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(あと、少し、もう少しだけだから、頑張って……っ)
また一人トイレから出てきて、綾音の前にいるのはあと二人だけだ。あと少し。あと少し我慢すれば、おしっこできる。
また一人、扉が開いて先頭の一人が入れ替わりに入る。
あと少し。あともう少し。
張り詰めたお腹が苦しい。どうしてこんなにおしっこがしたいのか、自分でもわけがわからなかった。映画を見ていたとき以上にしんどい。早く、トイレ空いて。おしっこさせて。
ざあ、とトイレを流す音が聞こえた瞬間、じゅ、と下着が熱くなった。
「やっ……」
思わず、焦った声が口から出た。必死に手で押さえて、前屈みになって、それ以上の決壊を押しとどめる。だめ、まだ出てきちゃだめ。こんなところでおしっこをしてはいけない。懸命に自分の身体に言い聞かせる。
一番奥の個室の扉が開いて、綾音よりも年下らしき少女が出てくる。
綾音の前に並んでいた女性はすぐに個室に入らず、こちらを振り向いて遠慮がちに口を開いた。
「あの、よかったら先にどうぞ」
「……すみませんっ」
トイレの順番を譲られたことを恥ずかしく感じながらも、綾音にその好意を断る余裕はなかった。小さく頭を下げて彼女を追い越す。じわじわと下着が濡れてくるのを感じながら、個室に飛び込んだ。
乱暴に扉を閉めて鍵をかける。――そこで、限界だった。
待ち望んだ場所に足を踏み入れた瞬間、膀胱が勝手に収縮し始めてしまった。
「あっあっ……」
じゅ、じゅう、と溢れたものは、布を突き抜け指先をじっとりと濡らした。ぎゅ、と押さえる力を強くしても意味はなく、下着の中に温かい感触が広がっていく。つう、と溢れた一筋が腿を伝った。
このままでは床を汚してしまう。
綾音はとっさに便器に腰を下ろした。下着を脱ぐこともできないまま、片手はワンピースを握り締めたままで。じょろろ、と指の隙間を突き抜けて、水流が陶器の中に落ちていく。
「ぅぅ……」
お尻が温かく濡れていく。不快感に眉を寄せるが、もう止めようがない。諦めて、押さえていた手を離した。
(おしっこ、出ちゃった……)
身体から力が抜けて、一気におしっこが勢いを増した。じゅー、じゃああと大きな音を立てている。綾音は、慌てて音消しのためにセンサーに手をかざした。個室内に流水音が流れ出すが、我慢に我慢を重ねたおしっこはその音にも掻き消されなかった。頬が熱くなる。早く止まってほしいのに、水音はなかなか止まない。
流水音が弱まっていくのと同時に、おしっこも勢いを弱めていった。ぴちゃぴちゃと滴が落ちて、ようやく排尿が終わる。
苦しかったお腹は軽くなったものの、綾音の気持ちはまったくすっきりしていなかった。
どうしよう。漏らしちゃった。
下着もワンピースもぐしょぐしょで、このままではトイレから出られない。紙で拭く程度ではほとんど意味がないだろうし、当然のことながら着替えも持っていない。
(どうしよう、どうしたら……)
涙を浮かべながら、混乱した頭でどうしたらいいのか必死に考える。いつまでもこうしているわけにはいかないし、柚樹のこともずっと待たせておくわけにはいかない。
逡巡の末に、綾音は肩にかけたままのショルダーバッグに、濡れていない片手を伸ばした。
震える手でスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
【先輩】
【ごめんなさい】
何と書けばいいのか考える余裕もないまま、ただ頭に浮かんだ言葉を送る。
数十秒も待たないうちに既読マークがついた。
【どうした? 大丈夫?】
まにあわなくて、と送信してから、慌てて続きの文章を入力する。
【服とかよごしちゃって
トイレから出られないです
どうしよう】
少しだけ間が空いて、柚樹から返信がきた。
【着替え買ってくるから
少しだけ待ってて
すぐ戻るから】
間髪入れずに、もうひとつ。
【大丈夫だよ】
柚樹の優しい声が聞こえた気がして、綾音はスマホを片手で握り締め、小さく頷いた。
また一人トイレから出てきて、綾音の前にいるのはあと二人だけだ。あと少し。あと少し我慢すれば、おしっこできる。
また一人、扉が開いて先頭の一人が入れ替わりに入る。
あと少し。あともう少し。
張り詰めたお腹が苦しい。どうしてこんなにおしっこがしたいのか、自分でもわけがわからなかった。映画を見ていたとき以上にしんどい。早く、トイレ空いて。おしっこさせて。
ざあ、とトイレを流す音が聞こえた瞬間、じゅ、と下着が熱くなった。
「やっ……」
思わず、焦った声が口から出た。必死に手で押さえて、前屈みになって、それ以上の決壊を押しとどめる。だめ、まだ出てきちゃだめ。こんなところでおしっこをしてはいけない。懸命に自分の身体に言い聞かせる。
一番奥の個室の扉が開いて、綾音よりも年下らしき少女が出てくる。
綾音の前に並んでいた女性はすぐに個室に入らず、こちらを振り向いて遠慮がちに口を開いた。
「あの、よかったら先にどうぞ」
「……すみませんっ」
トイレの順番を譲られたことを恥ずかしく感じながらも、綾音にその好意を断る余裕はなかった。小さく頭を下げて彼女を追い越す。じわじわと下着が濡れてくるのを感じながら、個室に飛び込んだ。
乱暴に扉を閉めて鍵をかける。――そこで、限界だった。
待ち望んだ場所に足を踏み入れた瞬間、膀胱が勝手に収縮し始めてしまった。
「あっあっ……」
じゅ、じゅう、と溢れたものは、布を突き抜け指先をじっとりと濡らした。ぎゅ、と押さえる力を強くしても意味はなく、下着の中に温かい感触が広がっていく。つう、と溢れた一筋が腿を伝った。
このままでは床を汚してしまう。
綾音はとっさに便器に腰を下ろした。下着を脱ぐこともできないまま、片手はワンピースを握り締めたままで。じょろろ、と指の隙間を突き抜けて、水流が陶器の中に落ちていく。
「ぅぅ……」
お尻が温かく濡れていく。不快感に眉を寄せるが、もう止めようがない。諦めて、押さえていた手を離した。
(おしっこ、出ちゃった……)
身体から力が抜けて、一気におしっこが勢いを増した。じゅー、じゃああと大きな音を立てている。綾音は、慌てて音消しのためにセンサーに手をかざした。個室内に流水音が流れ出すが、我慢に我慢を重ねたおしっこはその音にも掻き消されなかった。頬が熱くなる。早く止まってほしいのに、水音はなかなか止まない。
流水音が弱まっていくのと同時に、おしっこも勢いを弱めていった。ぴちゃぴちゃと滴が落ちて、ようやく排尿が終わる。
苦しかったお腹は軽くなったものの、綾音の気持ちはまったくすっきりしていなかった。
どうしよう。漏らしちゃった。
下着もワンピースもぐしょぐしょで、このままではトイレから出られない。紙で拭く程度ではほとんど意味がないだろうし、当然のことながら着替えも持っていない。
(どうしよう、どうしたら……)
涙を浮かべながら、混乱した頭でどうしたらいいのか必死に考える。いつまでもこうしているわけにはいかないし、柚樹のこともずっと待たせておくわけにはいかない。
逡巡の末に、綾音は肩にかけたままのショルダーバッグに、濡れていない片手を伸ばした。
震える手でスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
【先輩】
【ごめんなさい】
何と書けばいいのか考える余裕もないまま、ただ頭に浮かんだ言葉を送る。
数十秒も待たないうちに既読マークがついた。
【どうした? 大丈夫?】
まにあわなくて、と送信してから、慌てて続きの文章を入力する。
【服とかよごしちゃって
トイレから出られないです
どうしよう】
少しだけ間が空いて、柚樹から返信がきた。
【着替え買ってくるから
少しだけ待ってて
すぐ戻るから】
間髪入れずに、もうひとつ。
【大丈夫だよ】
柚樹の優しい声が聞こえた気がして、綾音はスマホを片手で握り締め、小さく頷いた。
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