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63 愛を誓う場所

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「着いたわよ」


ローズの声でレジナルドはゆっくり瞼を上げた。そして確かめるように何度か瞬きをして辺りを見回した。


「ここはどこだ?」

「エティが結婚式を挙げる教会の裏庭よ。他に程よい無人の場所がなかったから」


裏庭というより殆ど森の入り口だ。
街の外れにあるこの小さな教会は裏が森になっている。本当は教会の中で使っていない部屋があればそこへ飛んで来たかったが、残念な事に部屋自体少なく、花嫁花婿の控え室に使われていた。


「本当に一瞬で移動できるんだな。目を閉じろと言ったが、開けていたらどうなるんだ?」

「景色が歪むから気分が悪くなるかも。帰る時試してみる?」

「……やめておくよ」


ローズがニヤリと笑うと、あまりお勧めしないと判ったのかレジナルドは困ったように笑った。


「式までに時間がまだあるし、着いたら控え室に入って来てもいいって言われてるから中に行きましょう」


ドレスが汚れないように裾を持ち上げたが、歩き出してみると見た目より足場が悪い。ヨロヨロと進むローズをレジナルドがさっと横抱きにした。顔が近くなり、息が止まる。レジナルドの気がきく優しさは健在だ。踵の高い靴でも歩ける場所まで運んでもらい、教会の中に入った。エティの控え室に着く前にローズは今日の主役の隣に立つ人物に会った。


「あら、エティの元恋人。こんな所で会うなんて奇遇ね」

「おいおい、勘弁してくれよ」

「冗談よ。エティは?」

「控え室でまだ準備中だ」


クリフォードは騎士をしているので正装姿は騎士服だ。もういつでも花嫁を迎えに行けるようで、エティの支度が整うのを控え室の近くでウロウロして待っていたようだ。ローズがやたら不躾な態度で話しかけたので、レジナルドは不可解な表情でやりとりを見ていた。


「一応紹介しておくわ。エティの婚約者のクリフォードよ。エティの婚約者、こちらはレジナルドよ」


クリフォードは、なかなかローズからまともに名前で呼んでもらえず苦笑いを浮かべた。一方レジナルドも普通に初めましてと握手を交わしながら、ローズを悩ませていた幻影の姿がこれかとクリフォードをまじまじと眺めた。


「レジナルド様、私はエティに会ってくるわ。レジナルド様は先に会場に行っててくれる?」

「あ、ああ……」


ローズはレジナルドより少し背の高いクリフォードに目線を移した。


「あなたはエティのドレス姿を見た?」

「今日はまだだ」

「そう、あなた旦那様より先に見られるなんて姉の特権ね。お先に」


ローズが僅かに口角を上げるとクリフォードは嬉しそうに口元を緩めた。


エティの控え室に入るとちょうど仕上げに化粧を直している所だった。部屋にはエティの友人と着付けの女性がいた。


「姉さん!久しぶり!」


屈託のないエティの眩しい笑顔が、今とても幸せなのだと証明していた。エティがその幸せを掴むためにとても頑張ったのをローズは知っている。自分も今日は頑張らないといけない日だ。ローズはエティの笑顔にとても勇気づけられた。


「エティ、おめでとう。とても素敵な花嫁ね」

「ありがとう。姉さんも綺麗なドレスね。レジナルド様からの贈り物でしょ」

「どうしてわかったの?」

「だって、結婚式がどの程度のものかレジナルド様に聞かれたもの。贈るドレスが場違いに派手だったり、逆に質素過ぎてもローズが困るからって。ちなみに結婚式が今日なのもレジナルド様に合わせたのよ。どうしても姉さんと一緒に来たかったみたいね。何度も手紙でやりとりしたんだけど、もしかして知らなかったの?」

「嘘でしょ……!エティごめん!!」


レジナルドはローズが誘わなくても最初からこの式に参加する気だったのだ。式の日取りを自分の都合に合わさせるなんて、何てことをしてくれたのだ。後でひとこと文句言ってやる、と思っても元を辿ればローズを心配しての行動だ。やり過ぎだとわかっていても責められない。


「本当レジナルド様は姉さんの事が好きだよね」

「心配性なだけよ」


ローズが呆れてため息を漏らすと、エティはクスクス笑った。エティと話し終わったローズはレジナルドの待つ会場に向かっていると、またもや同じ場所でクリフォードに会った。どうやらずっとそこにいたらしい。


「準備は終わっていたようだし、もうそろそろ部屋に入れてもらえると思うわよ」

「ローズ嬢、話がある」


先ほどとは打って変わって深刻な表情のクリフォードに、ローズの身体は強張った。改まってする話なんて呪いに関することしか思い当たらない。平静を装う仮面の奥で、何を言われるか息苦しいほどに緊張していると、クリフォードは思いもよらぬ言葉を発した。


「ローズ嬢が俺に呪いをかけた事で、俺の運命は大きく変わった。エティに出逢えた上に、今までの人生観を見直すきっかけになった。笑顔のエティと一緒にいられる幸せがあるのは、間違いなくローズ嬢のお陰だ。礼を言う」


深々と頭を下げるクリフォードにローズは一瞬頭が混乱した。憎まれる事はあっても、礼を言われる筈がない。


「私はあなたが苦しむように呪いをかけたのよ?今は結婚式で気分が高まっているからそう思うだけよ。時間が経てば違う感情が蒸し返して、私に頭を下げた事を後悔するわ」

「それは絶対ないと宣言できる。確かに悩んで苦しんだがその分、いや、それ以上の幸せを俺は手に入れた。あの苦しみがあったからこそ、今の幸せの深さと有り難みがわかるんだ」


クリフォードの言った事は、どことなくローズの心髄と重なる部分があった。過去に経験した苦しみも自分の一部で、今の自分の糧になっている。ローズは苦しみや嫌だった部分を切り離すのではなく、吸収することによって自分の周りにあるものの大切さに気づけた。

クリフォードの気持ちを明らかにしてもらった事で、ローズは胸につかえていたものがやっと取れ気がした。それは、鍵のかかった狭い部屋から外に出て、果てしなく続く広い草原を眺めるような解放感だった。

いつの間にか緊張も抜け、腑抜けに近い声でクリフォードに返した。


「エティの姉だからって遠慮してるんじゃないの?文句を言うなら今のうちよ」

「いや、遠慮とかじゃなく最初から自業自得だと思っていたし……。ローズ嬢、俺があなたを責める思いがない事を分かってもらえたか?」

「え?ええ……」

「よかった。レジナルドさんに、呪いの事でローズ嬢をどう思っているのかさり気なくでいいから伝えてくれと頼まれたので」

「……え?」


どうしてレジナルドがそんな事を?それにしても、自分のいく先々にレジナルドが何かしろしていて呆れるのを通り越して本当に感心する。どこまで私を心配して、安心させようとしてくれるのだろう。クリフォードの話によると、ローズがエティの控え室に行っている間にその話をされたそうだ。呪いが解けてもローズが罪の意識を消しきれない事を、レジナルドには見抜かれていたらしい。


「それにしても、レジナルドさんとどこかで会った事ような気がして仕方ないんだが、思い出せないんだよな。あんな見た目のいい男そこら辺にはいないだろ」

「外交でこちらの城に来た時に見かけたのかもしれないわね。彼、王太子だから」

「……王太子?王太子!?俺、普通に話して失礼な事を……!」

「いいわよ。私もわざと言わなかったし、彼も名乗らなかったんでしょう?それよりいいの?エティが待ってるんじゃない?」

「あ、ああ、そうだな。もう迎えに行くよ」


クリフォードが慌てて立ち去るのを見送った後、ローズはレジナルドの元へ向かった。


***


小さな教会なので会場も狭い。しかし参列するのは家族、友人達だけだからちょうど良いくらいだろう。しかし思いの外、席は埋まっていた。エティとクリフォードは親しい人が多いらしい。レジナルドは一番後ろの列の隅にぽつんと座っていた。一人にさせて悪かったと思いつつ隣に腰を下ろした。


「前の方に行かなくていいのか?リリアンさんもあそこにいるし行ってこいよ」

「ここでいいわ」


レジナルドに言いたいことはたくさんあったのに、顔を見たら何も言えなくなった。この人の優しさに触れる機会はたくさんあったが、それを知るたびに愛しさが増していく。


「俺を気にしなくていい。せっかくだから近い場所で見てやれよ」

「ドレス姿なら控え室で見たから十分よ。それにここなら二人を祝ってるみんなも見えるから、ここがいい」


優しく笑うレジナルドに微笑み返す。朝会った時とは違って何とも和やかでいい雰囲気だ。仲直りとかではなく手を繋ぎたいという衝動にかられる。しかし残念な事にレジナルドは腕組みをしていた。そうこうしているうちに式は始まった。


「私結婚式見るの初めてだわ。レジナルド様は?」

「何度かある。エティ綺麗だな」

「ええ」


ヒソヒソと話していたら、前の席の人が軽く振り返った。声は落としていたが会場自体が静かなため、耳に届いて気に障ってしまったらしい。ローズは会釈して謝るとシュンと小さくなった。一番最後尾にレジナルドと二人だけだったから気が緩んでいた。気を取り直して前を向き、式の進行を見守る。控え室で見た笑顔よりも、クリフォードの隣に立っている時の方がエティはもっと幸せそうに輝いている。

ふと視界の端にレジナルドの手が見えた。いつの間にか腕組みを解いた手は座っている腿の上に置かれていた。今なら手が届く、とローズはそっと自分の右手を伸ばすとレジナルドの左拳の上に重ねた。式に気を取られていたレジナルドは急に触れられ驚いてピクっとしたが、ローズの手を跳ね除ける事はなかった。

レジナルドは驚きと戸惑いの表情をローズに見せた。ローズは構わず、レジナルドの拳の中に指先を潜り込ませ無理矢理手を繋ぐ形にした。

自分から手を繋ぐなんて初めて大胆な事をしたのが恥ずかしくてレジナルドを直視できず、ローズは顔を正面に向けて知らん顔をした。今とてつもなく顔が赤いのが自分でわかる。顔どころか全身が真っ赤っかかもしれない。

ローズにされるがままになっていたレジナルドの手は、一度キュッときつく締められてから隙間がないように握り直された。心臓がこれ以上ないくらい激しく脈打って、ローズは結婚式を見るどころではなかった。視線は神父さんと新郎新婦をとらえているが、全神経は右手に注がれていた。

自分を落ち着かせるため忙しく動いていた脳内でずっと駆け巡っているのは、この手を離したくないという事だけだ。仲直りだけでは嫌だ。誰よりも一番側にいて欲しいし、側にいたい。

ローズがその思いを馳せる中、式は新郎新婦の誓いの場面になっていた。


「誓います」


力強く宣言されたクリフォードの声がローズにも届いた。ローズは思わずレジナルドの手をぎゅっと握ってしまった。そろりと隣を見上げるとレジナルドの瞳はしっかりとローズを捉えていた。戸惑いはなく何かを訴えるようなレジナルドの視線に、ローズもレジナルドの碧い瞳を見つめ返した。

このまま気持ちを言ってしまいたい。

込み上げる感情が溢れそうになって口を開きかけたが、声を出すとまた周りに迷惑をかけてしまう。神父さんが先ほどと同じ言葉を言ってる気がする。この流れだと今度はエティが言葉を発する。エティは座っていた向きを変え、顔だけでなく全身でレジナルドに向かった。


「誓います」
『              』


エティの誓いの言葉に合わせて、ローズは声は出さず口を動かした。唇の動きで伝わったかと思ったが、ローズの瞳に固定されていたレジナルドの視線は、急に動いた唇を見逃したらしく、え?と小さく聞き返された。


『              』


勇気を振り絞って、もう一度同じ言葉を唇だけでつくった。
今度はしっかりと伝わったらしく、レジナルドは目を見開いた。信じられないと揺れ動くその瞳の奥には、驚きと喜びが混ざって見えた。ローズはそのままそっと瞳を閉じた。求めるように指先に力を込めると同じ強さが返ってきた。


今までで一番柔らかく触れた温かさは、唇から足のつま先まで届き、全身に震えるような幸せが広かった。


***


結婚式が終わるとレジナルドはローズの手を引いてアルフォンスとリリアンの元へ行った。その勢いは崩れ落ちる建物から逃げるほどの速さで、ローズは何事かと目を丸くした。ローズがいない時に挨拶は済ませていたらしく、レジナルドは早々に用件を言った。


「ローズ、さっきのもう一度ここではっきり言ってくれ」

「な、何言ってるの!?嫌よ!」


両親の前で恥ずかしいでしょ、と真っ赤な顔で首を横に振るが、レジナルドは何故か執拗にローズに言わせようとした。


「わかった。じゃあ全く同じじゃなくていいから、ローズのご両親にわかるように説明してくれ」

「せ、説明?どうしてそんな……」

「頼む」


あまりにレジナルドが真摯に頼み込んでくるので、ローズは仕方なくしどろもどろになりながらどう言おうか考えた。最初よくわからずキョトンとしていたアルフォンスとリリアンも途中から何となく察し、ローズの言葉を穏やかな表情で待った。


「えっ……と、レジナルド様と同じ気持ちというか……その……彼のそばにいたいって思ってる。ああ、もう恥ずかしい!私帰る!!」

「あっ、待てよ!俺を置いてくな!」


顔を隠して逃げようとしたローズを腕の中にしっかり捕まえたレジナルドは、アルフォンスに向かって問いかけた。


「約束通り、これで許してもらえますね?」

「ああ」


別にローズに無理矢理言わせなくても顔を見ればわかるのに、とひっそり思っている事は表に出さず、アルフォンスははっきりと頷いた。


「ありがとうございます!!ローズ帰ろう!」

「ひゃあっ!!」


抱き上げられたローズは両親にまたね、と言う間も無く教会を後にした。



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