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しばらくするとようやく気持ちが落ち着いてきて、綾音はおずおずと顔を上げた。柚樹の顔をそっと窺うと、彼は目を細めて優しく言った。
「……落ち着いた?」
「はい。……泣いちゃって、ごめんなさい。ハンカチ、ありがとうございました」
洗って返しますね、と言ったが、そのままでいいよと手の中から取り上げられてしまった。
彼に迷惑をかけてばかりで、情けなくなってしまう。はたと、綾音は大事なことを思い出した。
「あ、あの、さっきのお金、返します。レシート見せてください」
「ああ、別に……」
「よくないです、ちゃんと返しますっ」
柚樹は少しだけ躊躇う様子を見せてからレシートを差し出した。書かれていた金額は五千円弱。
衣服も生活雑貨も置いてある手近な店で急いで買ってきてくれたのだろう。
お小遣いしかもらっていない身としては痛い出費だが、自分の失敗のせいなのだからお金を返さないわけにはいかない。
財布から千円札を五枚取り出して、おつりはいらないです、と彼に手渡した。今月はもう無駄遣いはできない。
「……たくさん、迷惑かけちゃって、すみませんでした」
ワンピースの裾をきゅっと握って、震える声でぽつりと呟く。
迷惑なんかじゃないよ、と柚樹は言ってくれたけれど、綾音は小さく首を振った。
映画の途中で席を立ってしまったり、トイレに行きたいというたった一言さえ、恥ずかしくて言い出せなかったり。挙句の果てにはおもらしまでして、彼に下着まで買ってきてもらって。これが迷惑をかけてないなどと言えるわけがない。
それに、彼の前で粗相をしてしまったのは、これで二度目なのだ。
「だって私、先輩の前で二度も、お、おもらししちゃって、汚いし、嫌に、なりませんか……っ」
「……初めて会ったときから、綾音ちゃんのこと汚いとか嫌だなんて思ったことないよ」
初めて会ったとき。彼の言葉を聞いて、頬が熱くなる。あのときも綾音はおしっこを漏らしてしまって、けれど、柚樹は嫌な顔ひとつせずに優しく対処してくれた。
彼の言葉も、優しさも、本心からのものだと、信じていいのだろうか。
黙り込んでしまった綾音に、柚樹は立ち上がって手を差し伸べた。
「帰る前に、少しだけ買い物に付き合ってくれる?」
「はい……?」
断る理由などなく、前を歩く彼についていく。連れていかれたのはアクセサリーショップだった。手に取りやすい価格帯で、中高生の女の子に人気がある店だ。
「あの……先輩……?」
てっきり彼の買い物に付き合うものだと思っていたので、思いきり女の子向けのショップに連れてこられたことに困惑する。彼は並んでいるアクセサリーをいくつか眺めて、ひとつのペンダントを手に取った。
「これとか綾音ちゃんに似合うと思うんだけど。どうかな?」
「……かわいい、です」
首に当てて鏡を覗いてみる。音符がモチーフの小さなペンダントトップ。シンプルな可愛らしさのあるデザインはどんなコーディネートにも合うような気がした。
「気に入ったなら、プレゼントするよ」
「えっ、そんな、悪いです」
「俺がプレゼントしたいんだ。今日が嫌な思い出になっちゃわないように。ね?」
優しい笑顔で顔を覗き込まれる。「迷惑かな?」と訊かれて、そっと首を振った。
「……嬉しい、です」
「ならよかった。買ってくるね」
会計を済ませた柚樹は、可愛らしくラッピングされた小さな包みを手渡してくれた。
大切に受け取る。決して高くはないアクセサリーだけれど、彼の心遣いが嬉しくて、どんな高価な贈り物よりも価値のあるものに思えた。
「次に着けてきてくれると嬉しいな」
「はい。そうします」
次があるんだ。彼の何気ない言葉に安心して、さっきまでの落ち込んでいた気持ちが晴れてくる。バスから降りた帰り道、彼はそっと手を繋いでくれて、綾音を家まで送り届けてくれた。
繋いだ手が温かくて、彼の優しさが伝わってくる。
「また月曜日に、学校でね」
「……はいっ」
手を振る柚樹に、綾音は精一杯の笑顔で頷いた。
「……落ち着いた?」
「はい。……泣いちゃって、ごめんなさい。ハンカチ、ありがとうございました」
洗って返しますね、と言ったが、そのままでいいよと手の中から取り上げられてしまった。
彼に迷惑をかけてばかりで、情けなくなってしまう。はたと、綾音は大事なことを思い出した。
「あ、あの、さっきのお金、返します。レシート見せてください」
「ああ、別に……」
「よくないです、ちゃんと返しますっ」
柚樹は少しだけ躊躇う様子を見せてからレシートを差し出した。書かれていた金額は五千円弱。
衣服も生活雑貨も置いてある手近な店で急いで買ってきてくれたのだろう。
お小遣いしかもらっていない身としては痛い出費だが、自分の失敗のせいなのだからお金を返さないわけにはいかない。
財布から千円札を五枚取り出して、おつりはいらないです、と彼に手渡した。今月はもう無駄遣いはできない。
「……たくさん、迷惑かけちゃって、すみませんでした」
ワンピースの裾をきゅっと握って、震える声でぽつりと呟く。
迷惑なんかじゃないよ、と柚樹は言ってくれたけれど、綾音は小さく首を振った。
映画の途中で席を立ってしまったり、トイレに行きたいというたった一言さえ、恥ずかしくて言い出せなかったり。挙句の果てにはおもらしまでして、彼に下着まで買ってきてもらって。これが迷惑をかけてないなどと言えるわけがない。
それに、彼の前で粗相をしてしまったのは、これで二度目なのだ。
「だって私、先輩の前で二度も、お、おもらししちゃって、汚いし、嫌に、なりませんか……っ」
「……初めて会ったときから、綾音ちゃんのこと汚いとか嫌だなんて思ったことないよ」
初めて会ったとき。彼の言葉を聞いて、頬が熱くなる。あのときも綾音はおしっこを漏らしてしまって、けれど、柚樹は嫌な顔ひとつせずに優しく対処してくれた。
彼の言葉も、優しさも、本心からのものだと、信じていいのだろうか。
黙り込んでしまった綾音に、柚樹は立ち上がって手を差し伸べた。
「帰る前に、少しだけ買い物に付き合ってくれる?」
「はい……?」
断る理由などなく、前を歩く彼についていく。連れていかれたのはアクセサリーショップだった。手に取りやすい価格帯で、中高生の女の子に人気がある店だ。
「あの……先輩……?」
てっきり彼の買い物に付き合うものだと思っていたので、思いきり女の子向けのショップに連れてこられたことに困惑する。彼は並んでいるアクセサリーをいくつか眺めて、ひとつのペンダントを手に取った。
「これとか綾音ちゃんに似合うと思うんだけど。どうかな?」
「……かわいい、です」
首に当てて鏡を覗いてみる。音符がモチーフの小さなペンダントトップ。シンプルな可愛らしさのあるデザインはどんなコーディネートにも合うような気がした。
「気に入ったなら、プレゼントするよ」
「えっ、そんな、悪いです」
「俺がプレゼントしたいんだ。今日が嫌な思い出になっちゃわないように。ね?」
優しい笑顔で顔を覗き込まれる。「迷惑かな?」と訊かれて、そっと首を振った。
「……嬉しい、です」
「ならよかった。買ってくるね」
会計を済ませた柚樹は、可愛らしくラッピングされた小さな包みを手渡してくれた。
大切に受け取る。決して高くはないアクセサリーだけれど、彼の心遣いが嬉しくて、どんな高価な贈り物よりも価値のあるものに思えた。
「次に着けてきてくれると嬉しいな」
「はい。そうします」
次があるんだ。彼の何気ない言葉に安心して、さっきまでの落ち込んでいた気持ちが晴れてくる。バスから降りた帰り道、彼はそっと手を繋いでくれて、綾音を家まで送り届けてくれた。
繋いだ手が温かくて、彼の優しさが伝わってくる。
「また月曜日に、学校でね」
「……はいっ」
手を振る柚樹に、綾音は精一杯の笑顔で頷いた。
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