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48 男子会 (レジナルド目線)

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ローズに別れを告げられた日から、彼女の家に行けなくなった。正確に言うと近くまでは行けるが、途中から迷子になったように家に辿り着けない。サイラス王子から『ある日を境にローズを見失った』と聞いた時は馬鹿げた話で誤魔化されたと思ったが、恐らくこの状況だったのだろう。カルロスもアベルも同じように、ローズの家を確認することができなかった。解せない現象だったが、現実どうもできなくて、歯切れの悪い思いのまま来た道を戻るしかなかった。

ローズに会う糸口がなくなりモヤモヤしていると、父上が薄ら笑いをしながら花瓶に挿してある一本の花を指差した。


「欲しい物が手に入るヒントだ。あの花は俺から見る角度とおまえから見える角度が違う。下手すれば色も品種も違って見えるが、花は一つしかない。周りをよく見ることだな」

「……意味がわかりません。バラはバラにしか見えないですが……?」

「花は例えだ。今度は焦らずゆっくり考える事だな」


今度は、と強調されたという事は今の話はローズに関したヒントだ。


***


「こんなヒントでわかるはずないだろ?カルロスわかるか?」

「物の見方を変えろと言いたいのでしょうが、それとローズがうまく繋がりませんね。レジナルドにしかわからないような、親子ならではの含みもあるかもしれません」

「ちょっと、わたしにもわかるように話をしてよ」


夜に差し掛かったばかりの早い時間、レジナルドの自室の寝室で酒を囲みながら、男が二人と曖昧な性別なのが一人加わって話をしていた。「ローズに会いたいから何とかして!」とアベルがレジナルドに懇願した流れの集まりだ。レジナルドは誰かと飲む時、潰れてしまってもいいように必ず寝室の床で始める。


アベルは何度かローズの家に行っても会えず、もしかして避けられているのかと落ち込んだ。レジナルドにそれとなく訊ねると、アベルだけでなく、他の人も同じくローズに会えておらず、所在が不明だと焦燥感を滲ませながら言った。レジナルドとカルロスがローズを捜しに出て、収穫無しで戻って来た後、ローズはひょっこり城に現れたらしい。しかし再びローズは行方をくらました。



「ヒントを出すという事は、父上がローズを匿ってる可能性が高い」

「なるほどね。レヴァイン様の管理下で安全だから、ゆっくり考えろって言ったのかしら」

「俺には、間違えた判断で誰かに迷惑をかけるなという風に聞こえた」

「この前あんた達、隣国のあのキツネ目王子をローズを攫った犯人だと間違えたんでしょ?」


レジナルドはカルロスと顔を合わせ、仕方ないだろと呆れたように言った。


「疑われるような行動をとったあいつも悪い」


舞踏会でローズの手にねちっこくキスをしていた光景を思い出し、カルロスとアベルも納得するように頷く。


「で、どうするのよ。そのヒント以外でローズを捜す手立てはないわけ?」


アベルが痺れを切らしたように言って拗ねた顔をした。一番歳上なのに、一番子供っぽく感情を漏らす。いい歳して恥ずかしくないのだろうかと思いつつレジナルドはアベルを宥めた。


「アベルには悪いが、今度は捜し回らずに、ローズが戻ってくるのを信じて待とうと思う」

「それじゃあ、いつ会えるかわかんないの?あの子大丈夫かしら、心配だわ。泣いた日からそれとなく元気なかったし。まぁ、あの時はわたしが泣かしたようなもんだけど……」

「泣かした?」


レジナルドの眉がピクと反応して、アベルはヤバイと肩を竦めた。


「いじめたんじゃないわよ。ちょっと恋愛の話でも、って思って話題を出したら途中で泣いちゃったのよ。っていうか涙の原因はあんた達なんだからね。あんな純粋ないい子他にいないわよ。早くなんとかしてあげなさいよね」


アベルはお酒の入ったグラスを持ったまま立てた人差し指を、レジナルドとカルロスに向けた。レジナルドはウッと顔を歪めると、ぎこちない様子でカルロスを見た。


「そう言われても……なぁ?選ぶのはローズだし」


なんとかしたいのは山々だ。しかし男達の気持ちを知って、それを拒否したのはローズ自身だ。泣いたと聞いても何に対しての涙なのかがさっぱりわからない。はっきり言ってレジナルドは手詰まりだ。カルロスも同じだろうと思っていたのに、違う答えが返ってきた。


「ローズは俺にはなびかないと思います。ですので、その面でなんとかするのはレジナルドが頑張ってください」

「……は?」


カルロスはあっけらかんとレジナルドにそう言って白旗を振った。
ローズとの三角関係で、一時期気まずい雰囲気にはなったが今は元のように肩を並べていて、お互い全力でローズにぶつかっていくものだと思っていただけにレジナルドは呆気にとられた。


「まだローズに気持ちは残っていますが、俺は今後友人として接するつもりです。レジナルドとローズのあんな口喧嘩を見せられて、俺が入る隙があるようには到底思えません」

「あら、カルロスが潔く身を引くの?レジナルド一体どんな喧嘩したのよ。わたしも見たかったわ」


アベルが興味津々にレジナルドを眺めた。色々想像を膨らませているのか、視線が時々上を彷徨う。


「そんな事言っても、カルロスだって昔から好きだったんだろ?いざ目の前にローズが立ったら手が伸びるんじゃないか?」

「確かにローズを見るたびにかわいいと思うでしょうけど、好きな人には笑っていて欲しいからもう手は出しません」


レジナルドは、カルロスがローズを諦める気持ちが納得できないようだったが、間近で二人のやりとりを見たカルロスにとっては、無理なく自然と下した決断だった。

ローズはカルロスに対して恋愛を匂わせる態度を見せたが、今思えばあれは少女が歳上の男性に憧れるような感情に近いものかもしれない。彼女自身気づいているかはわからないが、ローズはレジナルドの前だと本来の姿を包み隠さずにいられるように見える。それはレジナルドの方も同じで、お互い自然体でいられるのが理想の相手なのだ。自分では何年経ってもあの様な口喧嘩はできないだろう。カルロスはレジナルドの健闘を祈るように、お酒が入ったグラスをレジナルドのグラスにコツンとぶつけた。


好きなのに、笑っていて欲しいから手を引くとはどういう事だ?

レジナルドはカルロスの胸の内がらわからず、複雑な面持ちでグラスに口をつけた。カルロスにならローズを任せてもいいと考えた時もあったが、レジナルドは結局ローズを諦めきれなかった。今後、誰が相手でも二度とローズを諦める気持ちは生まれないと自覚した。

不意にアベルが思い出したように声を上げた。


「そういえば……、あ、これって言ってもいいのかしら?ローズって訳があって誰とも結婚しないって言ってたけどどうしてかしら。理由知ってる?」


カルロスはアベルの話が寝耳に水とばかりに驚いた顔をした後、意味ありげにレジナルドに視線を移した。その目が『その訳とやらはレジナルドが作ったんじゃないの?』と訴えていた。


「いや、俺も知らないよ。俺が原因じゃない……と思う」


自信がなくて、レジナルドの声がだんだん尻窄みになっていく。そのせいでカルロスだけでなく、アベルからもちょっと冷たい視線が注がれる。

『誰の手もとらない』とローズが強い眼差しで語ったのをレジナルドは思い出した。自分が原因とは思いたくないが、もしかしてローズの純潔を奪ったからだろうか。他に心当たりがあるとすれば、父親のアルフォンスが言ってた『家庭の事情』がそれになるだろう。


ローズを抱けて、彼女が自分の物になったつもりでいたが、それは大きな間違いだった。
次の日から何故かローズに会えなくて、かなり動揺した。しかしその時は、ローズを手に入れるためなら何でもしようという決心だけは強かった。

だからレジナルドは、アルフォンスから出された約束を守ってきた。

アルフォンスは、『いずれローズと結婚したい』と言った若すぎるレジナルドに条件を出した。

「ローズの口から君を好きだと聞くまでは結婚は許さない。あと外堀を埋めて逃げ道を塞ぎ、手に入れるようなやり方は認めないからな。ローズに会えない間君に出来ることは、大切な人を大切にできる環境を作ることだ。君自身が成長して力をつけ、取り巻く周辺を味方につけろ」


アルフォンスからの条件は、レジナルドにとって協力的なアドバイスになった。


当時の息巻いていた情熱を思い出し、いまだ変わらず持ち続けているローズへの恋心は、薄れるどころか時を追うごとに深くなっているのに気づかされる。

色々考え込んでいたら、知らないうちにグラスの酒を一気に煽ってた。

「レジナルド、そんなに飲んだら明日に響きますよ。それに胃が治ったばかりなのに、また薬室へいく羽目になってライアンに怒られます」

「そういえばライアンも呼べばよかったな。あいつ凄く酒に強いぞ」

「レジナルド話が逸れてます。お酒はもうそれくらいにして……」

「ライアンって、噂の新人の男の子でしょ?わたしまだ見た事ないわ。会いたい!会いたい!」


ライアンは弱々しい見た目に反して異才の薬師だと、ちょっとした有名人になってしまった。レジナルドは逸材を見つけた誇らしさよりも、伸び代が未知のライアンを上手く扱っていくことができるかの重責を強く感じていた。


「あー、もう騒ぐなよ。わかったよ。まだ薬室にいるだろうから呼んで来るよ」


まだ飲むのかと訴えているカルロスの視線を作り笑いで流し、一緒に行くと言い出したアベルを連れて薬室へ向かった。しかしタイミング悪くライアンは不在で薬室長しか残っていなかった。


「今夜は出先からそのまま家に帰ると思うんじゃが、もし戻ってきたらそちらに行くように伝えたほうがいいじゃろうか?」

「そうだな、そうしてくれ。出先だなんて珍しいな。どこへ行ってるんだ?」

「街の診療所じゃ。赤子が産まれるのを聞きつけて勉強のために手伝いに行ったんじゃよ」

「へぇ、じゃあ戻って来てもきっと疲れてるよな。一緒に飲みたかったがまた今度にするか。仙人、ライアンを誘うのはやめるよ」


いつも鋭い目つきの薬室長が、急に神妙な面持ちになった。まるで、手に負えない難しい患者に対面しているような表情だ。


「……レジナルド様、最近のライアンで何か気づいた事はないかの?」

「ライアンがどうかしたのか?」


薬室長の様子からあまりいい話ではなさそうで、レジナルドは少しだけ回っていた酔いが一気に覚めた。もっと細かく聞き出そうとした時、物珍しそうに薬室内をウロウロしていたアベルが楽しそうに声を上げた。


「これ知ってる!薬草の絵とか説明が死ぬほど細かく書いてある本!」

「こら、アベル!勝手にいじるなよ!」


薬室長はアベルの存在を気にして、続きはまた今度と話を終わらせた。かなり気になるが大事な話なら場を改めた方が賢明だろう。


「おまえさんが知ってるわけなかろう。この本は城の書庫に一冊とこの薬室に一冊、計二冊しかない希少な本じゃぞ。外見が似たような本と見間違えたんじゃないのかの?」

「見間違えなんかじゃないわ。ほら、このページとかよく覚えてるもの。ローズがこの薬草が特に好きとか言ってたもの」


目眩がするほど分厚い本を前に、薬室長とアベルが押し問答しているのを何気に見ていたレジナルドだったが、ローズの名前にピクリと反応した。


「ローズが薬草を好きだなんて聞いた事ないが、確かなのか?」

「ええ。この本、ローズの家に遊びに行った時にリビングに置いてあったわよ」


アベルは多少酔ってはいるが、記憶が混乱するほど深酒していないし、嘘をつくタイプでもない。こんなところで不意にローズの名前を聞いて、レジナルドはなんだか胸が騒ついた。薬室長は本が置いてある机に視線を落としたまま考え込んだ。


「仙人、この机は誰のだ?」

「ライアンじゃ。この薬草の本はつい最近、ライアンがじっくり読みたいと言うから貸してやったんじゃ。確か、家にもって帰っておったが……」


薬室長とアベルはこの矛盾を軽く考えているが、レジナルドはこれがあり得ない事実だと大きく困惑した。

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