。
だめ、恥ずかしい。声が出ない。
何も言えないまま、綾音は柚樹の後ろについていった。三階から二階へ、二階から一階へ。
エスカレーターを降りて、あとは出口まで歩いていくだけ。ワンピースの裾を両手でぎゅっと握って、彼の隣で懸命に足を動かす。お腹の奥がたぷんと揺れた。
どうしよう、言わないと。お手洗いに行きたいですって、ちゃんと言わないと。
足取りが重たくなってくる。柚樹と少しだけ距離が開いて、ふいに彼は足を止めた。
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