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64 待ちわびた言葉

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教会の裏庭からローズの家まで移転魔法で戻ると、レジナルドはすぐにローズの手を取った。


「もう一回、今度はちゃんと声に出して言ってくれ」

「え、ま、また……?」


そういえばさっき両親の前で言わされたのは何だったんだろう。気持ちが伝わってるなら何度も言わせないでほしい。

しかし、アベルさんに言葉ではっきり伝えないから拗れると言われたのを思い出し、ローズはもうこれ以上すれ違うのは嫌だと必死に恥ずかしさを引っ込めた。向かい合ったレジナルドの顔をしっかり見ながらはっきりと言った。


「愛してる……」

「その言葉をずっと聞きたかった……!ローズ、俺も愛してる」


レジナルドは嬉しさを抑えきれないとばかりにローズを力一杯抱き締めた。久々に包まれた腕の中は少し息苦しかったが、それでもローズは幸せを噛み締め、レジナルドの背中に手を添えた。


「ローズ、さっきの魔法で俺の部屋まで移してもらえないか?」


額や頬にキスをされながらそう言われると、どうしてと聞かなくても理由が丸わかりだ。


「目を閉じて」


ローズに従い、もの惜しげに瞼を伏せたレジナルドの首に抱きついたローズは、その勢いのまま自分から唇を重ねた。お互いの存在を確かめ合うように深く重なったキスは、レジナルドの寝室に移動しても止められることはなかった。

レジナルドはローズの両頬を手で包み、唇が腫れてしまうのではないかと思うほど何度も啄んだ。


「はぁ、何だか夢みたいだ。実はもう諦めていたんだ」

「えっ、やっぱりそうなの……?」


瞬時に顔を曇らせたローズに、レジナルドは慌てて訂正を入れた。


「全部じゃなくて『恋人の場所』を諦めたんだ。アベルと応接間にいる時にもう俺と一緒のベッドに居たくないって言ってるのを聞いて、もう恋人になる望みはないと思った。だったら友人としては一緒に居られるようにと思ったのに、嫉妬して喧嘩になるし、ライアンは城外の診療所に行って会えないし……。あれからかなり落ち込んだよ。どんな形でもいいからローズに関わって側にいたかった」

「会話を聞いてたの?あれは嫌いだから嫌って言ったんじゃないわ、逆よ。あなたが好きだったから、一緒にいて何もないのが苦しかったの。何度も私から抱きついたのに横で平然と寝られたから、もう私に気持ちがないかと思ったわ」


レジナルドはそうだったのかと手を額に当ててベッドの端に座った。大きくため息をついて何かを後悔しているようだ。


「ただ幻影が怖いだけなのかと思っていた。弱っている時に手を出したくなかったし、そんな場合じゃなかっただろ?どんな関係性に落ち着いたとしても俺がローズを想う気持ちは何も変わってない。ずっと愛してる」


レジナルドは正面に立ったローズの両手を引き寄せると、自分の膝の上にヒョイとローズを乗せた。そして息がかかるくらい近くで微笑み、甘く囁いた。


「ローズ、初めて抱いた時から思っていた。この先ある苦しみも喜びもローズと一緒じゃないと意味がない。俺と一緒に生きてくれ。そして添い遂げて欲しい。妻になってくれるか?」


今まで何度も求婚されたが、一番心に響く言葉だった。ローズは心の奥からじわりと込み上げる熱いものに邪魔されながらも最適な返す言葉を探した。しかし、返事を待つ優しい笑顔に早く答えたくて、琥珀色の瞳に涙を溜めながら、小さく「はい」と頷いただけになってしまった。ローズの返事をしっかりと聞き留めたレジナルドは、再びキスを繰り返しながらローズのドレスを脱がした。


「ドレスとても似合っていたが、俺はこっちの方が好みだ」


衣類を全て剥ぎ取られ、白い肌をベッドに沈ませたローズに覆い被さりながらレジナルドはニヤリと笑った。
明るい部屋でまじまじと裸を眺められ、ローズはムッとしながらも、まだしっかり着込まれているレジナルドに手を伸ばし首元を緩めた。同じ目に合わせてやる、と羞恥に色を染めながら上着に手をかけるとレジナルドは「そういえば…」と何かを思い出したように上着の内ポケットを探った。


「アベルに結婚式が終わったら見ろって言われたのを忘れてた。何の手紙だ?」


ガサガサと折りたたまれた紙を広げるのを見たローズは青ざめた。とても見覚えのある紙だった。


「やだ!読まないで!」

「……ん?…え?」

「返して!」


大きく書かれた字はアベルのもの。箇条書きなのでパッと見ただけで内容がわかってしまう。誓約書を奪い取るのに失敗したローズは逃げるようにベッドの中に潜り込んだ。例えローズが行動に移さなくても、誓約書を見ればレジナルドにもある程度気持ちは伝わるだろう。アベルなりに気を遣ったつもりだったが、ローズには何かのお仕置きをされている気分だった。


「ローズ、照れてるのか?」


モゾモゾとベッドに潜り込んできたレジナルドはいつの間に服を脱いだのかローズと同じ姿だった。後ろから抱き締められ素肌の温もりが伝わり体温が一気に上がる。


「まさかあんな計画を立ててたなんて、嬉しいよ。ローズから手を繋がれた時は凄く舞い上がった。しかもその後あんな……あんな顔して、押し倒すのを我慢するの大変だったんだからな」


指を絡めて手を繋がれた。この繋ぎ方は何だか親密度が増して胸が騒つく。うなじにチュッチュと触れた唇は、徐々に移動して背中に辿り着くとペロリと背筋を舐めた。

「……っあ」


ぞくっと上がってくる感覚に身を委ね、ローズは声を漏らした。繋いでいた手は肌をなぞり胸を包んだ。少し硬くなった胸の先を軽く摘まれ更に声と甘い息が増える。レジナルドがローズに触れる時はいつも優しい。まだ行為の序盤だがローズの気持ちはすでに蕩けきっていた。レジナルドへの気持ちを自覚してからずっと欲しかったこの温もりが、心地よくて幸せで、ローズはどうにかなってしまいそうだった。


「レジー……」


求めるように名前を口にすると、レジナルドは愛おしそうにローズを見つめた。


「ローズ、可愛い」

「あっ、ンンッ」


「かわいい」を久しぶりに聞いたな、とぼんやり思いながらレジナルドに手を伸ばした。


「あんまりほぐしてないが、もう我慢ができない。挿れるぞ」

「ん、私も…欲しい」

「そんな風に言われたら止められなくなる……!」

「…ッ……ああっ」


いきなり際奥まで突かれたと思ったらすぐに抽送が始まった。打ち付けられる熱い感情が作り出す痺れはどんどん増していき、ローズは白く細い喉を反らせながらすぐに激しく達した。「可愛い」と「好きだ」を繰り返しながら、あちこちローズにキスをしまくるレジナルドはやや暴走気味だ。優しいけれど遠慮がない。それでもローズは全部受けとめた。

若い時、ここで初めて触れ合った時や、再会して何度も肌を合わせた時は、ただ身体への感覚を追うばかりで感情をおろそかにしていた。あの時のそれは、表面上だけの気持ちよさに過ぎなかった。


気持ちを繋げてお互い求めるように絡みつくのは、身も心もとても満たされるとローズはクタクタになりながらも実感した。


***


最初から激しかった事もあり、ローズはすぐに朦朧としたが、記憶が飛んだのは三度目に達した時点だ。その間レジナルドは休みなく動き続けたが、確か彼も同じくらいローズの中に熱を放っていた。



薄い瞼ですら動かすのが億劫で、それでも何とか唇だけは動かしてレジナルドに声をかけた。さっきから隣で身動きしている気配があるからきっと眠ってはいないだろう。


「……レジナルド様」

「二人の時はレジーって呼べよ。よく眠れたか?」


掠れて囁きに近いローズに対して、レジナルドはえらく元気そうだ。たぶん今嬉しそうに笑ってる。優しい手つきで髪を撫でられ、額に唇が何度か降りてきた。


「……いま…なんじ?」

「昼食の時間を少し過ぎたくらいだな」

「……え?ひる?」


教会からレジナルドの部屋に戻ったのは昼間だった。それから一晩ベッドで過ごし、今は昼。つまり丸一日ベッドにいたことになる。


「昼!?っ……いたっ」

「ローズ?大丈夫か?」


勢いよく上半身を起こしたらあちこち同時に悲鳴をあげた。すかさずレジナルドがローズを抱き込むように支えた。ローズは肌を隠すために上掛けを手繰り寄せたが、よく見るとレジナルドもまだ裸だ。思いきりレジナルドにもたれ掛かってるため、思いきり肌が密着している。昨日から散々くっついていたくせに、この体勢が気持ち良くてまた甘えたくなってくる。しかしそんな場合ではない。


「すごく悠長に構えてるけど、執務は?」

「ちゃんと休みを取ってある。ローズもだろ?」

「エティから聞いたのね。レジーは忙しいだろうから先に送り返して、私は夜まで向こうにいるつもりだったから念のため今日も休みにしてあったわ。結局一緒に帰って来ちゃったけれど」

「帰って来て正解だ」


レジナルドはローズの瞼、頬にキスをしてそのまま焦らすようにゆっくりと唇に触れた。何度か啄んで下唇を甘噛みし、ペロリと舐めた。一度顔を離して、うっとりと目を閉じたローズを確認するように眺めてから、もう一度唇を重ねる。今度は容赦なく深くて激しいやつだった。こんなにぐったりしているのに、ローズの身体の芯はまだくすぶりだしてしまった。体力も残ってないしお腹も空いたのに、これ以上火をつけられては困る。

ローズはレジナルドの顔をペチペチ叩いて引き剥がすと、乱れた呼吸を整えるため大きく息を吸った。


「……っ、はあっ。レジー苦しいわ」

「すまん。ローズの上気した顔が可愛くて止まらない。加減するから続きをしてもいいか?」

「その前に話がしたいんだけれど、いい?」


止まらない気分のレジナルドには悪いが、ローズには訊いておきたい事があった。真顔になったローズに、レジナルドも緩めていた顔を引き締めた。


「私が薬師やるの……嫌?」

「あ……っと、やっぱりその話か。薬室で揉めたのを気にしてるんだな。あの時は本当に悪かった。人の身体を治すんだから人に触るの当たり前なのに、仕事のやり方に文句をつけたりして俺って最低だよな。できればもう忘れてくれ」

「そうじゃなくて今後の事なんだけれど、私がまだ薬師を続けたいって言ったらレジーは嫌な気分になる?」

「それはもしかして、結婚した後の事を言っているのか?」


ローズが申し訳なさそうに眉を下げて頷くとレジナルドは考え込むように黙った。求婚されたばかりなのに気の早い相談だっただろうか?でもその部分ははっきりさせておきたかった。

最初は安易な気持ちで使っていたライアンの姿は、今ではローズにとって薬師のライアンという切り離せない大切な一部になっている。レジナルドが嫌がるなら診療所や薬室に行く日数を減らすつもりだ。しかしゼロにはしたくない。


「妻としての役目はちゃんと果たすわ。必要ならば政務は一緒に出るし夜会やお茶会も参加する。あ、その前に人前でレジーに恥をかかせないように教養をちゃんと身につけるわ。だから、だから空いた時間は……!」

「ちょっと落ち着けローズ。そんな必死にならなくても大丈夫だ」


あやすように抱き締められ、レジナルドの首筋に埋まった頭をポンポンされる。ローズはレジナルドの香りを強く感じて少しづつ冷静になってきた。


「俺、ローズが気持ちに応えてくれたのが嬉しくて目の前の幸せに浸りきってた。他の事が頭から飛んでたせいで気を配ってやれてなかったな、すまない」


レジナルドはローズの顔が見えるように身体を少し離してから話を続けた。


「ローズが他の男に触ると思うとやはり嫉妬はする。だからと言って薬師を辞めて欲しいとは思っていない」

「本当に?」

「ああ」


真っ直ぐ瞳を捉えて頷くレジナルドに、ローズはホッとした。


「ローズが俺の妻になった後、実際どれくらい政務に関わることになるのか実は知らないんだ。今の王妃、つまり俺の母上は人見知りが激しいせいか昔からあまり人前に出ないが、前代の王妃は積極的に外交にもついて行ったり、行事やお茶会に顔を出していたと聞いた事がある。女性の関わり方はそれぞれ代によって違うかもしれないな」


うーん、と眉根を寄せながらレジナルドは考え込んだが、知らない事にはどうしようもない。


「変な話してごめんなさい。そんなすぐ結婚するわけじゃないから、こんな話もっと後でもいいのにね」


レジナルドが嫌がるかどうかだけ確認するつもりだったのに、思いの外熱が入って話してしまった。結婚といっても婚約期間があって準備も長い期間だと聞く。十分時間はあるのに焦ってしまって恥ずかしい。ローズがごめんね、と申し訳なく笑うとレジナルドは真顔で言い返した。


「何言ってるんだ。速攻で結婚するに決まってるだろ。昨日アルフォンスさんにも許してもらっただろ?」

「昨日……?え?あの許してもらえるか訊ねていたのって結婚の事だったの!?」

「ああ。前から約束してたからな。ローズが俺に好意があるのが証明できたら結婚してもいいって。父上もローズが気に入ってるようだからおそらく反対したりはしないと思う。身分とか口うるさく言いそうな上官には何年もかけて上手に取り入って味方につけてあるから最短で準備が整う」

「手回し良すぎるわ……」


『前から』『何年もかけて』レジナルドはローズを想って待ち続けてくれた。言動の端々に重すぎる愛を感じながら、ローズはレジナルドの手に自分の指を絡ませた。


「いつも近くに居てくれたのに、かなり遠回りしてしまったわね。レジー、長い間ありがとう。……大好きよ」

「ローズ……!」


身体に巻いていたシーツを外されベッドに押し倒された。まだあちこち身体が痛いから手加減して、という言葉はレジナルドの唇で妨害された。

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