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【待たせてごめん、出てこられる?】
十五分ほど経ったあと、柚樹からメッセージが送られてきた。
すぐに出ます、と返しておずおずと立ち上がる。
濡れた手や下着はトイレットペーパーで拭いてみたけれど、ぐっしょりと濡れたワンピースは少し拭いたくらいでは誤魔化しようがない。この姿でトイレから出るのは恥ずかしくて仕方がないが、綾音は覚悟を決めて水を流した。
混雑しているトイレに長い時間篭ってしまったことに罪悪感を覚えながら、そっと扉を開ける。足早に洗面台へ進んで手を洗った。周りの女性たちの視線が突き刺さるような気がする。顔を俯けてそそくさと女子トイレから出ると、すぐ近くの壁際に、紙袋を持った柚樹が立っていた。
「あ……」
視線がぶつかって、思わず逃げ出したくなる。けれど逃げる場所なんてない。綾音はおずおずと、彼に歩み寄った。濡れた下着が肌に張り付いているのが、冷たくて気持ち悪い。
「あの……」
「着替えとかタオルとか買ってきたから、着替えておいで。待たせちゃってごめんね」
綾音が口を開くより先に、柚樹は紙袋を差し出してくれた。
「い、いえ……ごめんなさい。ありがとう、ございます」
紙袋を受け取りつつ、綾音は戸惑ったように女子トイレのほうに視線を移した。着替えるためにはまたトイレに入らなければいけないが、多少はマシになったものの女子トイレにはまだ順番待ちの列がある。びっしょりと濡れた恰好で、再びあの列に加わるのは躊躇ってしまう。
「いまだけ、こっちを使わせてもらおう? 急げば大丈夫だよ」
「は、い」
柚樹にそっと促され、綾音は空いている近くの多目的トイレに入った。紙袋の中を開けてみる。タオルが二枚と女性用の下着、シンプルなシャツワンピースに靴下まで入っている。すべてタグが切ってあった。彼の気遣いに有難さと申し訳なさを感じながら、綾音はタオルで手早く身体を拭いて着替えを済ませた。
汚れた衣服は紙袋の中にしまっておき、そっとトイレから出る。柚樹は少し離れたところで待っていてくれた。
「落ち着いた?」
問われて、こくんと頷く。彼と目を合わせることができなくて、つい視線が下がってしまう。
「気にしなくていいよ、って言っても、気にしちゃうかもしれないけど。でも、大丈夫だから、……泣かないで?」
少し困ったような柚樹の声を聞いて、初めて、自分が泣いていることに気付いた。頬が濡れている。気が付いてしまうともうだめで、何か言おうと開いた唇からは嗚咽しか出てこなかった。
「……っ、ごめ、なさ……っ」
「ああ、ごめん、ごめん。無理に泣き止もうとしなくていいよ。ちょっと座ろうか」
柚樹に誘導されて、隅にある長椅子に腰を下ろした。ぼろぼろと零れてくる涙を必死に指先で拭っていると、彼からハンカチを差し出された。自分のハンカチもあるので断ろうとしたけれど、その前に顔を拭われてしまう。そのまま彼のハンカチを受け取って、そっと目元を押さえた。
綾音が泣き止むまで、柚樹は静かに隣に座っていてくれた。
十五分ほど経ったあと、柚樹からメッセージが送られてきた。
すぐに出ます、と返しておずおずと立ち上がる。
濡れた手や下着はトイレットペーパーで拭いてみたけれど、ぐっしょりと濡れたワンピースは少し拭いたくらいでは誤魔化しようがない。この姿でトイレから出るのは恥ずかしくて仕方がないが、綾音は覚悟を決めて水を流した。
混雑しているトイレに長い時間篭ってしまったことに罪悪感を覚えながら、そっと扉を開ける。足早に洗面台へ進んで手を洗った。周りの女性たちの視線が突き刺さるような気がする。顔を俯けてそそくさと女子トイレから出ると、すぐ近くの壁際に、紙袋を持った柚樹が立っていた。
「あ……」
視線がぶつかって、思わず逃げ出したくなる。けれど逃げる場所なんてない。綾音はおずおずと、彼に歩み寄った。濡れた下着が肌に張り付いているのが、冷たくて気持ち悪い。
「あの……」
「着替えとかタオルとか買ってきたから、着替えておいで。待たせちゃってごめんね」
綾音が口を開くより先に、柚樹は紙袋を差し出してくれた。
「い、いえ……ごめんなさい。ありがとう、ございます」
紙袋を受け取りつつ、綾音は戸惑ったように女子トイレのほうに視線を移した。着替えるためにはまたトイレに入らなければいけないが、多少はマシになったものの女子トイレにはまだ順番待ちの列がある。びっしょりと濡れた恰好で、再びあの列に加わるのは躊躇ってしまう。
「いまだけ、こっちを使わせてもらおう? 急げば大丈夫だよ」
「は、い」
柚樹にそっと促され、綾音は空いている近くの多目的トイレに入った。紙袋の中を開けてみる。タオルが二枚と女性用の下着、シンプルなシャツワンピースに靴下まで入っている。すべてタグが切ってあった。彼の気遣いに有難さと申し訳なさを感じながら、綾音はタオルで手早く身体を拭いて着替えを済ませた。
汚れた衣服は紙袋の中にしまっておき、そっとトイレから出る。柚樹は少し離れたところで待っていてくれた。
「落ち着いた?」
問われて、こくんと頷く。彼と目を合わせることができなくて、つい視線が下がってしまう。
「気にしなくていいよ、って言っても、気にしちゃうかもしれないけど。でも、大丈夫だから、……泣かないで?」
少し困ったような柚樹の声を聞いて、初めて、自分が泣いていることに気付いた。頬が濡れている。気が付いてしまうともうだめで、何か言おうと開いた唇からは嗚咽しか出てこなかった。
「……っ、ごめ、なさ……っ」
「ああ、ごめん、ごめん。無理に泣き止もうとしなくていいよ。ちょっと座ろうか」
柚樹に誘導されて、隅にある長椅子に腰を下ろした。ぼろぼろと零れてくる涙を必死に指先で拭っていると、彼からハンカチを差し出された。自分のハンカチもあるので断ろうとしたけれど、その前に顔を拭われてしまう。そのまま彼のハンカチを受け取って、そっと目元を押さえた。
綾音が泣き止むまで、柚樹は静かに隣に座っていてくれた。
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