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その21
しおりを挟む宿に戻ったエティは、買った野菜を早速レオに与えに馬小屋へ足を運んだ。しかし既にレオは爆睡していた。
平気そうにしていたが、レオはやはり疲れていたのだ。
起こしたらかわいそうだし明日にしよう、とエティは振り返ると壁にぶつかった。
「……ったあ~」
「悪い、無事か?」
壁じゃなかった。真後ろにずっとクリフォードがくっついていたのだった。鍛えられた胸板は思いの外硬い。エティはぶつけた鼻先を抑えて涙目で睨んだ。しかしその瞬間クリフォードにふわりと横抱きにされ、借りた部屋まで連れて行かれた。
途中、宿の主人が涙目のエティを見て、心配そうに声をかけてきた。きっと無理矢理連れて行かれそうで泣いているんじゃないかと思ったに違いない。エティは「大丈夫です」と対応した。
「明日の移動はずっと街中だし自分の足で行くわ」
客部屋に入ってすぐエティがそう言うと、クリフォードは腕の中にいるエティをジッと見つめてきた。
エティはクリフォードがどこまでついて来るのかわからなかったため、試すような言い方をした。
「わかった、俺が歩くからお前はレオに乗ってくれ」
「レオは、私だけでは乗せないと思うけど……」
「俺が命令すれば乗せるだろう」
「でも、私も歩くわ」
「そんなにレオが心配か?」
クリフォードはムッとした表情を作るとエティを抱えたまま客部屋についている浴室に入った。前日泊まった宿より広い空の浴槽にエティは放り込まれて上からシャワーをかけられた。前の宿はシャワーはついていなかった。ここは質のいい宿なのだろう。
何が起こったかわからずエティが呆然とそんな事を考えていると上半身の衣類を脱いだクリフォードが同じ浴槽に入ってきた。
「ちょ……!」
狭い!いやいや、その前に服のままシャワーをかけるのは何?!
と口から言葉が出る前にクリフォードによって塞がれた。
適温で降り注ぐシャワーが徐々にエティとクリフォードをびしょ濡れにし、浴槽に湯が溜まり始めた。
「……んっ!はっ……っ」
息をしようとするとシャワーのお湯が口に入って来る。エティは早々と弱音を吐いてクリフォードに助けを求める羽目になった。
クリフォードはシャワーを止めると、グッタリしたエティの顔に張り付いた髪を指で取り除きながら、またキスを再開した。
「……ふ、……ン」
エティの上がった息が治まるのを邪魔しないように、クリフォードの唇は何度も何度も啄んで、エティの思考をふやけさせた。
クリフォードの上に乗って浴槽に収まった状態は、狭いくせになんだか最初から合わせたようにしっくりきていた。クリフォードからのキスに加え、お湯の温かさが手伝って、エティはふわふわとした気持ちが漂い始めた。
「欲しい物を訊ねた時、レオを強請るかと思った」
エティだけでなく、クリフォードの息も上がっていた。目を開けると声と同じで、苦しそうな表情のクリフォードがいた。後ろで纏めていた髪はいつの間にか解け、水に濡れたせいで顔や首にぴったり付いている。男のくせにそんな姿も色っぽい。エティが思わず髪を掬って細い指で耳にかけてやると、クリフォードは嬉しそうにその手をとって自分の頬にあてた。
「レオは、あなたの馬だわ。レオ自身もそれを望んでる」
「名前で呼んでくれ」
「……フォード?」
甘い雰囲気に飲まれて、エティはキスの続きを許した。クリフォードに引き寄せられるとすぐに舌が進入してきて、エティの舌を絡めとった。クリフォードとのキスは気持ちいい。それを認めてしまったエティは大人しくそれを堪能した。暫くして唇が離れると浴室に低い声が響いた。
「エティ、俺は……お前が好きだ」
エティの視線を逃さないように両頬を大きな手で包まれ、気持ちをぶつけられた。エティは今、初めて全て知ったような反応を見せた。
「は!?な、何言って……?」
「どうしてそんなに驚いているんだ。何度もこうして唇や肌を合わせているのに、今更どの部分を疑っているんだ」
「いつもあんたが無理矢理してるだけでしょ!私はだいっきらい!!」
***
「だいっきらい!!」
また言われてしまった。
でも最近のエティはキスを受ける時、気持ちよさそうに目を閉じて、そんな素振りはなく見える。
なんとも思っていない、くらいなら同僚達の話を参考に頑張るが、どん底スタートからとなるとどう攻めればいいのかわからない。かといって彼女を諦めるつもりは一切ない。彼女に付いてまわり、気持ちがこちらを向くのを気長に待つしか今はできないだろう。
翌日、エティの知っている地域に差し掛かったようで、レオを引いて歩く彼女は楽しそうにレオに話しかけていた。
ライバルが馬とは複雑だ……。
エティの言う通り、レオはエティだけを乗せるのを拒否した。彼女はレオの事を何でも理解できているようだが、残念ながら俺はレオがどうして拒否したのか理由がわからなかった。俺の命令なら何でも聞くと思っていたのも思い上がりで、馬であるレオにも意思がしっかりあるのを初めて知った。
嫉妬と同時に胸に温かいものも宿った。自分が大事にしているものを、好きな女性が大切に扱ってくれる。直接自分に好意を見せられた訳ではないのに、クリフォードはエティとレオを後ろから嬉しそうに眺めた。
途中、エティが疲れた表情を見せたのを俺とレオは見逃さなかった。レオは立ち止まると背中に乗れ、と俺に促した。
「レオはいい男だな。エティ、来い。残りはレオに乗っていく」
エティの不満そうな理由のひとつは昨夜の浴室での事が原因だろう。
彼女が新しく買い揃えた服は馬に乗れるように身軽な物で、一緒に乗っても後ろから抱える形になり、彼女の表情は伺えない。
だが、すっぽり腕の中に収まる彼女に、時折悪戯をして反応を楽しんだ。
「もう!頭にキスしないでってば!」
「耳ならいいか?」
「もっとダメ!」
エティの道案内で辿り着いたのは、国が見渡せる高い位置に城がある麓だった。街中にもあったような普通の家が並んでいるひとつをエティは指差した。
「あそこよ。ちょっと待っててくれる?」
「……ああ」
生家についたのがよほど嬉しいのか、エティは顔を綻ばせると駆け足で家に入って行った。
木陰でレオに水を与え、顔を撫でると何か言いたそうにレオが俺を見た。
「エティの姿が見えなくて寂しいか?」
レオに訊ねた質問は俺の気持ちだった。
暫くするとエティは息を切らしながら戻ってきた。
「ごめんなさい。誰もいなかったわ。取り敢えず入って。レオはこっちよ。ウチにも馬がいるのよ。紹介するわ」
「留守なのに上がると失礼だ。俺はどこかで時間を潰すからレオだけ頼めるか?」
「そんなのダメよ。ウチはクリフォードの屋敷みたいに固くないの。大丈夫だから来て」
大丈夫だから来て、の部分はベッドで聞きたいセリフだな、とクリフォードは思わず下衆な事を考えてしまった。
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