蜂蜜色のみずたまり

志月さら

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夏休みデート、妹付き③

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「あ、ゲーセン行きたい! 今日はいいよね?」
「んー……じゃあ、ちょっとだけね」
「やった!」

 まだ小学五年生の妹は友達同士だけでゲームセンターに行くのは母から禁じられている。どうやら黙って行くということもなく、律儀に守っているようだ。
 ゲーム機の音で騒がしい店内をきょろきょろと周りを見回しながら歩いていた深月が、ふとクレーンゲームの前で足を止めた。好きなウサギのキャラクターのぬいぐるみが景品になっている。

「これやっていい?」
「いいけど、難しいと思うよ。取れなくても泣かない?」
「泣かないし!」

 深月は自分の財布から出した百円玉を入れ、真剣な表情でボタンを操作し始めた。その様子を鈴香さんは興味深そうに眺めている。
 そういえば、デートのときにはゲーセンに入ったことはなかった。なんとなく鈴香さんはこういうところ苦手かなと思って避けていたけれど。

「鈴香さんってゲーセンとか行く?」
「たまに……友達とプリ撮るくらいかな」
「そうなんだ」

 プリクラとか男友達とは無縁のものだったので撮ったことがない。とくに撮りたいと思ったこともないけれど、鈴香さんとなら撮ってみたいなと、つい思ってしまった。

「よかったら、後で撮る?」
「えっ、あ、でも、今日は深月がいるから……」
「あ、そうだよね。じゃあ、今度撮ろうね」

 気持ちを見透かされたのかと思って、ドキドキした。
 僕たちがそんなやりとりをしているうちに、深月は一回のプレイを終えたようだった。

「取れなかったー!」
「だから、そんな簡単には取れないって」
「お兄ちゃんできる?」
「僕も得意じゃないんだけど……」
「私、やってみてもいい?」

 鈴香さんが財布を取り出した。どうやら一度やってみたかったらしい。
 邪魔にならないように固唾を呑んで見守っていると、なんと鈴香さんは一発でぬいぐるみを取ってしまった。

「取れちゃった……」
「すごーい!」

 ぬいぐるみを手にして目を丸くしている鈴香さんに、妹は尊敬の眼差しを向けている。
 鈴香さんは少し照れたように微笑みながら、ぬいぐるみを深月に差し出した。

「はい、深月ちゃんにあげるね」
「いいの!?」
「もちろん。欲しかったんでしょう?」
「ありがとう!」

 よっぽど嬉しいらしく、深月はウサギのぬいぐるみを抱き締めて今日一番の笑顔を浮かべていた。鈴香さんも嬉しそうにしている。

「ありがとう。鈴香さん、すごいね」
「どういたしまして。私もびっくりしちゃった」

 それからいくつかのゲームで軽く遊び、一息ついたところで深月に袖を引かれた。

「お兄ちゃん、お腹すいたー」
「ほんとだ、もうこんな時間。フードコート行く?」

 気付いたら午後二時近くになっていた。お昼は手軽にフードコートでいいだろうと思っていたが、深月は不満なようだった。

「えー、もっとおしゃれなとこがいい」
「おしゃれなとこって……」 

 モール内に妹が求めているような飲食店はない気がする。どうしようかと悩んでいると、鈴香さんが口を開いた。

「ちょっと歩くんだけど、よかったら近くのカフェに行かない? 可愛いお店だから、深月ちゃんも好きだと思う」

 こんな感じ、と鈴香さんがスマホ画面を見せてくれた。カフェのSNSアカウントらしい。絵本に出てきそうな可愛らしい内装のお店だった。料理やデザートの写真も美味しそうだ。

「行きたい!」
「さすが鈴香さん、詳しいね」
「前にお母さんと行っただけなんだけどね」

 いつもショッピングモールに行くと買い物も食事もモール内で済ませてしまうので、周辺の店については何も知らなかった。
 鈴香さんの案内でカフェに向かう。お昼時の店内はほぼ満席だったけれど、ちょうど三人座れる席が空いたのですぐに案内された。外は暑かったので涼しい店内は天国みたいだった。

「僕が払うから、好きなもの頼んで」

 向かいに座ってメニューを開いた鈴香さんに声をかけると、彼女は少し困ったように眉を寄せた。

「そんな、悪いよ。自分の分は自分で払うから」
「……じゃあ、飲み物だけ!」

 彼女に誘われてパンケーキを食べに行ったときに言われたことを返すと、鈴香さんは小さく笑って頷いてくれた。

「なに頼もうかな……鈴香さんはどうする?」
「オムライス! ここの美味しいんだよ」

 確かに、メニューに載っているオムライスの写真はとても美味しそうに見えた。

「僕も同じのにしようかな」
「みつきもオムライスにするー」

 結局三人ともオムライスを選び、飲み物は僕がジンジャーエール、鈴香さんがアイスティー、深月がメロンクリームソーダを選んだ。妹のだけ値段が高いけれど、今日だけは特別だ。
 メニューを眺めていた深月がふいに僕の袖を引いた。

「パフェも頼んでいい?」
「いいけど……小さいのにしときな、食べきれないだろ」
「えー、大きいのがいい!」
「……仕方ないなぁ」

 残ったら僕が食べればいいかと思っていると、鈴香さんが深月に視線を向けた。

「深月ちゃん、私がパフェ頼むから一緒に食べない?」
「いいよ!」
「チョコとフルーツ、どっちにする?」
「チョコがいい!」
「じゃあ、チョコパフェで決まりね」

 鈴香さんが店員さんを呼んで注文してくれる。店員さんが立ち去ってから、鈴香さんに小声で囁いた。

「ごめんね、パフェは僕が払うから……」
「大丈夫、私も食べたかったの。でも、一人で食べるのは多いかなって思ってたから」

 助かっちゃったと笑う鈴香さんが気を遣ってくれただけなのかどうかはわからない。
 これ以上謝るのは逆に失礼な気がして、「それならよかった」と応えた。
 先にドリンクが運ばれてきた。軽く喉を潤しつつ喋っていると待っている時間なんてあっという間に過ぎて、オムライスも三つテーブルに並べられた。

 楕円形でケチャップがかかっていて、見た目は普通のオムライスだ。
 卵はふわふわとろとろで、中のチキンライスもそのままでも美味しいくらいだ。
 鈴香さんが気に入っているのもよくわかる。いままで食べたことのあるオムライスの中で一番美味しいとさえ感じた。深月も「おいしい!」と目を輝かせている。

「お兄ちゃん、こういうオムライスうちでも作れる?」
「うーん……さすがに難しいかな」
「拓夢くん、お料理するの?」

 目を丸くした鈴香さんに、小さく苦笑しつつ応える。

「実は、最近ちょっとだけ練習中で」
「もしかして、最近持ってきてるお弁当って……」
「うん。自分で作ってる」
「そうだったんだ。すごいね!」
「いやいや全然。ほんとに簡単なのしか作れないし、冷凍食品ばっかり使ってるし」

 鈴香さんの方が断然料理上手なので褒められると恥ずかしくなる。
 以前、彼女にお弁当を作ってもらえたのが嬉しくて、いつかお返しをしたいという気持ちもあり料理の練習を始めてみた。
 包丁を使うのも火を使うのもまだまだ苦手意識があるので、電子レンジで作れるおかずばかり作っているが、練習すればいつか卵がふわとろのオムライスも作れるようになるだろうか。
 ――一応、将来的なことも見据えてなんてことはさすがにまだ口にできない。
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