蜂蜜色のみずたまり

志月さら

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遊園地デート①

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 はあ、と吐く息が白く染まる。空は晴れ渡っているのに気温は低いみたいだ。
 防寒はしっかりしてきたつもりだけれど、顔に当たる空気が冷たいのはどうしようもない。けれど手袋越しに繋いだ手だけはとても温かい気がして、ふと目が合った早瀬さんはにこっと微笑んでくれた。

 どきっと心臓が跳ねて、顔が赤くなるのを感じる。
 お付き合いを始めて数ヶ月。いまだに彼女の笑顔に見慣れることなどなく、何度見ても、新鮮に可愛いと思ってしまう。ドキドキしながら口を開いた。

「次、何に乗ろうか?」
「あっちのジェットコースターはどうかなっ?」
「うん、いいよ」

 楽しそうに提案する早瀬さんに頷く。
 意外なことに早瀬さんは絶叫系もお化け屋敷も怖くはないようで、午前中からずっと、珍しくはしゃいだ様子を見せてくれていた。
 クリスマスより少しだけ早い週末。早瀬さんと二人でイルミネーションが綺麗だと評判の遊園地を訪れた。イルミネーションなんていままでは全然興味がなかったのに、好きな人と一緒だと見に行きたくなるから不思議だ。

 二人で遊園地に来るのは実は初めてだった。本当はクリスマスイブ当日にでも来られたらよかったのだけれど、夜はお互いに家族と過ごすことになっている。
 高校一年生の身分では、クリスマスに恋人と過ごすのはなかなか難易度が高い。
 ジェットコースターの乗り場に来ると、人気のアトラクションなので一時間待ちだった。

「結構並ぶみたいだね……早瀬さん、寒くない?」
「うん、大丈夫。八木くんは平気? 待つの嫌じゃない?」
「僕も大丈夫。これ乗りたかったし」

 最後尾に並び、他愛のない話をしながら順番を待つ。
 ――今日の僕には密かな目標が三つあった。

 一つ、早瀬さんにトイレの失敗をさせないこと。これは絶対だ。今日はとくに寒いから、適宜休憩を取るなど、さりげなく気を遣いながら過ごそうと決めている。
 ジェットコースターの行列を見たときは少し心配になったけど、先ほど昼食のあとにお互いトイレを済ませたばかりだから、一時間待ちくらいなら問題ないだろう。

 二つ目は、早瀬さんじゃなくて、鈴香さん、と名前で呼ぶこと。そろそろ名字呼びからは脱却したい……けど、なかなかタイミングが掴めない。突然名前で呼んだらびっくりさせちゃうだろうか。ちなみに呼び捨てはとてもじゃないけどできそうにない。

 三つ目は……キス、できたらいいな、なんて。名前呼びより高いハードルだけど、せっかくのクリスマス(よりは少し早いけど)デートなのだからタイミングとしてはぴったりなんじゃないだろうか。イルミネーションを眺めながらなら、雰囲気もばっちりなはず。

 今日はずっとそんなことを考えながら過ごしていた。
 早瀬さんと話していると長い待ち時間も苦にならない。前に並んでいる人の数がだいぶ減ってきたところで、ふと彼女の横顔を窺うと、なんだか顔色が優れないような気がした。

「早瀬さん、大丈夫? もしかして体調悪い?」
「……ううん、大丈夫だよ」

 そう言うものの、正直、彼女が言う「大丈夫」はあんまり信用できない。
 無理してジェットコースターには乗らない方がいいだろうし、列を抜けるべきかなと考えていると、早瀬さんが微かに身体を揺らしたのが見えてしまった。タイツに包まれた膝が擦り合わされたのも。

「えっと…………もしかしてだけど、トイレ行きたい?」

 こっそりと小声で訊ねる。途端に、早瀬さんの顔が赤く染まった。小さな頷きが返ってくる。

「ごめんなさい。さっきも行ったのに……」
「謝らなくていいよ。トイレ行こう?」
「でも、順番もう少しなのに……並び直しになっちゃわない?」

 早瀬さんは不安そうな顔をしたけれど、トイレを我慢した状態でジェットコースターになんて乗ったら、それこそ大変だ。並び直しになるのは仕方がない。
 しかし早瀬さんはなかなか列を抜けたがらなかった。気にしなくていいのに。
 どうしようかと思案していると、スタッフさんが近くを通りがかった。すみません、と声をかけて、こちらに来てくれた女性スタッフに訊ねる。

「あの、トイレに行きたくなっちゃったんですけど、列を抜けたらやっぱり並び直しになってしまいますか?」
「大丈夫ですよ」

 一人が列に残って、順番が回ってくる前に戻ってくれば合流して構わないと言ってもらえた。ありがとうございます、とお礼を言って、早瀬さんに顔を向ける。

「早瀬さん、一人で大丈夫?」
「うん。ごめんね、すぐ戻るからっ」

 ぱたぱたと走っていく早瀬さんを見送る。幸いトイレの建物はすぐ近くにあったので迷うこともないだろう。
 待つこと数分。前に並んでいる数人がジェットコースターに乗り込み、あともう少しで順番が回ってくるというタイミングで早瀬さんが戻ってくるのが見えた。後ろの人に軽く頭を下げてから僕の隣に並び直した早瀬さんは、ほっとした表情をしていた。

「八木くん、ありがとう」
「ううん。間に合ってよかった」
「……うん」

 何の気なしに言うと、早瀬さんは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
 ああ、違う、そういう意味で言ったんじゃなくて。普通にジェットコースターに間に合ってよかったって思っただけなんだけど、誤解をさせてしまったかもしれない。
 口を開こうとした途端、係員の人に案内されてそのままジェットコースターに乗り込むことになる。言葉を訂正するタイミングはなくなってしまった。
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